Culture
2021.05.10

世界で最も有名な日本人、葛飾北斎の人生を伝えたい!映画『HOKUSAI』企画・脚本担当、河原れんさんインタビュー

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ダイナミックな荒波と、その波に翻弄される三そうの舟、そして遠くに見える富士山。この浮世絵を見て、葛飾北斎をイメージする人は多いことでしょう。『冨岳三十六景 神奈川沖浪裏』は、海外ではグレイトウェーブと呼ばれ、人気の高い作品です。

2017年にイギリス・ロンドンで北斎特別展が開催されると、大きな評判を呼び、「世界で最も人気のある芸術家の一人」と、地元メディアが絶賛しました。日本国内だけでなく、海外でも注目を集める北斎ですが、その人生については、あまり知られていません。

江戸時代としては異例の90歳まで生き、最期まで絵師を続けた北斎。その生涯を描いた映画『HOKUSAI』が、2021年5月に公開されます。世界中が新型コロナウイルスという見えない敵と戦っている今、愚直なまでにひたむきに生きた北斎の姿は、元気を与えてくれそうです。

企画と脚本を担当した河原れんさんに、映画化についての思いを聞きました。

アイキャッチ:(C)2020 HOKUSAI MOVIE

映画『HOKUSAI』公式サイトはこちら
葛飾北斎の情報を集めたポータルサイト「HOKUSAI PORTAL」はこちら

ピンクベージュの空の色に驚いた!

ーー企画の発端を教えて下さい。

河原:5年ぐらい前に、神奈川県の三浦海岸に友達のお子さんを連れて行ったことがあったんです。当時5歳の男の子が、水平線上に富士山が浮かぶ景色を見て、「あ、北斎」って言ったんです。私も構図が北斎の絵のようだと思ったんですが、こんな幼い子でも北斎を知っていることに驚きました。と同時に、北斎って世界一有名な日本人なのに、私自身どんな人生を歩んできたかを知らない、知識がないことにも気づきました。江戸時代に90年も生きたことはよく知られていますが、代表的な『冨岳三十六景』を描いた時は、70代だったことは意外と知られていませんよね。それで興味を惹かれて、リサーチを始め、『神奈川沖浪裏』を見てみようと、美術展に行きました。

『HOKUSAI』の一場面より(C)2020 HOKUSAI MOVIE

そうしたら、背景の空の色がピンクベージュ色でビックリしたんです。ピンクベージュって夕焼けの色だけど、北斎の絵から夕日っていう印象は受けない。おそらく、波の色とのコントラストを狙ったのだと思います。北斎はどういう感覚で空の色を考えたのだろうと、考えるうちにどんどん興味が増しました。けれど調べようにも、庶民の生まれなので、青年期の記録がほとんどなくて。残されたわずかな情報を手掛かりに、絵から人物を探ることにしたんです。当初は小説を書こうとしてたんですけど、文字だけだと絵の描写を伝えるのは難しいので、映像作品を作ることにしました。映画にすれば、日本人だけじゃなく世界の人にも北斎の人生を伝えられるとも思って。

絵師にとってのメンターだった蔦屋重三郎

ーー物語のキーパーソンである蔦屋重三郎とは、どのような人物なんでしょう?

河原:蔦屋は、色々な絵師、文筆家を輩出してきた版元であり、プロデューサーです。今までにない物を作ってくれる人を面白いと感じたと思います。模倣版を作る作家が来ても面白いとは思わないし、売れるとも考えない。その作家のオリジナリティを求めたと思います。北斎は技術はすごくあるけれど、若いうちは画風が定まらず模索していた。蔦屋はメンターの役割で、ある意味、愛の鞭で北斎を鍛えて、才能を引き出そうとした。それによって、北斎は、自分の絵の世界を開眼したんじゃないかと思います。

ーー歌麿を吉原に住まわせたりしてますね。

河原:蔦屋自身が吉原で生まれたから、その世界観をわかっていたのでしょう。あの時代の流行の発信地が吉原だったので、そこで自分の育てようとしている歌麿に美人画を描いてもらって、自分の版元で売る。そういうプロデュース力にたけた人だったんだと思います。

『HOKUSAI』より阿部寛さん演じる蔦屋重三郎と、柳楽優弥さん演じる北斎(C)2020 HOKUSAI MOVIE

天才という面だけでなく、人間臭い姿を描きたかった

ーー北斎の人柄は、どう捉えて描きましたか?

河原:北斎はストイックなアーティストだったと思うんですけど、描く上で一番気をつけたことがあります。それは、北斎を天才だと決めつけないことです。やっぱり天才というのは、後の世代が言う評価だと思うし、北斎自身はきっと天才とは思っていなかっただろうし、苦しみながら自分の絵の世界を極めていったのだと思います。

『HOKUSAI』より玉木宏さん演じる喜多川歌麿(C)2020 HOKUSAI MOVIE

例えば、強烈な個性を放つ写楽や歌麿の絵を見た時に、悔しいという気持ちや嫉妬する感情もあったんじゃないかと思うんですね。だからこそ、北斎が自分の絵を見つけるに至ったわけで、単純にぽこっと出た天才という描き方にはしたくないと思いました。極めていく中で色んな壁にぶつかる人間臭さを描きたかった。北斎はストイックだからこそ、自分にもライバルに対しても負けん気の強い人物だったのではと思います。

青年期と老年期を演じた二人の俳優、どちらも北斎だった

ーー北斎を演じられた柳楽優弥(やぎらゆうや)さんと、田中泯(たなかみん)さんを現場で見て、どう思われましたか

河原:青年期を演じた柳楽さんの北斎は、すごく澄んでいる感じがしましたね。柳楽さんという人は、すごくナチュラルな方なんです。北斎をどう表現するか悩まれたと聞きましたが、悩んでいることすら、その奥に北斎が透けて見えるようでした。個性的なセンスとかこだわりも持っているけど、あまりひけらかさないところが、カッコイイ人でね、北斎と似てるんです。若い世代の北斎を自然体で作って下さいました。

『HOKUSAI』より柳楽優弥さん演じる北斎(C)2020 HOKUSAI MOVIE

ーー田中さんはどうでしたか?

