Culture
2020.07.10

鬼滅の刃の禰󠄀豆子もびっくり?鬼になった美女『鬼女紅葉』の妖しい伝説

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『鬼滅の刃』によって、一躍現代で脚光を浴びた「鬼」。恐ろしい大柄のイメージがありますが、長野県戸隠・鬼無里(きなさ)には鬼女紅葉(きじょもみじ)という、少し変わった鬼がおりました。能や歌舞伎の『紅葉狩』という演目に登場する鬼としてもおなじみ。美しい女性は実は鬼だった……という筋立てで長く上演され続けています。最近では人気ソーシャルゲーム『Fate Grand Order』にもモデルとして登場しました。信濃国の片隅に現れた鬼女はなぜ300年以上も人々に語り継がれているのでしょうか?鬼女紅葉の妖しい魅力に迫ります。

戸隠に伝わる鬼女紅葉伝説

『新形三十六怪撰 平惟茂戸隠山に悪鬼を退治す図』月岡芳年 国立国会図書館より

言い伝えの起源は諸説ありますが、今伝わっているものは1886(明治19)年『北向山霊験記・戸隠山鬼女紅葉退治之伝』(きたむきさんれいげんき とがくしさん きじょもみじ たいじのでん)が基本となっているようです。

『戸隠山鬼女紅葉退治之伝 : 北向山霊験記』国立国会図書館より

遡ること1000年前、平安時代のこと。伊豆の小島に、謀反を企て流された笹丸という男が、菊世という奥さんとともにおりました。子供がほしい二人は、ある人に第六天魔王におすがりすれば授かると言われ、願いを捧げます。笹丸の願いが届いたのか、菊世は妊娠。待望の子の誕生にたいそう二人は喜び、女の子に呉葉(くれは)と名付けました。蝶よ花よと育てるうち、呉葉は天賦の才能を示すように。読み書きそろばん、お琴に三味線、三十一文字つまり和歌にまで「大人も及ばず」、評判になります。

年頃にもなるとその美貌は広く知れ渡り、噂を聞きつけ呉葉に恋い焦がれた裕福な家の息子が、どうしても結婚したいと望みます。金子(きんす)を受け取った笹丸は同意しますが、もともと都にいた人間。娘がこれほどの美貌や才覚を持つのなら、京の都で高貴な方の妻になれるのではないかと思いがありました。また呉葉自身も婚姻に乗り気ではなかったため、「魔物娘」を身代わりに立て、結納金を持って親子3人で逃走。まんまと逃げおおせます。

京へとたどり着いた3人はそれぞれ名を改めました。笹丸は伍輔(ごすけ)、菊世は花田、そして呉葉は紅葉と名乗り、親の営む小間物屋の奥で琴を教えはじめます。その美貌と腕前はすぐさま京の町の噂に。ある日、店の近くを通った源経基の御台所(正妻)とおつきの者たちは、紅葉の琴の音を聞きます。それをきっかけに、経基の屋敷へ招かれました。芸事の腕前と美しさを見込まれ、いつしか経基の寵愛を受け、ついに紅葉は懐妊まで成し遂げます。しかしその一方、奥方の体調はどんどん悪化。聞けば夜中に鬼が襲ってくるのだと……。
経基は比叡山のお坊さんに「この護符を奥方の周りのものの襟にかけさせよ。嫌がったらそやつに気をつけろ。特に紅葉には」と言われます。疑りつつもいただいた護符を渡すと紅葉は強硬に拒否。ついには奥方に呪詛をかけたことがばれてしまいます。当然死罪になるところですが、一度寵愛した娘を殺しては経基の外聞が悪く、ましてや自分の子を身ごもっている。結局は親子3人、山の中へ置き去りにするという手段を取ることにしました。
父親・伍輔はもう出世ののぞみも絶たれたと嘆きますが、紅葉はと言うと、貴族の子を妊娠したから奥方の怒りをかい、ここに流されたのだと言えば世話をしてもらえるだろうとうそぶきます。実際ふもとの村は気の毒に思い、栗やそばを差し入れてくれ、屋敷を用意さえしてくれました。笹丸一家も親しげに振る舞い、紅葉は檜扇を使い病気を治癒することができる不思議な力があると評判を集めます。やがて男児を出産。村の人々に琴を教えるなど、家族4人で仲良く暮らしていましたが紅葉は満足とはいきません。、夜中に男の格好をしては10里(約39キロ)20里(78キロ)と走り抜け、金銀を強奪しては経基からもらったものだと村の人間に渡していたそうです。
戸隠の山の周りは、鬼武(おにたけ)なる男が頭を務める盗賊団がおり、紅葉の噂を聞きつけて押し込んできました。この家を明け渡し出ていけと迫る鬼武に、紅葉は高らかに笑い盗賊ごときになぜ屈せねばならぬか、と秘術を唱えます。家の障子はバラバラになり、火の玉や氷の玉が現れます。これは、と鬼武も刀に手をかけますが、手がしびれて動かせない。半殺し状態の盗賊は紅葉にひれ伏し、部下となります。紅葉はさらに力をつけ、お万という力自慢の女の鬼も従え、ますます悪事を働きました。失意のまま伍輔が死んでしまい、ますます歯止めがきかなくなった紅葉。ついには人を食い、生き血をすするようになります。
いくら山の奥の出来事とは言え、噂は都まで轟き、人々は恐怖に震えるようになりました。冷泉帝もこれを聞き、紅葉討伐へと舵を切り、平維茂(たいらのこれもち)を討伐へ向かわせることにします。鬼武とも因縁がある相手ということで、みないきりたちます。紅葉も報復のチャンスと勇みます。

