Craft
2019.08.18

【東京】シンプルでタフな「トタン道具」はどうやって作られているの? 蔵前「近藤製作所」インタビュー

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東京の台東区には、戦後の日本人の暮らしを支えた小さな町工場がたくさんありました。表通りを一歩入ると住居と一緒になった、小規模な工場が軒を連ねていたものです。しかし、平成になるころにはかつての風景は消え、工場跡はビルやマンションへと変わっていきます。そんななか、モノづくりの町として再注目されて若き職人やモノづくりを志すひとが集まっているのが台東区・蔵前です。

そんな蔵前には、荒物雑貨問屋「松野屋」の人気商品でもある、トタン製の米びつや衣装ケースを作っている工場があります。戦後すぐに創業した工場を受け継ぎ、シンプルで美しい道具を手掛ける、トタン職人・近藤隆司さんを訪ねてみました。

胴と底板をプレス機でくっつけていく近藤隆司さん。ぴったりとくっつくのは、細かい下処理があってこそ。

古く新しい下町に70年続くトタン工場

モノづくりの町として注目されたことで、若き職人やクリエイターが集い、ここ数年で古いビルをリノベーションした洒落たカフェやショップ兼アトリエなどが一気に増えている蔵前。その名が示すように隅田川沿いの蔵前は、天領地からの米を運び入れる御米蔵(おこめぐら)があり、幕府の倉庫街でした。

トタン製品を作っている近藤製作所は、そんな古くて新しい町・蔵前にあります。社長・近藤隆司さんの父親は、戦後すぐにこの町でトタン工場をはじめます。

「長野生まれだった父は、愛知の板金(ばんきん)工場で丁稚奉公して職人に。東京に出てきて母と出会い、終戦後に近藤製作所を開きました。当時ご近所には、大工やプレス工場など、職人や家族経営の小さな工場が多かったそうです。今はマンションになってしまって、昔ながらの工場はほとんどなくなりました」

7、8年前から近藤さんと妻の八代子さんとで工場を営む。トタン板の下処理から完成までを阿吽の呼吸で仕上げていく。

ちなみにトタンとは、薄い鉄板に亜鉛でメッキをしたもの。軽くて錆に強い丈夫な素材です。建物の屋根や壁、雨どいのほかにバケツやチリトリなどの日用品の材料として使われてきました。

東京製トタンバケツは日本各地で使われていた

近藤製作所では、トタン製のバケツやジョウロ、米びつや衣装ケースなどの暮らしの道具を手掛けてきました。

「昭和30年ごろが一番忙しかった。ジョウロやバケツは作っただけ売れました。天井ぐらいまで積んだ何百個というバケツを、問屋が取りにくる。そんな時代がありましたね」

生産途中の米びつが並ぶ。米びつはサイズ別に6種類展開(2kg、7㎏、15㎏、22㎏、30㎏、42kg)。

東京で製造されたトタン製のバケツは、官庁や工場、学校や一般家庭と、仕事道具や生活道具として、日本各地で使われていたと言います。当時の東京には、トタン製バケツを製造する工場が多くバケツ組合も存在したそう。

「うちでも職人が6人ほどいて、親父とともに働いていました。私も中学生ぐらいからは、工場を手伝っていました。手先が器用だったので、製品を作るのがおもしろくて。5人姉弟の長男だったし、自然と跡を継ぐことになりました」

米びつを収納ボックスへ、新たな使い方を提案

しかしトタン製の道具は、昭和40年代にはプラスチックの道具にとって代わられていきます。

「プラスチック製品が出始めると、トタン製のバケツなどは一気に売れなくなってしまって。まだ需要が見込めた米びつや衣装ケースなど、箱ものを作っていくようになりました」

荒物雑貨問屋「松野屋」店主の松野さんとは20年以上のお付き合い。「休み返上の忙しさも松野屋さんのおかげ」と、笑う近藤夫妻。

箱ものもプラスチック製品におされていくなか、荒物雑貨問屋「松野屋」店主・松野弘さん『谷中・松野屋の“荒物雑貨”は普段使いにちょうどいい!』と出会います。

「近藤製作所のトタン製品は、シンプルなデザインで機能性が高い。これはいい!と思いました。米びつにネームタグをつければ、収納ボックスとしても売れるはず」と、近藤さんに提案します。それを松野屋のオリジナル商品として売り出したところ、松野さんの狙い通りインテリアショップや暮らしの店などから注文が絶えない人気商品になりました。

