数値化できないものを伝える方法って何だろう? 染織家・吉岡更紗さんと考える

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和樂web編集長セバスチャン高木が、日本文化の楽しみをシェアするためのヒントを探るべく、さまざまな分野のイノベーターのもとを訪ねる対談企画。第4回は、京都で江戸時代の末から続く「染司よしおか」の6代目・吉岡更紗さんです。

ゲスト:吉岡 更紗(よしおか さらさ)
京都生まれ。染織家。2008年生家である「染司よしおか」に戻り、自然界に存在する植物で、糸染め、織りを中心に制作を行っている。

3姉妹の末っ子、販売員から染色家へ

過去に何度もこちらの工房へお邪魔しているんですが、未だに更紗さんの仕事の全貌がつかめないんですよ(笑)。

私は、なんでも屋なんです(笑)。染めるのはもちろん、布も織るし、お店番もするし、経理もする。急に「のれん作りたいから測りに来てくれない?」みたいな仕事もあれば、天平時代の衣装の復元なんて仕事もあります。古来の日本の色を今に伝えるために、毎日いろんな仕事をしているんです。

袈裟「糞掃衣」の制作に密着した過去記事より、左/遠山のデザイン画、右/「染司よしおか」が復刻させた東大寺の糞掃衣の模型。

更紗さんは「染司よしおか」の6代目でしたよね?

はい。父が5代目、私で6代目になります。姉がふたりいるのですが家業を継ぐ様子がなく。大学卒業後、私は服の販売員をしていたのですが、何となく自分が継がなくてはと感じていました。ちなみに兄弟の3番目が継ぐということは、この業界には多いことなんですよ。なので、私も末っ子あるあるを、しっかり受け継いだことになります(笑)。

5代目・吉岡幸雄さんと更紗さん

小さいときからこの工房には通っていましたが、染場は入れてもらえなかったので、外から仕事を覗くのが私の日常になっていました。湯気がばぁっとあがる瞬間とか、染料のにおいが漂ってくる瞬間とか、あとはいろんな人が急に「こんにちは」とやってくるところも好きだったから、幼いながら工房は魅力的な場所に映っていましたね。

更紗さんは、この工房で染織を学ばれたんですか?

いえ。私はここに来てから11年目になるんですが、その前に愛媛県西予市の「シルク博物館」で、染色や製織、養蚕、座操り機での製糸、撚糸などを勉強したんです。2年ちょっとでしょうか。スタッフも数人はここの出身です。

祖父と父から受け継いだ、天然材料の染色

日本の伝統色を天然の材料で染め上げる仕事は、代々ずっと?

初代から2代目くらいまでは、化学染料が日本に入る前ですから、おそらく今と同じような仕事をしていたと思います。明治以降、ヨーロッパから化学染料が伝わってからはそれのみに。再度、自然染色に特化し始めたのは、祖父の代からです。戦後、祖父が昔の染物を見て研究していたら「自然の色はやっぱりきれいだな」と感動したらしく、それから植物や貝で布を染めたり、ヨーロッパや南米へ研究に行ったり、お金をつぎ込んで自然染色の研究に没頭し始めました。


染色に使う材料。上から時計回りに、蓼藍(たであい)、槐(えんじゅ)、茜、そして紫根(しこん)

祖父の代は、まだ自然染色だけで事業を成り立たせていたわけではなく、5代目の父で化学染料を全てやめたんです。祖父は化学染料の仕事で得たお金を、植物染料の研究につぎ込んだ人ですし、父も「染め屋を継ぐのは嫌だ」と言って編集者になった後、ここに戻って来ることになり、染屋以外にアートディレクターのような仕事もしています。自由人な祖父や父に比べたら、私は真面目やなぁと思います。

6代目としてのお仕事はいかがですか?

最近はインスタレーションやインテリア関連の仕事が多いですね。ホテルの吹き抜けなどに飾る布を製作したり、家具に布を施したり。6代目になってから、いろんな仕事の現場に行くことがあるのですが、たまに「謎の女の子が来て何かちょこちょこやってるなあ」みたいに思われることもあります(笑)。

僕もあります。いつもこんな見た目なので、打ち合わせの場で最後の最後まで編集長だと気づかれないこともあります(笑)。更紗さんには、過去に和樂でコラボアイテムを作っていただきましたね。

そうです。最初は、歌舞伎初心者さんのためのアイテムということで、筋書きの入るクラッチバッグと大判のストールを。最近一緒に作ったのは、ストールとバッグと風呂敷の3点です。

和樂オリジナルの「染司よしおかコラボの“旅アイテム”」春色大判サイズ麻ストール、渋色ショルダーバッグ、リバーシブル小風呂敷。

こういった商品を開発するときは、どんな流れで作るんですか?

