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2021.02.21

え!高杉晋作の掛け軸を買えるの?古美術商店主に聞いた、初めての買い方ガイド

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皆さんは、日本画や書、焼き物といった、いわゆる古美術品を扱うお店に対して、どんなイメージをお持ちでしょうか。

うーん。自分のお財布で買えるものがあるのかわからず、自分とはちょっと遠い世界のように感じていました。

私は少しだけ古美術商に勤めたことがあるのですが、それまでは「ハードルが高くて入りにくいし、本物はどれも値段が高くて、自分で買うなんてとても無理なんじゃないの?」と思っていたんです。

でも、たとえば好きな歴史上の人物の直筆の作品が、古美術のお店でおこづかい程度の価格で買えることがあると知って、とても驚きました。

今回は、京都の平安神宮前で古美術店を営む「古美術 瀬戸」の店主、瀬戸 敏(せと さとし)さんに、古美術に関する素朴な疑問や、初めてお店で買う時のポイントを詳しく教えていただきました。

「古美術 瀬戸」外観

おこづかいで買える美術品のご紹介や、ちょっとディープな古美術業界のお話まで。
きっとあなたも古美術のお店に足を運んでみたくなるはず!

そもそも古美術のお店ってどんなところ?

ギャラリーや画廊との違い

―さっそくですが、古美術店というとあまり馴染みがない人が多いと思うのですが、たとえば「ギャラリー」や「画廊」とはどう違うのでしょうか?

瀬戸:明確な区別は無いかもしれませんが、「ギャラリー」や「画廊」は、主に現存する作家さんの作品を扱うお店、というのが我々のイメージです。作家さんの個展を開いたり、いろいろな企画展を行います。

それに対して「古美術店」は、古い美術品、いわゆる骨董品を扱う、というのがおおまかな違いではないでしょうか。

「古美術 瀬戸」店内

ハードルが高く、値段がわからなくて怖いイメージ

―古美術店というと、どうしても値段が高い、あるいは値段が明記されていないから、「ハードルが高くて怖い」といったイメージもあると思うのですが。

瀬戸:わかります。同業者の僕でも、大きな店はハードルが高くて「よう入られへん」と思うことがあるから(笑)。
だから最近は若い人を中心に、オークションサイトやネットショップで古美術品を買う人がかなり増えていますよ。値段もはっきりわかりますしね。

―そうなんですか。
瀬戸さんのお店では、作品の値段を明記した目録(=カタログ)を定期的に発行して販売もしていらっしゃいますよね? そういうお店も増えているんでしょうか。

「古美術 瀬戸」で定期的に発行している「近蒐集品目録」。希望者に無料で送付している

瀬戸:いや、少ないと思いますね。
もともと古書の世界ではそういった目録があったんですが、さかのぼると大正時代に傾いた旧家からたくさんの美術品が出たために、大きな公開入札会(=オークション)があったんです。
昔は地方の業者はなかなか東京に出向けないから、写真を使って品物をカタログに載せて、全国の古美術業者に配ったんですね。それを業者がお客さんに見せて注文を聞いたんだそうです。
それが「売り立て目録」、つまりオークションカタログの始まりです。

でも、カタログを定期的に発行している店となると少ないと思います。
うちはお客様から好評いただいてますので続けていますが、発行するための経費がかかるのはもちろん、手間もかかりますしね。スタッフに感謝していますよ。

「近蒐集品目録」には作品の情報のほか、値段が明記されている

あとは、うちもそうですが、今はホームページを作ってオンライン販売をしているので、値段を明記しているお店が多くなっていると思います。

店主によっては、「目アカがつくから」と、商品を公にしたくない人もいたり、会員制にして「ここまではネットで見せる」などと決めているところも。その店のスタイルでしょうね。

ただ、これからはもう、古美術も値段をしっかり明記する商売になっていくと思います。

―そうしないと売れないということでしょうか?

