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2022.06.16

まるで理想郷!鮮やかに描かれた明治日本の暮らし【府中市美術館】里帰りコレクション

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府中市美術館(東京)で、明治時代の日本の美しさを再発見した驚くべき展覧会が開かれています。その名も、「孤高の高野光正コレクションが語る ただいま やさしき明治」展。何でも、高野光正さんという方が40年の歳月をかけて欧米で集めた約700点の絵画のうち300点以上が出品されているのだとか。無名の日本人画家や来日した欧米人の画家が描いたその多くは、外国人向けに土産物として描かれた水彩画だったゆえ日本には残っておらず、美術史上でもあまり評価されてきませんでした。しかし、そこには、あまりにも美しい古きよき日本の風景が表されていたのです。展示を見たつあおとまいこは、初めて目にした絵画の数々にまず驚き、そして感じ入り始めました。

明治の風景を絵画で見たこと、確かにあまりないかも!

えっ? つあおとまいこって誰だって? 美術記者歴◯△年のつあおこと小川敦生がぶっ飛び系アートラバーで美術家の応援に熱心なまいここと菊池麻衣子と美術作品を見ながら話しているうちに悦楽のゆるふわトークに目覚め、「浮世離れマスターズ」を結成。さて今日はどんなトークが展開するのでしょうか。

花咲く道をわらじで駆け抜ける新聞配達人

笠木治郎吉『新聞配達人』 水彩・紙

つあお:たわくし(=「私」を意味するつあお語)は以前、新聞記者だったので、この絵についてはちょっと思うところがあるんです!

まいこ:ほぉ!

つあお:新聞の歴史について調べたことがあって、その時に明治時代初期から現在のような活字の新聞が発行されていたことを知ったんです。でも、新聞配達人がいたということまでは、思いが及んでいませんでした。

まいこ:今みたいに駅の売店やコンビニはなくても、よろずやの店先で売ってたとか人の集まる場所で配ってたとか、いろんな可能性がありますもんね。

つあお:そうなんですよ。でもこの人は配達してる! 今の時代と変わらないじゃないですか。そして、この新聞配達人は何だか凄まじい!

まいこ:あごが上がって、息が苦しそう。わらじを履いてほぼ裸足みたいな感じで走ってますね。

つあお:臨場感が半端じゃないと思う。結構な田舎を配達してる雰囲気ですよね。

まいこ:足元にたんぽぽの花がたくさん咲いていて、背景は田園風景!

笠木治郎吉『新聞配達人』 部分
花の描写もかなり細かい。

つあお:すごい! 田園風景が広がる田舎で、文明の象徴のような存在である新聞を配達してる人がいるなんて。

情報流通の影に人力あり!

まいこ:1部だけ右手に持って、左の小脇にはぐしゃぐしゃっとなった新聞をたくさん抱えていますね!

つあお:こんなにぐしゃっとして、お客さんは怒らないのかなぁ(笑)。

まいこ:まずは配達されることが大事だったのですかね? 今の新聞みたいにたくさんページがない。1部あたり1〜2枚に見えますね。

つあお:その指摘は鋭いなぁ。明治時代の新聞は最初のうちは4ページしかなかったんですよ。1枚の紙の両面に印刷して半分に折った構成です。

まいこ:なるほど。

つあお:当時「一面」には政治等の硬派の記事、「三面」には社会的な事件やスキャンダルなどの記事が載ってたんです。面数が増えても言葉だけがずっと残って、昭和時代くらいまでは、社会面の記事が「三面記事」と呼ばれ続けたんです。

笠木治郎吉『新聞配達人』 部分
腰のベルは、人々に新聞配達が来たことを知らせるためのツールだったのだろう。

まいこ:へぇ! この絵はちゃんと史実を反映しているんですね!

つあお:そうそう。だから、この人が配達している新聞は、金属活字で印刷されていたはずです。

まいこ:金属活字とは?

つあお:15世紀にドイツのグーテンベルクが発明したと言われている活版印刷で用いる金属製の活字です。金属で作った1字だけのハンコみたいなものですね。着脱可能な1字ずつばらばらの活字を板に埋め込んで書籍などの「版」を作り、インクを載せて印刷するから、大量印刷が可能になったんです。

まいこ:あー! それが金属活字なのですね!

