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2021.05.28

「浮世絵指導」って何をするの?映画『HOKUSAI』美術のこだわりを徹底インタビュー!

『冨嶽三十六景』や『北斎漫画』などの作品で知られ、印象派の画家たちをはじめとして多くの海外のクリエイターにも影響を与えている葛飾北斎。近年では、ユネスコ前事務局長イリナ・ボコバが、世界で2番目に有名な絵は『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』だと発言したり(ちなみに世界一はレオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』)、2024年度から使用される千円札の新たなデザインとしてこの作品が採用されることになったりと、常に国内外で話題を呼び続けています。

そんな北斎の生涯を描いたストーリーがついに映画となり、2021年5月に公開されることに! 日頃より美術館巡り等で北斎に親しんでいる、アートトークユニット「浮世離れマスターズ」のつあおとまいこの二人も、もれなく北斎ファン。史実にのっとりながらも想像力を駆使してあぶり出された、映画『HOKUSAI』の北斎像に感動!

『HOKUSAI』5月28日(金)全国ロードショー(C)2020 HOKUSAI MOVIE

それにしても、江戸時代の北斎や他の絵師たちを実際に見たわけでもないのに、なぜあんなにリアルなのでしょうか?

実は、絵画やその描き方に関するリアリズムの実現に大きく貢献している方々がいるのです。その役目は「浮世絵指導」。映画『HOKUSAI』では、東京藝術大学保存修復日本画研究室インストラクターの向井大祐さんと同大学特任研究員の松原亜実さんがこの役を担ったそうです。

興味津々の浮世離れマスターズは、お二人にいろいろと質問させていただきました。

映画『HOKUSAI』公式サイトはこちら
葛飾北斎の情報を集めたポータルサイト「HOKUSAI PORTAL」はこちら

アイキャッチ画像:(C)2020 HOKUSAI MOVIE

画家の個性がにじみ出るような筆の使い方を指導

浮世離れマスターズ:「浮世絵指導」の主な役割はどういったものなのでしょうか。

向井:まずは、「所作指導」というのがあり、役者さんが絵を描くための事前練習や現場での指導をします。また、劇中画にもかかわっており、制作過程の考察およびその演出についての助言や、劇中画そのものの制作などもします。映画の中で使う筆などの道具についての助言もします。

浮世離れマスターズ:そうなのですね。役者さんへの所作指導というのは具体的にどんなことをするのでしょうか?

松原: 例えば筆の持ち方や運び方、絵の具の溶き方、ポージングなどです。 役ごとですと、向井さんが喜多川歌麿、東洲斎写楽は私、北斎は二人で担当しました。

浮世離れマスターズ: それぞれの個性が際立つように何か工夫されたことはありますか?

向井: 歌麿については、何よりも優雅に描いていることを強調しました。 長い筆を持って紙との距離をとると優雅に見えるのですが、実はこの姿勢は現実離れしているので大変でした。 紙から離れすぎると、細い線が描けないのです。

映画『HOKUSAI』で歌麿を演じる玉木宏さん。確かに筆が細くて長い! (C)2020 HOKUSAI MOVIE 

松原: 写楽のほうは目を紙にとても近づけて描くスタイルにして、目力を強調しました。 引きで撮る時には全体像として役者さんが映るのですが、手元だけをクローズアップする時は、私たちが描いている手を映したりしています。 役者さんたちには、筆の持ち方などの基本から始まって事前に3回ほど指導させていただいたのですが、皆さん大変飲み込みが早く、ポージングなどはすぐに様になるので驚きました。

東洲斎写楽を演じる浦上晟周さん。目力が印象的 (C)2020 HOKUSAI MOVIE

浮世離れマスターズ:筆の持ち方がかっこいいと思ったのが、北斎が筆を2本手に持って描くシーンです。カチッカチッと2本の筆を持ち替えていましたね。これは実際にある技法なのですか?

田中泯さん、柳楽優弥さんが『怒涛図』を描くシーン (C)2020 HOKUSAI MOVIE

松原 :この筆の2本使いは、片方の筆に顔料を、もう片方の筆には水をつけて、ぼかす時に2本一緒に持って交互に描く方法です。 北斎役の柳楽優弥さんと田中泯さんには、出番の合間にもレッスンさせていただきました。もっとも、家でも練習なさっていたようです。 お二人が描く場面を撮影した後に、私たちが修正したり描き足したりした絵を次の場面に出してつないでいったりもしました。

北斎がスタイルを確立させる前の絵を想像で描く!

浮世離れマスターズ:映画に完成品として登場する作品も何枚かお二人が描かれたとのことですが?

向井:劇中画の中でも描く場面のある絵はもちろんですが、画面にわずかしか映っていないものも含めると私たちも数え切れていません。例えば1枚の絵でも描き始めから制作途中まで多いものでは5枚は描いています。私が担当して結構難しかったのは、若い時の北斎が悩みもがいている時に描いた絵です。映画の中では北斎が蔦屋重三郎に見せるとなじられてしまう場面に登場します。実存する北斎の絵を模写して出すと、本物の北斎の才能がなじられてしまうようで心が痛むので、北斎の絵からいろいろ想像して、「完成に至る試行錯誤の段階ではこんなだったに違いない」と思えるような絵を描いて出しました。

蔦屋重三郎になじられるシーンに登場する絵 (C)2020 HOKUSAI MOVIE

浮世離れマスターズ:北斎と同じように向井さんも試行錯誤されたのですね。町の中で突風にあおられて慌てる人々を、北斎が写生帳を取り出して早描きするシーンも印象的でした。