瀬戸:売れないし、昔みたいに「人を見て値段を決める」という時代でもない。昔はそういう雰囲気があったけど(笑)今は違いますよね。

たしかに。昔と今とで、世の中も商売も変わっていくんですね。

古美術品はどうやって仕入れている?

―ところで、どんなふうに品物を仕入れて販売をされているのでしょうか?

瀬戸:基本的には、「交換会」と呼ばれるプロ同士が集まる会員制のオークションで仕入れたり、あとは「初出し(うぶだし)」と呼ばれる、個人のお客様からの直接の買い出しです。
たとえば遺品の整理だったり、ご自宅の蔵にしまわれている骨董品を見て欲しい、といった場合ですね。

他には、クリスティーズ(=世界で最も長い歴史を誇る美術品オークションハウス)などの大きな公開オークションで仕入れることもあります。

あとは、うちはしないんですが、最近では、「ヤフーオークション」、「メルカリ」などで古美術商が仕入れている場合もあります。

―プロの古美術商が「メルカリ」で仕入れを? ちょっとびっくりしました。

瀬戸:はい。一般の方がその価値を知らずに出品している場合があるので、良い作品を安く買えることがあるようです。

この取材の中でまさか「メルカリ」という言葉が出てくるとは……。

古美術業界の話

瀬戸:古美術商というと、店を出しているところだけと思われることが多いのですが、実は三つの種類があります。

昔ながらの言葉でざっくり言うと、うちのように店を持って店頭で販売している「店師(みせし)」は、だいたい三割くらいしかいません。

ほかには「旗師(はたし)」といって、競り市(=交換会)から競り市に品物を動かす仕事をしている人がいます。この人たちは目利きの人が多いですね。

そして、もう一つが「初出し屋(うぶだしや)」で、個人宅の蔵などを回って品物を買ってきて、それを競り市に出品して利ざやを稼ぐ人。
この人たちが競り市に品物を持ってきてくれないと、我々のようなお客様に販売する店は作品を仕入れることができません。

古美術商には国家資格のようなものは無いので、自分で勉強したり経験を積むしかない。まあ、いろんな人がいますね。

経験を積むしかないってことは、いろんなやりかたの人がいるんでしょうね。

古美術のお店で買うメリットは?

―先ほどのお話で、オークションサイトやネットで買う人が最近は増えているということでしたが、わざわざお店に足を運んで買うメリットは、ずばり何でしょうか。

瀬戸:一言でいうと、顔が見える商売だから信用度が違うということでしょうか。

ネットオークションなどのほうが、基本的には安く買えることが多いかもしれませんが、どうしても責任の所在はあいまいになりがちです。
でも、店で売ったものに何かあった場合、たとえば後でニセモノだったとわかった時などは、店の信用がかかってますから、きちんと買戻しをするなど責任を持って対応してくれるはずです。

また、オークションだと競り合いが生じるので必要以上に高額になって、古美術店で買ったほうがかえって安くなる場合もあるんです。
自分にしっかりとした相場感がある、つまり見る目に自信があるのならネットオークションもいいと思いますが、初心者だとそのへんが難しいのでは。

ネットの場合は実物が見られないから、写真に不備があって、実際に見てみたら状態がとても悪かったり、思っていたものと違う、ということもよくあります。

―そうなんですね。

瀬戸:支払いについても、店によってはおまけしてもらえたり、支払い方法や回数に融通を利かせてもらいやすいと思います。

古美術の初心者へのアドバイス

―初めて古美術のお店を訪れた、という人には、どんな理由が多いでしょうか?

瀬戸:「部屋に飾るインテリアを探している」、「好きな作家がいる」という人が書画に関しては八割くらいでしょうか。そういう方は、ある程度勉強してから来られることが多い印象です。

他には、「茶道を始めたので、お茶掛け(=茶席に掛ける書画の掛け軸)を探している」、「好きな歴史上の人物に関係する作品を探している」という方はもちろん、中には「孫が生まれたので、お雛様の掛け軸はありませんか」と言って来られるおばあちゃんもいらっしゃいました。

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―でも、いざお店に行ってみたら欲しいものが無かったり、値段が高くて買えなかった、ということがあると思います。買わずに見るだけでもいいのでしょうか?

