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2019.08.20

縄文人もミーハーだった!縄文中期の最前線トレンドは「信州ブランド」の黒曜石【長野】

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長野県諏訪地方が、ちまたで「縄文銀座」と呼ばれているのをご存知でしたか。かつて・・・といっても5,000年ほど前ですが、日本の大都会は長野〜山梨に渡って横たわる巨大な火山地帯、八ヶ岳の山麓にありました。諏訪には縄文中期の遺跡が集中し、その数は3,000件以上にも及ぶといいます。これは全国的に見ても、二位の東京都を大きく突き放す圧倒的な数字です。八ヶ岳山麓は、縄文時代中期、まさに人とモノが集結する大都会「銀座」だったのです。そして八ヶ岳に大量の人々を呼んだ理由は、おしゃれなカフェでもイケてるデザイナー服でもなく、八ヶ岳特産の美しい宝石、黒曜石(こくようせき)でした。

全国で約170ヶ所の産地があるといわれる黒曜石ですが、その中でも信州産のものは大ブームを引き起こしたようで、なんと南は奈良から北は北海道まで流通していたのです! 長野の黒曜石の何がそんなに特別だったのか? 大変な長旅をしてまで、なぜ縄文人は「信州産」にこだわったのか?

「縄文銀座」諏訪へのいざない、第2回は、縄文人の「黒曜石鉱山」に建つ「黒耀石体験ミュージアム」より、まさにこの地が「銀座」と化した理由、縄文中期の最新トレンドの実態をレポートします!


黒耀石体験ミュージアム。ミュージアムの建つ「星糞峠」からその麓一帯には、縄文時代の黒曜石の流通に関係した遺跡がいくつも残されています。

書いた人

横浜生まれ。お金を貯めては旅に出るか、半年くらい引きこもって小説を書いたり映画を撮ったりする人生。モノを持たず未来を持たない江戸町民の身軽さに激しく憧れる。趣味は苦行と瞑想と一人ダンスパーティ。尊敬する人は縄文人。縄文時代と江戸時代の長い平和(a.k.a.ヒマ)が生み出した無用の産物が、日本文化の真骨頂なのだと固く信じている。