つあお:日本では江戸時代まで浮世絵版画のように木版で文字まで印刷するのが主流だったんだけど、金属のほうがずっと丈夫で擦り切れないから、大量印刷が可能になったんですよね。木版画の文字は彫るのに時間がかかるので、スピードでは勝てませんし。

まいこ:へぇ。

つあお:だから明治になって日本で急速に広がったんです。この絵の風景は田舎だけど、実はすごく近代的なことを表現しているんですよね。

まいこ:すばらしい! 識字率も上がったのかな?

つあお:江戸時代後期辺りになると、藩校や寺子屋に通っている子どもは多かったようだから、もともと町では識字率は高かったでしょう。この新聞配達人の絵は、明治になると農村でも識字率が上がったことを想像させます。

まいこ:すごーい!

つあお:そしてね、この絵は描いている内容もさることながら、描き方自体もすごく西洋的で近代的なところが面白い。

まいこ:日本の伝統絵画ではなく、西洋の描き方ですよね。日焼けした顔とか筋肉隆々の足とか本当にリアル!

つあお:顔の陰影の描き方とか、相当うまいなと思う。でも、この絵を描いた人は、笠木治郎吉っていう、何だか全然有名じゃない人なんですよね。

まいこ:きっと、東京美術学校(東京藝術大学の前身)の教授になった黒田清輝みたいな人とは違う世界の人なんですね。明治時代には、西洋絵画の描き方をマスターした人が急増していたということなんでしょうか。

こういったリアル感ある表現は西洋絵画の流れなんだ!

つあお:そうだったのかもしれません。しかも、無名画家なのにこれだけのリアリズムを表現できる人がいたというのは、なかなか画期的なことだと思いますよ。

まいこ:それにしても、顔がちょっとコミカルなところに「抜け感」がありますね。

笠木治郎吉『新聞配達人』 部分
笠も丹念に描かれている。

つあお:見れば見るほど楽しい絵だなぁ。実はこうした絵は日本人向けじゃなくて外国人向けに描かれていたらしいんですよ。

まいこ:日本に来た欧米の人々が珍しいと言ってお土産に買って帰ったのかな?

つあお:どうもそのようです。

まいこ:私が西洋人だったら、アジアっぽい田園風景が欲しいと思うけど、こーいうおじさんの絵はどういうところに惹かれたのかな??

つあお:こんな傘をかぶって新聞配達をしている人はヨーロッパにはいないでしょう。結構エキゾチックで面白がられたんじゃないですかね。水彩画でこれほどのインパクトがあるのもすごいと思う。

農家の縁側は理想郷

五百城文哉『農家の縁側の行商人』 水彩・紙

つあお:農家の縁側の行商人を描いたこの絵も、なかなかリアリティーがあって面白いですよね。構図もしっかりしているし、何といっても色合いが美しい!

まいこ:行商人がひょっこり民家に立ち寄るなんてことが、明治の日常だったんですね。

つあお:きっとそうです。現代の日本だったら考えられないけど。

まいこ:私だったら、チャイムが鳴っただけでめちゃめちゃ警戒して、絶対インターフォンでしか出ません。

つあお:ですよね。おおらかな時代だったんだなぁ。みんな、すごく楽しそうに話してますよね。縁側っていいなぁと思っちゃった。

まいこ:皆さん満面の笑顔で盛り上がっている。行商人が来ると、縁側に瞬時に集まって来るのかな?

つあお:何を売ってたんでしょうね。

まいこ:行商人は、全国を歩きまわっているでしょうから、珍しいお話を仕入れていて、話に花を咲かせているのかも。

つあお:きっと、数ヶ月に1回こうやって来て、面白いお話を聞かせてくれるんでしょう。

まいこ:赤ちゃんをおんぶしたお母さんまで来てますよ!

つあお:もう家中の人が集まってる感じですね。

まいこ:おばあちゃんも糸巻きを放り出して話に加わってる!