瀬戸:もちろんです。むしろ、初めてお店に来た時に買っていく方は少ない。
不動産用語に「千三つ(せんみつ。まとまる話は千回のうち三回、の意)」という言葉がありますが、我々の仕事もそういうものだと思っています。そこは遠慮せずにいらしてください。

―そうなんですね、安心しました。
あまり美術品に詳しくなく、初めてお店に行くという方にアドバイスをいただけないでしょうか。

瀬戸:欲しいと思っている美術品のジャンルを、ある程度は絞ってきてもらえるとこちらも助かります。
うちのような、主に書画だけ扱う店というのはけっこう少なくて、焼き物とか、いわゆる骨董品と呼ばれる、いろいろなジャンルの品物を扱うお店が多いと思います。
たとえば書なのか絵画なのか、あるいは誰かの作品を探しているのか、何に使うのかなどを絞ってきてもらえたら。

あとは、一つの店だけでなく、いろいろな店を回ってみたほうがいいと思います。

―え? 他のお店にも行ったほうがいいということでしょうか?

瀬戸:そう、古美術店というのは店によってカラーがぜんぜん違うものです。
いろいろ話していくうちに、このお客様にはこういうものが合うだろうとか、実はこういったものもお好みではないか、というように、店側もベストな品物を紹介したいと思っています。

そして、いろんな店を回ってみると今まで知らなかった自分の好みもわかってくる。
食べ物などと同じで、今まで知らなかったけれど、見てみたら良かった、ということがあったり、あとは同じ作家の作品でも、ビシッとした雰囲気の物が好き、ちょっと抜けた感じの作風が好き、というお客様もいます。

―おもしろいですね!

瀬戸:「置いている作品の感覚は合うけれど、なんとなく店主と相性が合わない」ということもありますし(笑)。

長いお付き合いをすることを前提に、自分に合う店が見つかるまでいろいろなお店を回って、品物の好み、店主の趣味や人柄が合うかどうかを知ることが大事だと思います。

―なるほど。

瀬戸:若い方や美術品に興味を持ち初めたばかりのお客様というのは、我々にとっても非常に大切です。これからのお付き合いの伸びしろがありますし。

店側と良い人間関係を築くつもりで来ていただけるとお互いにいいかもしれませんね。
何かとアドバイスさせていただいたり、融通を利かせようという気持ちになる店主も多いのではないかと思います。

たしかに、服屋や美容室もお店の人との関係が決め手になることあります。古美術店もコミュニケーションしながら自分に合う店をみつけられたら楽しそうです。

おこづかいで買える古美術品を教えてください!

―私は以前に古美術店で、好きな歌人の直筆の作品を五千円で買ったことがあるんですが、気軽に買える書画でおすすめがあれば教えていただけませんか?

瀬戸:美術品の値段というのは波があるんですが、今は非常に値段が下がっている時期です。十年前には考えられなかった金額で名品を買えることもありますよ。

ただ、あまり安いものとなると、いわゆる「まくり(=屏風や襖にはってあった書画をはがしたものや表装していないもの。短冊や色紙以外のものをいう)」も多いでしょうね。

―具体的にいくつかご紹介いただけますか?

瀬戸:安さだけでいうなら、この下村観山の木版画色紙は500円です。

下村観山「木版画色紙」500円
下村観山は明治~昭和の日本画家。和歌山生。名は晴三郎。東京美術学校(現東京芸大)卒。狩野芳崖・橋本雅邦に学ぶ。卒業後同校助教授となった後、日本美術院創立に参加し、横山大観・菱田春草と共に活躍、またその再興にも尽力する。大正6年(1917)帝室技芸員。やまと絵、琳派、宋元画の手法を究めた。昭和5年(1930)歿、58歳。

―えー!そんなに安いのはなぜですか? そもそも木版画色紙とは何ですか?

