Culture
2020.10.25

桃太郎の鬼が占ってくれる!?吉備津神社「鳴釜神事」その独特の作法とは

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岡山県岡山市北区、吉備津。かの有名な桃太郎伝説発祥の地と言われている、歴史ある土地です。とりわけ広大な土地を持つ「吉備津神社」では、桃太郎伝説の鬼が吉凶を占ってくれる「鳴釜神事」(なるかましんじ)という神事があるとご存知でしたか?
もちろん実際に現れて姓名判断をしてくれるわけではありませんが……。古い古い歴史を持つ「鳴釜神事」、実際に体験してきました!

短く見積もって1200年の歴史! 吉備津神社の歴史


岡山市に古くからある大吉備津彦命(おおきびつひこのみこと)を祀る吉備津神社。どれくらい古いかと言うと……文書として初めて登場したのが847年『続日本後紀』。相当少なめに見積もって、1200年の歴史を持ちます。大吉備津彦命とは第7代孝霊天皇の皇子。仁徳天皇が祀ったのが始まりとされ、長い長い歴史の中で人々を守り続けていました。本殿は国宝に指定されていて、なんと出雲大社の2倍の大きさがあるそうです。岡山は晴れが多い県。青空を背負った姿は美しく荘厳なことでしょう!
また、吉備津神社には「温羅退治」(うらたいじ)の伝説が残っていて、この「温羅」が鬼と音が変化、桃太郎伝説の基になったとされています。温羅は百済の王子。悪逆の限りを尽くしていたのを吉備津神社の御祭神吉備津彦命に退治されました。ゆかりの史跡は今もたくさん残っています。「鬼ノ城」と呼ばれた温羅の城跡は今も調査発掘が行われているのだとか……。

吉備津神社の「鳴釜神事」とは

吉備津神社の廻廊。その長さ、精巧な建築に目を奪われる

きっかけは唸り声?鳴釜神事のはじまり

「鳴釜神事」はそんな吉備津神社の、今も行われる伝統的な神事です。その起源は温羅退治のお話。大吉備津彦命は温羅の首をはねましたが、首は大声をあげ、唸りが止むことはありませんでした。それではと骨だけにしても唸り声は鳴り響き……やむなく吉備津神社の御竈殿(おかまでん)の釜の下に埋めてしまったそうです。しかしそれでも声は止まず、近郊の村にまで届いていたのだとか。
困り果てていた命(大吉備津彦命)の夢枕に温羅の霊が現れ、「自分の妻に釜を炊かせなさい。世の中に何かあれば、私の釜の前に来てみよ。幸あればゆたかに、禍あれば荒々しく釜を鳴らそう。吉凶を示し、市民に懲罰を与える」と言いました。命がその通りにすると唸り声は収まり、これが鳴釜神事のはじまりと言われています。その名の通り、釜が鳴った音の大小長短で吉凶禍福を判断します。

歴史文献にも登場する鳴釜神事

鳴釜神事はいつから行われていたのでしょうか?はっきりしたことは不明ですが、奈良興福寺『多聞院日記』の1568年5月には「備中の吉備津宮に鳴釜あり、神楽料廿疋を納めて奏すれば釜が鳴り、志が叶うほど高く鳴るという、稀代のことで天下無比である」と描写があり、文献の登場としてはこれが一番古いそうです。言わば室町時代にはすでに奈良まで名が届いていたということですから、いかに伝統ある神事かわかりますね。
それにしても、自分の奥さんに飯炊きをさせたらおとなしくなります……というのは少し変な感じがしますよね。当時、食事と言えば人の生死を左右するもの。つまり、完全降伏し、従いますという意味合いがあったのだそうです。温羅が与えるものは「託宣」。神様のお言葉であり、人々に寄り添って神事は行われてきました。