「松野屋」オリジナル帆布バックの作り手でもある松野さん。作り手仲間としてモノづくりの話はとまらない。

「モノづくりの町だから、近所の問屋ではネームタグも売っている。作り手にもさほど手間にならない。生産工程やデザインを変えることなく、ひと手間をかけるだけで、今の暮らしに馴染む商品になる。でも、それは技を磨き工夫を重ねた、近藤製作所のトタン製品だからこそです」と、松野さん。

ほぼすべてを手作業で美しさを追求

両親や職人が引退してからは、妻の八代子さんとふたりで工場を切り盛り。朝早くから夜遅くまで、夫婦で分担しながら製品を作っています。

「バッタ」という道具を使い、板に溝を入れていく八代子さん。けがしないように軍手は必須。

「松野屋」で人気の米びつも夫婦ふたりで手掛けます。サイズにあわせてカットしたトタン板は、道具を使って溝をつけて針金などを巻き付けます。それを万力の鉄棒にあてて四角型へと曲げていく。合わせ目を木槌で叩いて繋ぎ、動力プレス機で底板を取り付けます。道具を使って下処理するのは八代子さん、四角に曲げて底板を取り付けるは近藤さんの仕事。ほぼすべての工程が手作業というから、その大変さは話を聞いているだけでもわかります。

体重をぐっとかけて、薄く入れた印にあわせて正確に曲げていく。まさに職人技!

合わせ目を叩いて繋いでいく八代子さん。「木槌で叩いてきれいに目を繋いでいくの」

「昔から作り方は一つも変わっていません。四角型に曲げるのも機械で曲げた製品は、曲げた部分に筋が入ります。出来上がりがきれいじゃないから、うちでは手で仕上げています。サイズが大きくなると、大変ですけどね」と近藤さん。そんな職人としてのこだわりが、製品のいたるところに詰め込まれています。

底板をプレス機でぴったりと圧着させる。昔ながらの機械を手のように使いこなして製品へと仕上げていく。

暮らしに馴染む、一生使える道具

自身が手掛けるトタン製品について、「湿気に強く、防火性も高いので、米や衣装など長期保存しておきたいものを入れるにはぴったり。薄いのに丈夫で、箱を重ねても変形しない。一生使える道具ですよ」と、その良さを語ります。

時代背景が昭和のドラマや映画には、米びつや衣装ケースが使われていることが時々あるとか。「そんな時は、セットばかり見てしまって」と、笑う近藤さん。

トタン製の生活用品を作る工場は、日本では少なくなりました。なかでも「今、米びつを作れる職人は近藤さんぐらいかも」と、松野さんは言います。でも作れるひとが少ないから、希少価値だから、いい道具なのではありません。どのような空間に置いても馴染む、シンプルで美しいデザイン。一生使えて経年変化をも楽しめる丈夫さ。だからこそ近藤さんのトタン製品は、目の肥えた暮らし上手に愛されています。

出荷を待つ米びつ。近藤さんの米びつ、衣装ケース、シューケース、CDケース、ゴミ箱などは、松野屋で取り扱い中。「谷中松野屋」で見ることができます。

近藤さんのトタン道具はどこで買えるの?

谷中松野屋 店舗情報
住所:東京都荒川区西日暮里3-14-14
電話:03-3823-7441
営業時間:平日11:00から19:00、土日祝は10:00~19:00
定休日:火曜日(祝日は営業)
www.yanakamatsunoya.jp
*近藤製作所は工場なので直接販売はしていません。トタン製品は谷中松野屋などで扱っています

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書いた人

和樂江戸部部長(部員数ゼロ?)。江戸な老舗と道具で現代とつなぐ「江戸な日用品」(平凡社)を出版したことがきっかけとなり、老舗や職人、東京の手仕事や道具や菓子などを追求中。相撲、寄席、和菓子、酒場がご贔屓。茶道初心者。著書の台湾版が出たため台湾に留学をしたものの、中国語で江戸愛を語るにはまだ遠い。