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2022.08.29

「どうだ明るくなったろう」元ネタとは?教科書にも載る風刺画はいつ誰が描いた?

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暗闇で「暗くてお靴が分からないわ」と履き物を探す女性に第一次世界大戦後に造船業で成功した恰幅の良い実業家(船成金)が火をつけた百円札をかざし「どうだ明るくなったろう」というセリフの描かれたインパクト絶大な風刺画。歴史の教科書で見たことがある!という人も多いのでは?この風刺画を書いたのが和田邦坊(わだくにぼう)なのです。この作品は発表して90年以上もたちますが今でも様々なメディアで取り上げられ、令和になった今でもSNSでバズったりもしているのです。邦坊とはいったいどんな人だったのでしょうか?

和田邦坊「成金栄華時代」※全ての作品画像提供:灸まん美術館和田邦坊画業館
学生時代、お札が100円なのにも驚きました!

小説家、商業プロデューサー、画家とマルチな活躍

和田邦坊は香川県出身(1899~1992年)で時事漫画家、小説家、商業プロデューサー、讃岐民芸館館長、デザイナー、画家として活躍しました。

和田邦坊

1929年(昭和4年)に東京日日新聞社(現・毎日新聞)に入社し、記者、風刺漫画家として活動しました。前述の有名な「成金栄華時代」は第一次世界大戦後に造船業で成功した船成金を風刺したものですが、実際に船成金が登場した時代ではなく昭和3年に刊行した「現代漫画大観」のために書き下ろした扉絵だそうです。
邦坊の作品を1000点以上のコレクションしている香川県善通寺市の「灸まん美術館 和田邦坊画業館」を訪れました。迎えてくれたのは邦坊について研究し、書籍も執筆している学芸員の西谷美紀さんです。風刺画のイメージが強い邦坊ですが、戦前前後は人気小説家として活躍し、代表作「ウチの女房にゃ髭がある」は映画化されるほど大人気となりました。

「ウチの女房にゃ髭がある」(昭和11年:新陽社)は映画化もされ、同名の主題歌の歌詞「パピプペ パピプペ パピプペポ」のフレーズも大ヒット
これまたインパクト大!

しかし多忙を極めたあまり過労と戦況悪化のため地元香川県琴平町に帰郷することを決意。
地元に戻ってきた邦坊は農事講習所の講師として教鞭を取っていましたが、デザイン知事の異名を持つ当時の香川県知事・金子正則の招聘を受け栗林公園内の商工奨励館の嘱託職員となり、1965年に完成した讃岐民芸館の初代館長になります。
1958年に完成し、現在はアート県香川の聖地として訪れるひとも多い香川県庁にも邦坊の作品を見ることができます。県庁内のホールのデザインを手がけた剣持勇から依頼された5枚1組の壮大な大作には県内の白砂青松の景勝地、津田の松原(さぬき市)が荒々しく力強い太い筆で描かれています。邦坊はこの大作を栗林公園の北館で描きました。

「讃岐の松」は縦223㎝、横875㎝の大作。県庁舎完成当時は知事特別応接室に設えられており、風格ある佇まいで来客を迎えていました

「観光県香川だけに都会の人が見ても“いいなあ”と感心するものでなくてはいかん」

地元物産品のデザインを多数手がけ、県内企業のデザイン指導や商業デザイナーとしても活躍することになります。現在も使われている長寿手帳や昭和50年代に発行されていた母子手帳も邦坊のデザインです。
昭和20年代から50年代にかけて手がけた物産品のデザインは今も変わらず使用されているものも多く、香川県民であれば邦坊の名を知らなくても見たり、食べたりしながら慣れ親しんだものばかりです。筆者も同美術館を訪れて「え?これも邦坊さんのデザインだったの…」と思う作品がズラリ。特に銘菓の箱や包装紙は祖母宅で小物入れになっていたり、本のカバーとして再利用されていたりしたことを懐かしく思い出しました。邦坊のデザインは今も昔も香川の人たちの生活の風景にしっかりと根付いているのです。

来県する都会の人たちが持ち帰ることで香川の宣伝になるようなインパクトのあるデザイン。どれも民芸調で素敵です

県内の物産品デザインは香川らしさを追求しているのが邦坊の特徴。香川を離れ東京で暮らしていた経験から見えてきた“香川らしさ”が凝縮されています。邦坊は「観光県香川だけに都会の人が見ても“いいなあ”と感心するものでなくてはいかん」と力説したといいます。香川の観光地や名勝地、伝説や祭りなど香川の文化をデザインにおとしこんだ包装紙などのパッケージデザインだけでなくなく、商品名やキャッチコピーにも讃岐の方言である「ざいご(田舎)」「ひょうげ(おどける)」などを取り入れることで県外の人に香川県らしさを強く印象づけるデザインばかりです。

「おもっしょいな(讃岐弁で面白い、可能性がある、興味が持てる)」が口癖だった金子知事は邦坊に県の発行物の表紙デザインなど数多く依頼しています。こういったことから「香川のデザインは邦坊のデザイン」と呼ばれるようになりました。
県庁の障壁画を見た版画家の棟方志功は「香川県庁大広小間の和田邦坊画伯の大画業は今世の絶大に数えられるべきものと感嘆なまないことです」と絶賛。また彫刻家のイサム・ノグチも「邦坊さんの絵それは日本の神様が遊んでいる形です」と表現するなど、世界を代表するアーティスト達からも高い評価を得ました。

香川を代表するお土産を作ろうという企画で昭和40年代に邦坊がデザインした全10体の「おとぼけ人形」。ストレス社会を生きる現代人に向け「もっとぼけて生きていこう」というメッセージも込められています。2022年に復活して販売される予定もあるそうです
デスクの横に置いておきた~い!

アート県香川の土壌を作ったアーティストのひとり

「灸まん美術館 和田邦坊画業館」には膨大なコレクションの中から企画展のテーマによって厳選された貴重な作品を間近に見ることができます。10月2日までは和田邦坊商業館コレクション展Vol.5として「味な世の中 和田邦坊の眼差し」が開催中。時代の時々で邦坊が見て感じ、生み出した作品が様々なエピソードや写真を交えて展示されるほか、修理を経て初公開される作品もあるそうです。同美術館には邦坊のファンはもちろん、デザイナーやデザインの道を志す若い世代も数多く訪れ「こんな発想はなかった」「令和の時代に見ても新鮮」と刺激を受けているそうです。

瀬戸内国際芸術祭がすっかり定着し、「アート県香川」として多くの人が訪れる香川県ですが、何十年も前から金子知事はじめ邦坊など多くのアーティストたちの活動が土壌となり現代に花開いたものではないでしょうか。
ぜひ香川県を訪れた際には美術館で邦坊の世界に触れてみてはいかがでしょうか?

灸まん美術館

〒765-0052
香川県善通寺市大麻町338
電話:0877-75-3000
開館時間:9:00-17:00(入館は16:30まで)
休館日:火・水曜
入館料:一般(500円)、65歳以上、身体障害者手帳をお持ちの方、小中高大生は無料
HP:灸まん美術館公式HP
Instagram:灸まん美術館公式Instagram