茶道のように代々引き継がれている作法

御釜殿で神事を行ってくれる女性のことを「阿曽女」(あぞめ)と言います。元々は温羅の寵愛した女性とされ、実際に「阿曽」という地名出身の女性が代々ご奉仕しているのだそうです! また。御釜は60年に一度鋳替えるそうなのですが、その釜も阿曽の鋳物師が作ったもの。吉備津神社ではお茶の作法のように作法が代々引き継がれており、そのおかげで、令和の時代の我々も神事を受けることができるのです。ちなみに、結果に対し、阿曽女も神職も何も言いません。神事を受けた人が自分で考えることも、作法のひとつと言えます。

実際に「鳴釜神事」にお邪魔してみた


ぜひとも、温羅のご託宣を受けてみたい……!と現地に飛び、実際に鳴釜神事にお邪魔させて頂きました。
秋のうららかな日差しの中、まずは御祈祷所で祈祷を受けます。それから鳴釜神事が行われる御竈殿へと移動。長い廻廊は壮観です!

阿曽女の方に出迎えいただくと、竈(かまど)には火がくべてあり、おごそかな雰囲気。3つの大きなしゃもじがずっしりと並んでいました。
釜には水がはられ、お湯を沸かし、その上に蒸籠(せいろ)がのせてあります。そわそわ待っていると、いよいよ神職が登場されました。

まさに、の瞬間

神札をお渡しすると、竈の前に祀ってくださいます。阿曽女は神職と向き合う形で座られます。私も水を含んだ榊で清めていただき、いよいよ神職による祝詞(のりと)奏上が始まりました。阿曽女が立ち上がり、湯気のあがった蒸籠の中に玄米を振り入れていきます!

ぼぉぉぉーーん……

「え! これ?」と思いつつ、重厚な音が御竈殿の中に響き渡ります。長い。長いです。しかし「音が聞こえなかった」という方もいらっしゃるそうなので、私の耳が作り出した幻聴の可能性もなくはない。写真を撮りながらプチパニックに陥る私でしたが、本当はきちんとお願いごとをすべきお時間です……。
無事に神事が終わると、空気が清められた感覚があります。結果は自分で受け止めるものですが、あの音でよかったのかだけ確認させて頂きました。
「牛の唸り声」に似ていると言った方がいらっしゃるそうで、私の聞いたものは(空耳ではなく)正しかったようです!
ちなみに、この黒く光る美しい建物。漆塗りなのかと思っていたら、なんと全て「煤」によるもの。表に回ってみると、確かに全て木の色です。御竈殿の歴史を感じました。

願い事ってどう願えば叶うの? 唱え方を聞いてみた

ご祈祷を受ける場所。清廉な空気が漂う

願い事、悩みに悩んだのですが、「心願成就」にしてみました。今回お伺いしたきっかけも、新型コロナウイルスが収束しない先の見えない不安の中、今よりももっと長生きが難しかった時代の人々が頼った神事を経験してみたいと思ったことでした。困難があったとしても自分は乗り越えられるのか。長い音が聞こえたときは本当に嬉しかったですね。
神事に限らず、お参りのときは住所とフルネームを言うと良いと聞いたことはありませんか? 本当かお伺いしてみたところ、家族と同居している場合、住所と名字まで同じ人がいますよね。「どこどこに住んでいる何々という人間がお参りに来ていますよ」と神様にお伝えするために、全て言うのがおすすめだそうです。
お金持ちになりたいとかでも良いですか、と聞いてみたところ……「大きな声で言える願い事がよろしいのではないでしょうか」とのことです。
「何も努力しないで宝くじとか当たってお金持ちになりたい」は大声では言えない。もしかしたら、神様に宣言できる、というのも願い事が叶う第一歩なのかもしれません。

あなたの答えは、桃太郎の鬼が教えてくれるかもしれない

お邪魔したときには、お宮参りの赤ちゃん連れのご家族や七五三の女の子、ご近所であろうご年配の方……と、岡山弁の人がたくさんいらっしゃいました。吉備津神社は在ることが地元の人にとって当然なのだ、と歴史の長さをしみじみと感じました。
悩み苦しみ、迷い……遠い昔の鬼(温羅)に、聞いてみてはいかがでしょうか。
吉備津神社