つあお:そんな様子がこれほどのリアリティーで表現されているのも、なかなかのものだなぁ。やっぱりこの絵を見た外国人は喜びますよ。異国の風景を見るのは、いつの時代も楽しい。

まいこ:こういう絵のおかげで、今ではまったく見られなくなった風景が現代の私たちに伝えられたというのも、いいですね。

つあお:描かれている明治は、結構楽しい世の中だったように見えますね。こんな風景は、あんまり想像したことがありませんでした。

まいこ:あけっぴろげでおおらか! 障子を開けたらすぐ家に入れますもんね。穴もたくさん開いているから中が見えちゃう(笑)。

つあお:今はこんなにセキュリティーの甘い家はありませんよね。

まいこ:当時の欧米人から見ると、そこも珍しかったのかな?

昔の家って、内と外の境界があまりない感じがします。

つあお:ひょっとしたら、平和で安全で楽しい理想郷のように見えたかもしれない!

まいこ:今の私たちから見ても理想郷ですね!

河久保正名『田植え』 水彩・紙
傘の形と赤の色彩が効果的に使われたこの田植えの風景も、理想郷のように美しい。

まいこセレクト

五姓田芳柳(2世)『入浴の女たち』 水彩・紙

今まで聞いたり読んだりした話としてしか知らなかったことを、図像や映像で初めて目にすると、いたく感動するクセのあるまいこ。今回は、この絵がそのような体験を引き起こしてくれました。見てください! 道行く誰もが見ることのできる外で風呂を炊いて、素っ裸の女性が二人入浴しています。「幕末明治期に来日した欧米人たちが、半分外のような場所で女性たちが入浴していることに驚愕した」という話は聞いたことがあったのですが、実際視覚で見たことがなかったので想像上の光景でした。それを、当時のリアルをそのまま描いた絵の中に見ることができたのです。そしてこの場面は、想像をはるかに超えてあけっぴろげでした(笑)。どんだけ安全な理想郷なの~?!

日本のお風呂事情について、当時の海外の反応はこんな感じでした。

つあおセレクト

加藤英華『菊の畑』 水彩・紙

ありふれたはずの農家の風景なのに、花がすごく美しい。これも、日本を理想郷として描いたヴァリエーションの一つなのかもしれません。花を愛でる心は万国共通なのだろうと思います。だからこそ、花に託した日本のイメージは、欧米の人々にも麗しき国の姿として伝わったのではないかとも思うのです。

つあおのラクガキ

浮世離れマスターズは、Gyoemon(つあおの雅号)が作品からインスピレーションを得たラクガキを載せることで、さらなる浮世離れを図っております。

Gyoemon『必殺新聞配達人』

新聞配達人は仮の姿。日々新聞記事を読みながら世相を眺めて悪を斬る正義の味方、必殺新聞配達人の登場です。おっと、明治9(1876)年に帯刀禁止令が出されて、その後の一般人は刀を持つことが禁止されていたのを忘れていました。心の刀で心の中の悪を斬る。そんな配達人がいてもいいかもしれませんね。

展覧会基本情報

展覧会名:孤高の高野光正コレクションが語る ただいま やさしき明治
会期:2022年5月21日〜7月10日
   前期:5月21日〜6月12日
   後期:6月15日〜7月10日
   *一部作品の展示替えがあります。
会場:府中市美術館(東京・府中市)
公式ウェブサイト:https://www.city.fuchu.tokyo.jp/art/tenrankai/kikakuten/2022_tadaima_yasashiki_meiji.html
展覧会解説動画:https://www.youtube.com/watch?v=cUtXdnuP88k

書いた人

つあお(小川敦生)は新聞・雑誌の美術記者出身の多摩美大教員。ラクガキストを名乗り脱力系に邁進中。まいこ(菊池麻衣子)はアーティストを応援するパトロンプロジェクト主宰者兼ライター。イギリス留学で修行。和顔ながら中身はラテン。酒ラブ。二人のゆるふわトークで浮世離れの世界に読者をいざなおうと目論む。

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平成元年生まれ。コピーライターとして10年勤めるも、ひょんなことからイスラエル在住に。好物の茗荷と長ネギが食べられずに悶絶する日々を送っています。好きなものは妖怪と盆踊りと飲酒。