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2021.04.29

これが「神の島」で生まれたクラフトビールだ!聖地の文化とくらしを入れ込んだ「久高島ヴァイツェン」

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「久高島ヴァイツェン」というビールがある。

爽やかな酸味に、フルーティな味わい。スッキリとした瑞々しいビールだ。別名「神の島」とも呼ばれる久高島の麦を使用したビールは、久高島の文化やくらしそのものをわたしたちに伝えるために造られている。久高島に住まう人々の考えや、心のありかたを入れ込んだ特別なビール。この一本のビールはどのようにして生まれたのか。その背景を見ていくと、久高島という島がよりリアルに見えてくる。

古代からの自然息づく神の島

ビールについて話す前に、まずは久高島について触れたいと思う。沖縄本島の東南に浮かぶ小さな離島、久高島。そこは他のどことも違う、特別な場所だ。

久高島は、琉球開闢(かいびゃく)の祖であるアマミキヨが東の海のかなたにある理想郷ニライカナイから降り立ち、国づくりを始めた場所。そして琉球王朝時代には最高の聖域とされ、琉球王国の巫女集団であるノロの最高位「聞得大君(きこえおおぎみ)」とともに、国王が礼拝をおこなっていた島である。そんな久高島のことを人々は「神の島」と呼び、「呼ばれなければ行くことができない場所」という。呼ばれなければ乗るはずだった船が欠航になってしまったり、体調を崩してしまうというのだ。

神秘的な雰囲気が漂いますね



本島の安座真(あざま)港から高速船で15分。たったその距離にも関わらず、久高島がやけに遠く感じるのはそのせいかもしれない。まるで薄いベールに覆われているかのような、そんなぼんやりとした精神的な距離感が確かにそこにはある。

そして周囲8キロの小さな島のそこかしこに存在する御嶽や拝所。御嶽とは神が訪れる場所のことだが、多くの場合そこには明確なご神体のようなものはない。そこにあるのは石だったり、茂みだったりぽつんと置かれた小さな香炉だったり。しかしそこにはいけば「ここが御嶽だ」とわかるような神聖で厳かな、そして強い力が漂っている。

神とともにある久高島のくらし

かつてこの地では12年に一度、午の年に30歳から41歳までの島で育った女性が神女になるための「イザイホー」という儀式が行われていた。久高島では神の力は女性に宿ると言われており、一定の年齢に達したら霊力を受け継ぎ、家庭内の祭祀を司るための神職者になるのだ。600年以上継承され続けてきたこの儀式は、後継者不足のため1978年を最後に途絶えてしまっているものの、現在でも久高島に生まれた女の子たちは、神の力を受け取る器を作るため、幼き頃より神の力に触れる機会を与えらながら育つ。

このように今でも久高島のくらしは神行事と共にあり、「神」の存在が主体だ。神行事は年間30回という頻度で行われ、島の人々は祈りと共に四季の移り変わりを過ごす。

そして土地は「神様からのお預かりもの」であるため、久高島には私有地という概念が存在しない。島の土地は総有地であり、人々は土地の使用権のみをもって居住や耕作を行っているのだ。それ故外部の人間によるリゾート開発が行われることもなく、久高島は太古から続く美しい大自然を守り続けてくることができた。キラキラと光の粒が跳ねるような美しい海辺にうっそうとした茂み、大地を覆うように力強いガジュマルの樹。神の存在を信じる久高島の人々によって守られてきた大自然は、沖縄の原風景でありその存在そのものが大きな意味を持っている。

久高島の抱える問題

しかしそんな久高島は今、様々な問題に直面している。
人口の減少、過疎化、産業としての漁業や農業の衰退など様々な問題があるが、その中のひとつに「オーバーツーリズム」がある。美しい自然、琉球最高の聖地、そして五穀発祥の地など久高島には訪れてみたくなる理由がたくさんある。そして本土からのアクセスも悪くなく、気軽に訪れることができる。久高島は「神の島」として注目を集め、観光客が増加したことにより問題が発生したのだ。

久高島はもともと観光の地ではないので、観光客の受け入れ態勢が整っていたわけではない。久高島の御嶽や拝所を見にやってきた観光客は、島の立ち入り禁止の御嶽にはいり、泳いではいけない海で海水浴をする。また島の小さな集落を見にくる人も多いため、住人は生活を覗かれているような気持ちになる。自分たちが大切に守ってきた場所に、土足で踏み込まれるような感覚。島の人々は悲鳴をあげた。そしてどんなに観光客が増えたとしても、島の観光産業が脆弱であるがゆえに経済的メリットは生まれにくく、頭を悩ませる問題だけが増えていったのだ。

このような状況を改善するために暮らしと観光のあり方が検討され、様々な施策が考えられた。島を案内できるガイドの育成や、ルールの策定、標識サイン事業の確立……しかし久高島の人々は思った。これらの事業は実際にだれがやるのか、資金はどこからでるのか。島の暮らしで忙しい中、どうやってその時間を捻出するのか、と。結局島の人々にとって提案された問題解決案は「絵にかいた餅」でしかなかったのだ。

久高島の観光のありかたを探るために

そんな状況の中、沖縄県南城市に依頼され久高島環境基礎調査に向かった男がいた。由利光翠さん。株式会社APOLLO BREW代表であり、まちづくりプランナー。そして浮島ブルーイングのオーナーとして後に「久高島ヴァイツェン」生み出す男である。