河原:老年期を演じた田中泯さんは、いるだけでいいと言ったら失礼なんですけど。泯さんの台詞は極力減らしました。ダンサーである泯さんが北斎を演じるならば、余計な台詞はむしろないほうがいいと思ったので。居るだけで佇まいだけで北斎。まさにそういう役者さんだなって思いました。

『HOKUSAI』より田中泯さん演じる北斎(C)2020 HOKUSAI MOVIE

北斎が絵に込めたメッセージ

ーー脚本を書く上で参考になった絵はありますか?

河原:老年期に描かれた生首図ですね。北斎って妖怪を描いても、チャーミングだったり、ポップに描いたりすることが多いんですけど、生首図はおどろおどろしいんです。北斎はどうしてあの時代に、あんなグロテスクな絵を残そうとしたんだろう。しかも、版画ではなくて一枚絵で描いているんです。売るためではなく、残すための作品という意志を感じますよね。それに、髪の毛一本一本を描くにも感情を揺さぶられながら、思いを込めて描いているのを感じる。調べてみるとその絵が描かれたのは、偶然なのか柳亭種彦が亡くなった年だとわかったんです。

『HOKUSAI』より田中泯さん演じる北斎と、永山瑛太さん演じる柳亭種彦(C)2020 HOKUSAI MOVIE

これは種彦の首なんじゃないかと、作家として直感的に思いました。北斎は種彦の死に対して、この絵を通して伝えたいメッセージがあったんじゃないかと思いながら、このシーンを脚本に描きました。

年老いても、一歩でも先へ行きたいと願い続けた

ーー北斎は、江戸時代の世の中にどのような向き合い方をしていたのでしょう?

河原:北斎は絵師なので、絵を通して自分を表現し、伝えていた。絵を描き続けて、より多くの人に見てもらうことで、メッセージを発信していたのだと思います。でも、ちゃんと大衆にわかるようにという目も持っていたと思うから、難しい絵にはしていない。

『HOKUSAI』より田中泯さん演じる北斎(C)2020 HOKUSAI MOVIE

そうして絵師として活動を続けていくうちに、インスピレーションや感性を高めていきました。年老いてからは、人に売るための絵ではなく、自分の筆をより磨くための絵を描いていた。北斎自身が『富岳百景』の跋文に書き残していますが、北斎は死ぬまで、一歩でも先へ行きたい、一歩でもうまくなりたいと願い続けていました。最期まで絵師としての誇りを持ち続けたのでしょう。どんな時代であっても、自分の決めた道を生き抜こうとする姿には、今、コロナ禍で苦難にぶつかっている私たちの背中を押してくれる強さを感じますね。

河原れんプロフィール

1980年東京都に生まれる。上智大学法学部卒業後、2007年に小説家デビュー。初の長編小説『瞬』は2010年に映画化。2011年に発表した医療ミステリー『聖なる怪物たち』はドラマ化された。その他の著書に東日本大震災を題材にしたノンフィクションノベル『ナインデイズ 岩手県災害対策本部の闘い』や『女優墜ち』など。無類の旅好きで、16歳で米国留学、18歳の時にバックパッカーで世界中を旅する。映画『HOKUSAI』には、北斎の娘のお栄役として出演もしている。

5月28日(金)劇場公開! 映画『HOKUSAI』

『HOKUSAI』5月28日(金)全国ロードショー(C)2020 HOKUSAI MOVIE

工芸、彫刻、音楽、建築、ファッション、デザインなどあらゆるジャンルで世界に影響を与え続ける葛飾北斎。しかし、若き日の北斎に関する資料はほとんど残されておらず、その人生は謎が多くあります。

映画『HOKUSAI』は、歴史的資料を徹底的に調べ、残された事実を繋ぎ合わせて生まれたオリジナル・ストーリー。北斎の若き日を柳楽優弥、老年期を田中泯がダブル主演で体現、超豪華キャストが集結しました。今までほとんど語られる事のなかった青年時代を含む、北斎の怒涛の人生を描き切ります。

画狂人生の挫折と栄光。幼き日から90歳で命燃え尽きるまで、絵を描き続けた彼を突き動かしていたものとは? 信念を貫き通したある絵師の人生が、170年の時を経て、いま初めて描かれます。

公開日: 2021年5月28日(金)
出 演: 柳楽優弥 田中泯 玉木宏 瀧本美織 津田寛治 青木崇高 辻本祐樹 浦上晟周 芋生悠 河原れん 城桧吏 永山瑛太 / 阿部寛
監 督 :橋本一 企画・脚本 : 河原れん
配 給 :S・D・P ©2020 HOKUSAI MOVIE

公式サイト:https://www.hokusai2020.com

書いた人

幼い頃より舞台芸術に親しみながら育つ。一時勘違いして舞台女優を目指すが、挫折。育児雑誌や外国人向け雑誌、古民家保存雑誌などに参加。能、狂言、文楽、歌舞伎、上方落語をこよなく愛す。十五代目片岡仁左衛門ラブ。ずっと浮世離れしていると言われ続けていて、多分一生直らないと諦めている。