『戸隠山鬼女紅葉退治之伝 : 北向山霊験記』国立国会図書館より

最終的に維茂が「白羽の矢」を射、鬼神となった紅葉の首をはねて討伐。その裏では母の花田が自害、維茂の部下や鬼武たちの阿鼻叫喚の戦いがありました。一味は死刑。しかしお万だけは生き延びたといいます……。

鬼女紅葉を扱った作品古今東西

『本朝武者鏡 余吾将軍平惟茂』歌川国芳 wikimedia commonsより

戸隠山の伝説は、現在に至るまで繰り返し上演される能・歌舞伎作品となっています。また内田康夫作『戸隠伝説殺人事件』のモチーフになるなど、いわば鬼女紅葉は時代を超えていまだ生き延びていると言えましょう。

鬼無里に残る鬼女紅葉伝説

今回原本をあたってみましたが、紅葉の行動の恐ろしいこと。伝承としてはかなり具体的かつ、生々しい欲望を秘めた女性として描かれています。一方、鬼無里(きなさ)に残る紅葉伝説はまた違います。東京(ひがしきょう)、西京(にしきょう)、二条、三条などの名をつけて都を偲びならがらも、紅葉は人々に都の文化や読み書き、医術などを伝えて暮らしていたそうで、最終的に鬼女となり維茂に討伐されるのは変わりませんが、今でも愛され、「貴女」と呼ばれているのだとか。

能『紅葉狩』

室町時代の作家による能『紅葉狩』。美しい身元不詳の美女に手招きされ、共に戸隠山の紅葉狩を楽しむことになる平維茂一行。酒や女の踊りに酔いしれてしまう維茂は、そのまま眠ってしまいます。その維茂に「目を覚ますな」と言い捨て去る女性たち。その夢の中で彼女たちは実は鬼女であり、切り伏せよと神剣をさずけられます。雷轟く中、いざ始まる戦い。美しさはどこへやら、鬼神の本性を剥き出しにした鬼女と維茂は死力を尽くして戦い、ついには打ち勝つのでした。

歌舞伎『紅葉狩』

こちらは歌舞伎の中では比較的新しい演目で、上記で紹介した『北向山霊験記・戸隠山鬼女紅葉退治之伝』の翌年1887年が初上演です。戸隠山へと紅葉狩にやってきた平維茂一行。そこには先客がおり、やんごなき美しい姫様とのこと。遠慮する維茂たちですが、なんとその更科姫御自ら酒宴へと誘います。下へも置かぬもてなしぶりに気が大きくなる維茂たち。恥ずかしがる姫も扇を使って踊りを披露してくれます。しかしふと見ると維茂はうたた寝。それを確かめた姫は表情を一変させ、そそくさと山へと消えていきます。
残された維茂に、山の神が鬼神に食われてしまうと忠告に現れますが、何をしても起きない維茂たち。ついに山の神は呆れて去っていきます。
いつの間にか夜。ようやく起きた維茂は姫の姿を確かめに行きますが、待っていたのは恐ろしい鬼女。まさに「鬼の形相」にたじろぐ平維茂ですが、平家の名刀「小烏丸」(こがらすまる)にて鬼神を追い詰めていくのでした。
「更科姫」という名前や、平維茂の名刀が小烏丸になっている(諸説あり)など、オリジナル要素も織り込まれたこの演目。九代目市川團十郎の選ぶ「新歌舞伎十八番」にも選ばれていて、定期的に演じられるポピュラーな作品です。

たくましく、したたか。怪しさと妖しさを持つ女・紅葉

なぜ紅葉はこんなにも長く人々の間で囁かれることになったのか。美しい女性が実は鬼だった。大胆でありながら、二面性という人間のもつ性質とも解釈できる描かれ方も理由のひとつでしょう。
また、奔放で自分の欲に正直過ぎるその姿。ああはなれないと思いながらも少しだけ惹かれてしまう。鬼女紅葉の持つ怪しさと妖しさは、今日も私たちを魅了しています。

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