向井:実際に自分が描く方法で写生するとどうしてもゆっくりになって地味な見え方になってしまいます。 ですので、実際は「そんなスピードでは描けない」くらいの速さで描いてカメラ映えさせなければいけないのが至難の業でした。ぶっつけ本番でしたが、素早く、情熱的に見えるように努めました。

葛飾北斎『北斎漫画』より 国立国会図書館デジタルコレクション
映画でもこの絵を彷彿とさせるシーンが登場する。

肉筆画を描くシーンもドラマチック

浮世離れマスターズ:そうでしたか! そして、とても印象的だったのが、クライマックスに近いところで北斎が『怒涛図』を描くシーンです(リンクの写真は和樂web記事『葛飾北斎の代表的な浮世絵から圧巻の鳥観図まで!「てくてく、ふらり、のんびり 旅する浮世絵」展【北斎館】』より)。長野県小布施町にある「男浪」「女浪」と名付けられている2枚の肉筆画ですね。北斎にとって重要な色となる輸入顔料のプルシアンブルーも使われていました。松原さんは、小布施まで行って実物をご覧になったそうですね。どのように感じられましたか?

松原:やはりプルシアンブルーで描かれたと思われる部分は発色が今でもきれいに残っていると感じました。 もともと日本で使われていた青色には限りがありました。鉱物から取れる群青や植物から取れる藍です。人工顔料であるプルシアンブルーは群青とも藍とも異なる性質をもっており、発色が良く退色もしづらいので当時の絵師たちには新しい青色として好まれました。北斎の作品ではプルシアンブルーは主に版画(錦絵)を摺る際に使われているのですが、 肉筆の『怒涛図』を見て、今でも青がきれいに出ている部分はプルシアンブルーを使ったのではないかなと想像しました。

浮世離れマスターズ :その実物をご覧になった感覚も活かしながら北斎が『怒涛図』を描くシーンを監修なさったのですね。 口に含んだ水を吹き付けたり、水を絵の上からシュッとまいたりしたのには驚いたのですが、実際にある技なのですか?

向井:あります。私たちは練習の時も本番収録の時も立ち会うのですが、このシーンで北斎役の田中泯さんの足運びが現代舞踊のようだったことが強く印象に残っています。

浮世離れマスターズ:改めまして、お二人が同じ画家として北斎やこの映画に関して抱いた感想をお聞かせください。

向井:北斎は、今でこそ天才と言われていますが、映画にたずさわることで、常に努力を続けた人であり苦労人でもあったということを知ることができてよかったです。 また、彼は『冨嶽三十六景』シリーズをはじめとする版画作品が主に知られている絵師ですが、この映画では、版画だけでなく、肉筆画も随所に登場して光を当てられたことが貴重だったと思います。

松原:北斎は、「やりすぎずに大胆であるところ」が天才だなと思います。 オリジナルの着眼点を持ち、誰も見たことがない構図を創ってしまうのですが、大衆にも受け入れられる。 そして当時ももちろん驚かれた彼のデザイン性ですが、現代の人々も感動させる力を持っているところに稀有な才能を感じます。

葛飾北斎『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』 1825〜38年、シカゴ美術館
「やりすぎずない大胆さ」が魅力の北斎のデザイン性が、世界中の人々を感動させ続けている

プロフィール

向井 大祐 ムカイ ダイスケ
東京藝術大学保存修復日本画研究室 インストラクター

松原 亜実 マツバラ アミ
東京藝術大学COI拠点 Arts&Science LAB. 特任研究員
日本美術院 院友

5月28日(金)劇場公開! 映画『HOKUSAI』

『HOKUSAI』5月28日(金)全国ロードショー(C)2020 HOKUSAI MOVIE

工芸、彫刻、音楽、建築、ファッション、デザインなどあらゆるジャンルで世界に影響を与え続ける葛飾北斎。しかし、若き日の北斎に関する資料はほとんど残されておらず、その人生は謎が多くあります。

映画『HOKUSAI』は、歴史的資料を徹底的に調べ、残された事実を繋ぎ合わせて生まれたオリジナル・ストーリー。北斎の若き日を柳楽優弥、老年期を田中泯がダブル主演で体現、超豪華キャストが集結しました。今までほとんど語られる事のなかった青年時代を含む、北斎の怒涛の人生を描き切ります。

画狂人生の挫折と栄光。幼き日から90歳で命燃え尽きるまで、絵を描き続けた彼を突き動かしていたものとは? 信念を貫き通したある絵師の人生が、170年の時を経て、いま初めて描かれます。

公開日: 2021年5月28日(金)
出 演: 柳楽優弥 田中泯 玉木宏 瀧本美織 津田寛治 青木崇高 辻本祐樹 浦上晟周 芋生悠 河原れん 城桧吏 永山瑛太 / 阿部寛
監 督 :橋本一 企画・脚本 : 河原れん
配 給 :S・D・P ©2020 HOKUSAI MOVIE

公式サイト: https://www.hokusai2020.com

書いた人

つあお(小川敦生)は新聞・雑誌の美術記者出身の多摩美大教員。ラクガキストを名乗り脱力系に邁進中。まいこ(菊池麻衣子)はアーティストを応援するパトロンプロジェクト主宰者兼ライター。イギリス留学で修行。和顔ながら中身はラテン。酒ラブ。二人のゆるふわトークで浮世離れの世界に読者をいざなおうと目論む。