瀬戸:木版画は、昔、かわら版などを刷ったあの木版ですね。それを色紙に刷ったものが木版画色紙。
木版は、まず大量に作るものだし、あくまで複製品なのでもともと安いというのがあります。しかもこの作品についてはおそらく当時の雑誌の付録か何かでしょうね。それでこの値段です。

あとは手ごろなものと言えば短冊ですね。

―短冊(=和歌や俳句などを記した縦長の紙)だと安価なものが多いのでしょうか? 私が以前に購入したのも短冊でした。

瀬戸:そうです。安価な理由としては、まず数がたくさんあること、そしてこれらのように表具されていない未装の短冊はやはり安い。

―すべて本物なのでしょうか……?

瀬戸:もちろん本人の手による作品ですよ。掛け軸などより気軽に手に入れることができるという意味で人気がありますね。
いま手元にあるもので、手ごろな価格の短冊をいくつかご紹介しますね。

井伊常子「御代の」短冊 3,000円
井伊常子は彦根藩主 井伊直憲の継室。肥前国蓮池藩九代藩主 鍋島直紀の娘。

有栖川宮宣子殿下「十五夜」短冊 15,000円
有栖川宮宣子殿下(井伊宜子)は幕末~明治の皇族・華族。彦根藩主 井伊直憲の妻。有栖川宮幟仁親王の三女。幼称は糦宮。和歌を能くし、著作に「代々木別邸内名所和歌」がある。明治28年(1895)歿、45歳。

―短冊以外では何かありますか?

瀬戸:このあたりは思ったよりも安価なのではないでしょうか。

森徹山「双鶏図」18,000円
森徹山は江戸後期の四条派、円山派の絵師。大坂生。名は守真、字は子玄・子真。森狙仙の兄周峰の子で、のち狙仙の養子となって森派を継いだ。父および晩年の円山応挙について学び、応挙門下十哲の一人に数えられる。狸など動物画を得意とした。晩年には熊本藩細川家に仕えている。門下に森一鳳、森寛斎ら。天保12年(1841)歿、67歳。

―掛け軸でも、このくらいの値段のものもあるんですね!

瀬戸:あとは、「おこづかいで買える」とまでいえるかわかりませんが、こういった作品もあります。

森狙仙「親子猿」75,000円
森狙仙は、江戸後期の絵師。出生地は不詳ながらも、大坂で活躍した。名は守象、字は叔牙、初号は祖仙、のち文化4年狙仙と改める。大坂で狩野派の山本如春斎に学び、如春斎の死後は円山応挙に影響を受けて写実性を重視するようになり、猿を描かせては並ぶものなしと賞されるまでに至った。実兄森周峰を始めとする森派の祖。周峰の子であり円山応挙の高弟でもあった森徹山を養子に迎えた。文政4年(1821)歿、74歳。

―森狙仙というと、猿の絵で有名な画家ですよね!たしかにもっと高額なのかと思っていました。

瀬戸さん、今日はいろいろと教えていただき本当にありがとうございました。

「古美術 瀬戸」について

古美術 瀬戸
住所:〒605-0037 京都市東山区三条通神宮道西北角西町151-1
電話:075-762-0550
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特集「日本の動物画-いきもののかたち」

ギャラリースペースの今後の展示予定
松本玉藍 書道展 春―始まり―

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仙台市出身。京都で古美術商に就職し、特に日本画に興味を持つ。美術展を追いかけて旅するのが楽しみ。日本の伝統文化にあこがれ、書道や茶道、華道などを習うも才能はなさそう。すぐに眠くなり、猫より睡眠時間が長いとよく指摘される。現在は三陸沿岸に暮らし、東北の自然や文化に触れる日々。その魅力をたくさん発信できたら。

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我の名は、ミステリアス鳩仮面である。1988年4月生まれ、埼玉出身。叔父は鳩界で一世を風靡したピジョン・ザ・グレート。憧れの存在はイトーヨーカドーの鳩。