自分がデザインをガッチリと決めて、かたちにしていくというよりは、一緒に作る人たちとの日常会話から生まれたものをベースにして、わちゃわちゃと練り上げていくように作っています。というのも、急に完成品を目指すとだいたい上手くいかないんです。サンプルを作って「もっとこうしたほうが良いかも」と考えて調整するプロセスを重ねて、完成形を目指します。

材料も職人も足りない、工芸の制作現場の現実

インスタレーションの仕事は他の仕事に比べて違いも多いのではないでしょうか。

新鮮なことが多くて、おもしろいですね。ただ、これまでにないことで悩んだりもします。布の色をずっときれいに見せるためにはどうしたらよいのか? とか。展示期間が決まっているものであれば良いのですが、ホテルの空間演出なんかだと何年も飾ることになるので。自然染色のテクニック上、どうしても色は落ちてしまうので、なるべく落ちないものを提案するのも、私たちの仕事のひとつです。

インスタレーションですと、成田空港にも「染司よしおか」のアートワークが飾られていますね。

あれは父がアートディレクターとして携わったもので、いろんな職人さんと一緒に作ったものだったんですが、触れて頂いてもOKな剥き出し展示だったもので、うちが作った和紙の屏風は色んな方の指で穴だらけに(笑)。「朽ちるのも美しさ」というテーマもあったようなのですが、あまりにも無残な状態になったので、今年新しく製作し直しました。経師屋さんと相談して穴が開かないように、中にアクリル板を入れてもらって補強しています。

和紙を使って屏風をつくるときは、経師屋さんにお願いする。そうやって、ひとつのものを作りあげるのにいろんな職人さんが関わるのは、日本の工芸独特のやりかたですよね。

そうですね。経師屋さんとも長いお付き合いをしているので、何か起こったときに改良するポイントを教えて頂けるのはありがたいことです。ただ、職人の世界も変化していて、例えば「織物を作ろう」となったときに、糸だけ染めてあとは織りの職人さんへお願いして待つだけだったのが、今は自分たちの機場で織ることもあります。織るまでにもさまざまな工程があってそれぞれに職人さんが必要なので、その都度、わざわざ来て頂いたり。糸の手配から織物が完成するまでの管理も、全て自分たちでやらなくちゃいけなくなりました。

以前だったら分業して効率的にできていたのが、だんだん職人さんがいなくなってきて、全ての作業を自分たちでやるみたいなことになっていますよね。僕は全国各地の職人さんを取材することが多いんですけど、みなさん「材料を育てる人がいなくなって道具を作る職人さんがいなくなって、今はほとんど全てを自分たちでやらなくちゃいけない」とおっしゃいます。

わかります。うちも、染料になる植物は農家さんと直接契約して育てていただいているところがあるんですが、その収穫を私たちがやることもあるんです。夏は紅花を摘んで、藍を刈って、秋になったら紫根を掘る。収穫の現場は、きちんと季節がまわっていることを実感するひとつのポイントなので、楽しみにはしているんですけど、材料調達も自分たちでしていくという形になっていくのだな、と実感します。

僕たちも、いろいろな商品開発に携わるようになって、あちこちから「日本の工芸を使って何かおもしろいことをやりたい」と注文をいただくのですが、材料を作る人がいない状況もあって、いざ急に工芸品を大量に作ろうと思っても、作れない状況があるんですよね。例えば、砂金なんかは量を確保できないから、ふんだんに使った大掛かりな作品を作ろうと思っても、すぐに実現できないんです。

私たちが大掛かりな作品や工芸品を作る時は、まず材料の確保が第一になるんですけど、そこを説得するのも今は大事な仕事かもしれません。ただ、そういう大掛かりな仕事が定期的にあれば良いですけど、これからの工芸の仕事のありかたを探っていくのも、私たちの仕事だと思っています。