由利さんは、久高島の抱える問題を把握するために何度も島へと足を運んだ。持参するのは一升瓶とビール、そしてギタレレと小さなピアノ。島の人々と膝を突き合わせてお酒を酌み交わし、一緒に音楽を奏でる。1泊2日を月に2~3回ほど。何度かそのような訪問を重ねているうちに、両者は少しずつ打ち解けていった。

そして由利さんは住民意識調査を開始する。島の人たちが望む観光のあり方や、表出する問題点や課題を深堀していくのである。しかし久高島にはすでにたくさんの研究者やインタビュアーが訪れており、一般的な手法では島の人に「あぁ、またそれか」と思われてしまうの可能性がある。そこで彼は「サウンドスケープ」という手法を用いることにした。久高島の人々に一定時間浜辺にいてもらい、そこでどんな音が聞こえてくるのかをヒアリングするのだ。「音」から探るのは、島の人々がどのような感覚を持っているのかということ。そこから由利さんは久高島の観光について再定義していくことにした。

サウンドスケープの結果、由利さんは島の人々がどのような音を聞いているかを知り、驚いた。彼らはザブンザブンと打ち寄せる波の音を聞き分けていたのだ。海鳴りや、リーフで大波が砕ける音。サンゴ礁に囲まれた浅い海に打ち寄せる波の音。波の多様性を聞き分ける久高島の人々の感覚は、とても研ぎ澄まされたものだった。サウンドスケープから見えてきたものを通じ、どのような観光が久高島には合っているのかについて議論を重ねた。その結果見えてきたのは、「久高島のくらし」そのものに価値があるのだということ。日帰りで聖地を見て回るのではなく、海とくらし、そして祈りをゆっくりと暮らすように感じてもらうことが久高島の真の魅力なのだ。そう結論づけた。

久高島のくらし感じるビールをつくる

久高島環境基礎調査を終えた後、由利さんは「久高島のくらし」を感じてもらうために、自分ができることを考えた。そんな矢先、久高島産のハダカムギと出会い「これだ」と思った。久高島は五穀発祥の地という神話が残る場所でもある。その島の恵みを使ったビールをつくることで、久高島の文化やくらし方をより多くの人に伝えていけるのではないか。

久高島のビールを造ることを決めると早速久高島へと向かい、区長に挨拶をし許可をとった。そして島の人々に対しても「こんなビールを造る」と説明をしてまわった。古代より大切な場所として守り続けている島の名前を、よその人間によって商売に使われるのを久高島の人々は嫌うからだ。

そしてビールが出来上がった後、由利さんは久高島の神々にも感謝の気持ちを伝えに行くことを決めた。久高島の御嶽はそれぞれが意味を持つ。水の御嶽や五穀発祥の地、農業発祥の地などビール造りに関係がありそうな御嶽を7つ、島の人にピックアップしてもらう。由利さんは3時間半かけて島の御嶽1つ1つに挨拶をしてまわった。

御嶽では自らが何者かを名乗り、訪れた理由を告げる。ビールを造ることができるようになった巡り合わせ、久高島の産品を使ってビールをつくることができること、そして久高島の名前を使用してビールを提供できることの感謝を報告し、「どうか見守っていてください」と最後に付け加えていく。

7つの御嶽巡りが終わった時、由利さんは自分の造っているビールに対し誇りや自信が沸き上がってくるのを感じた。

クラフトビールだからこそできること

「このビールを通じて一人でも多くの人に久高島の文化を伝えたい、そして島の恵みをより多くの人に飲んでもらいたい」。由利さんはそう語る。

久高島の考えや心のあり方を丁寧に紡いでビールの中に入れ込んだ久高島ヴァイツェンは、まちづくりプランナーとして久高島の調査をした由利さんだからこそ作ることができたクラフトビールだ。まろやかな口当たりでありつつも、実に力強い味わい。

クラフトビールはしゃべらない。でも久高島という島を思って飲むそれは、雄弁に口の中で様々なメッセージをわたしたちに伝えてくれる。そして自身をきっかけに、その島への興味関心を提起してくれる。一本が島への入口を開いてくれることもあるのだ、このビールを見ているとそう思わずにはいられない。

その土地を尊敬しながらのものづくり、バランスがとっても難しそうだからこそ飲みたくなる、知りたくなる一本でした。

書いた人

お酒をこよなく愛する、さすらいのクラフトビールライター(ただの転勤族)。アルコールはきっちり毎日摂取します。 お酒全般大好物ですが、特に好きなのはクラフトビール。ビール愛が強すぎて、飲み終わったビールラベルを剥がしてアクセサリーを作ったり、その日飲む銘柄を筆文字でメニュー表にしています。 居酒屋の店長、知的財産関係の経歴あり。お酒関係の記事のほか、小説も書いています。

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編集長から「先入観に支配された女」というリングネームをもらうくらい頭がかっちかち。頭だけじゃなく体も硬く、一番欲しいのは柔軟性。音声コンテンツ『日本文化はロックだぜ!ベイベ』『藝大アートプラザラヂオ』担当。ポテチと噛みごたえのあるグミが好きです。