生産から経営まで、工芸の現場にはやることがたくさんありますよね。

「っぽい」の共有しづらさ、数値化を求められる現場の悩み

「染司よしおか」の作る色を見ていて思ったのですが、色を伝えるのって、最近とても難しくなりましたよね? 昔は印刷の現場で「この絵画の色が再現できない!」となったら、プリンティングディレクターが実際にその絵画を観に行って、あれこれ色を再現する努力をしていたんですよ。でも今は、そういうデータじゃ測れない部分は、一切排除されてしまって「感じたとおりの色」が数字に表せないんです。
印刷の現場も、工芸の現場で職人さんが少なくなっているように、数値化が進んで、感覚でバシッと色を合わせてくれる職人さんがずいぶん少なくなってしまいました。昔はなんとなく「もっと水っぽくしてくれ」と伝えたらイメージどおりのものを作れたのが、今は「それじゃわからない」と返されてしまうこともあります。数値は数値で、もちろん良いところもたくさんありますが。

たしかに、色を数値にすることで公共性が増したのは良い側面ですよね。「水っぽい」みたいなニュアンスが数値化されることで、みんなに「〜っぽい」が共有できるものになったんだけど、欲しい感覚を言葉のみで伝えることが逆に難しくなってしまった。これってたぶん色だけじゃなくて、味とか触感でも同じようなことが起こっていますよね。

そういう「数値化できないもの」が、だんだんといろんなクリエイティブの現場からなくなっちゃうのかなって、僕は不安に感じています。

複雑な物語をオーディエンスに届けるには?

最近、ある神社の宮司さんから「現代は、祈りや思いでさえもそれがどれくらい歴史的な価値があるのか、数値化や言語化を求められる」と聞きました。あらゆる現場で、本来ならば定量化できないものまで数値や言葉にすることを求められているような気がしています。「染司よしおか」も、作っている色の後ろにいろんな思いや工程があるわけじゃないですか。きっと更紗さんにも、思いや工程を言葉にすることを求められる場面がありますよね? こういう取材とか。

そうですね。例えば雑誌の取材が来て、きちんと織りや染めの工程を見て記事にしてもらったとしても、工程が多いので省いたり簡略化される部分は多くなります。逆に、見たり聞いたりしたことを全て文字化すると、工程を知っている人には伝わるものになるけど、たくさんの人に最後まで伝えるのはむずかしくなります。あんまり言葉にしすぎると、その層が分厚すぎて、しゅっと本質に辿りつけない。それは文字だけじゃなくて、映像も同じで、動画にテロップをいれると、どんどん内容が説明映像みたいになって「物語」がぼやけてしまうんですよね。

マーケティングなんかで「私たちはものではなく物語を買っている」みたいな言葉がありますが、結局、売れるのは「わかりやすい物語」だけなのが現状です。込められたストーリーが深いほど、言葉にできないというか、一言でくくれない。でも売るためには、キャッチーにまとめないといけない。
量産品を販売するメーカーの中には、複雑じゃない製造工程を、あえてキャッチーなポスターやTVCMにして「わかりやすい物語」として利用しているケースもあるわけです。じゃあ本当に丁寧に作られたもの、ものすごく気が遠くなるほど時間かけて作られている工芸品の物語って、どうやって伝えたら良いんでしょう。その物語を伝えるために渾身の90分のドキュメンタリー映像を作っても、観る人がどれだけいるか…ずっと悩んでいます。

全てを伝えるのが無理だとしたら、映画の予告みたいになっちゃいますよね。短い時間で、どれだけ興味を惹きつけられるのか。そういう伝え方が増えてくるんじゃないでしょうか。

まさにそうなんです。わかりにくいものとか複雑なものを伝えるためには、そこに全てのメッセージを納めるんじゃなくて、まずは入り口を作ることが必要だと感じています。和樂webでやろうとしていることも、そういうことかなと思っています。更紗さんは、これからどんなことをやってみたいですか?

代々、毎年必ず納めると決まっている仕事があるので、それをきちんと続けていくのがまずは一番です。秋には京都の石清水八幡宮で行われる平安時代から続く祭礼に12カ月の造り花を奉納が控えています。あとは祖父や父が研究してきた重ね色とか古典的な色を、それが今の暮らしにどう活かせるかの提案をしてみたいですね。

重ね色を使ったものを作るのではなくて、重ね色自体の浸透というか、重ね色の考え方を現代に伝えることが、どうにかできないかな?と僕も考えています。それができれば「染司よしおか」のアイデンティティをさらに確立できるなーって。…って僕は何を偉そうに言ってるんでしょうね(笑)。

そういうアイデアがきっと新しい仕事に繋がるんですよ。おもしろい仕事の話、お待ちしていますね(笑)。

撮影:伊藤 信