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2019.07.30

現代の東京につながる八朔と江戸気分高まる夏の隅田川【葉月候】

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江戸ごよみ、東京ぶらり 葉月候

“江戸”という切り口で東京という街をめぐる『江戸ごよみ、東京ぶらり』。江戸時代から脈々と続いてきた老舗や社寺仏閣、行事や文化など、いまの暦にあわせた江戸―東京案内。江戸のころは旧暦ゆえに秋とされる時期ですが、今の8月は暑い盛りの東京です。今の東京とも深いかかわりのある節日のお話とともに、ちょっと涼しい気分になれる隅田川あたりの東京ぶらりをご案内いたします。

冒頭は『江戸自慢三十六興』部分掲載(本記事内に同作品掲載)/国立国会図書館デジタルコレクション

今の東京へつながる、“八朔”って?

天正18(1590)年8月1日は、豊臣秀吉に国替えを命じられた徳川家康が初めて江戸入りした日です。のちに江戸幕府では、この八月朔日(ついたち)、「八朔(はっさく)」を、毎年祝うようになります。
江戸の年中行事を記した天保9(1838)年刊『東都歳事記』には、

「八朔御祝儀(五ツ時、白帷子で御礼あり)。貴賤、佳節を祝す。…中略… 公の佳節よりわけて祝はせらるるとぞ聞こえし。」

とあり、この日は白帷子(しろかたびら)に長袴を身につけた御三家に諸大名、旗本たちが午前7時~8時ごろには江戸城へ。将軍に賀詞と太刀馬代(たちうまだい)の献上を行いました。もともとは太刀や馬を贈っていましたが、それに見合う祝金を太刀馬代としたのです。この日は江戸中がお祝いムードになり、五穀豊穣や無病息災を願う五節供よりも八朔を大事な行事として祝っていたことがうかがいしれます。

また『東都歳事記』には

「今日吉原遊女一般(いちよう)に、白こそでを着して仲の町へ出づる」

とあり、幕府公認の遊郭「吉原」でも八朔を祝ったことがわかります。この日の遊女は、花嫁姿のような白無垢(しろむく)を着て、客の待つ茶屋へとそぞろ歩いたとか。初秋(旧暦8月1日は今の8月下旬となり秋の気配も)に白無垢姿の遊女たちを「里の雪」「秋の雪」と粋な名で呼んだそうです。

八朔で賑わう吉原(歌川国貞「江戸新吉原八朔白無垢の図(えどしんよしわらはっさくしろむくのず)」/東京都立中央図書館特別文庫室所蔵)

もともと八朔は、江戸以前から行われてきた「たのみ」の行事です。「田実(たのみ)」の字をあてて稲が実る直前に豊作を祈願する農の習わしとして、また「頼み」として家臣が主人など上位者にものを贈る慣習が一緒になり、八月朔日の「八朔」となったと言われています。今でも8月1日には、京都の花街で芸妓や舞妓がお茶屋の女将さんへと挨拶まわりをする「頼み」の風習が残っています。現在の東京へとつながる八朔とはいえ、所縁や行事を知る人は少ないのではないでしょうか。家康が江戸入りが今の東京へ、東京に暮らすならば八朔は覚えておいてもいいのかもしれません。

江戸っ子をまねて、隅田川で涼を楽しむ

世界に先駆けて百万都市となった大江戸。そんな町で、ギュッと密集するように暮らしていた長屋暮らしの町人の夏は、さぞや暑かったことでしょう。だからこそ、旧暦5月28日の川開きから8月28日の川終いの日まで、隅田川の両国橋界隈には多くの川船が出て、夕涼みに訪れるひとたちで賑わいました。裕福な旦那衆などは船で打ちあがる花火を見ながら料理や酒を、庶民たちは広小路の屋台をめぐり橋上で花火や川景を楽しみました。

江戸市民は旧暦8月28日の川終いまで川遊びを楽しんだ。(『江戸自慢三十六興』国立国会図書館デジタルコレクション)

そんな江戸っ子気分で川遊びを味わえるのが、東京湾クルージング手掛ける「日本橋クルーズ」です。日本橋川の船着き場から出航して隅田川などをめぐります。徳川家康が市中に物資を運ぶための水路だった日本橋川は狭くて浅いため、隅田川のように大きな客船は入りません。でも小船だからこそ名橋・日本橋を間近にのぞめたり(関東大震災の傷跡なども)、亀島川などの狭い水路を通ったりと、臨場感あふれる川遊びが体験ができます。

川から見上げる日本橋やビジネス街、思いがけない視点で町を楽しめる/写真提供:東京湾クルージング

そして小船だからこそ一番感じられるのが隅田川の大きさ。日本橋川から隅田川に出た途端、広々とした川景がどーんと広がり、水上での感覚がまるで変わります。江戸のころに、隅田川を大川と呼んでいたのかが腑に落ちるはず。短時間で巡るコースから隅田川の夕景を楽しめるコースまで、さまざまなコースがあるので夏の夕涼みにはぴったりです。

海に沈む夕日や橋のライトアップなども楽しめるサンセットクルーズも。8月は8回開催予定。/写真提供:東京湾クルージング

歌姫が愛した柳橋の邸宅カフェで涼一服

暑さが落ち着く夕暮れに川沿いを散歩するのはいいものです。浅草の吾妻橋から蔵前や柳橋あたりまで、川風を感じながら隅田川テラスをぶらり。水辺を歩いているだけで涼を感じるのは今も昔も変わりません。歩き疲れたら、幕末から明治にかけて料亭が軒を連ねた花街・柳橋のカフェでひとやすみを。

戦後すぐに建てられた風情のあるギャラリー&カフェ「ルーサイトギャラリー」。

柳橋には、昔日の記憶が残る一軒家のギャラリー&カフェがあります。浅草芸者から歌姫として活躍した市丸姐さんが愛した邸宅を店にした「ルーサイトギャラリー」です。船底天井や塗り刺し窓など、心が落ち着く和の設え。練達の職人仕事がいたるところに施された日本家屋は、物件ファンでなくても見ておきたいところ。隅田川沿いに向けて開かれた二階席からは、屋形船が行き交う川景とともにお茶やお酒が楽しめます。隅田川逍遥の締めには、大川をみながら涼一服。

夏はバー営業が中心となる「ルーサイトギャラリー」。テラスでの一杯は控えめに言っても最高。

川を越えて深川、亀戸と江戸の祭りへ

隅田川を越えた先には、江戸らしい夏の祭りが待っています。寛永4年に創建され、深川の八幡様として親しまれた富岡八幡宮では、8月11日(日)から15日(木)まで、「例祭」があります。勇壮な神輿で知られる本祭り(3年に一度開催)は2020年になりますが、今年も町会の神輿が出て祭りを盛り上げるとか。

春の藤で有名な亀戸天神社(かめいどてんじんしゃ)は、下町の天神様と呼ばれ、江戸市民から愛されてきました。九州太宰府天満宮の神官・菅原大鳥居信祐公(道真公の末裔・亀戸天神社初代別当)が亀戸の地に天神像を祀ったことが神社のはじまりです。亀戸天神社では、8月24日(土)、25日(日)に「例大祭・献灯明」が行われています。

亀戸の夏の風物詩、亀戸天神社の「献灯明」。幻想的な雰囲気に境内が包まれる。/写真提供:亀戸天神社

江戸・天保時代に出版された『江戸名所図会』には、亀戸天満宮祭礼に江戸市民が詰めかける様子が描かれています。今では4年一度、平安時代絵巻のような御鳳輦渡御祭 (ごほうれんとぎょさい*次回は2022年)が行われ、神輿や曳太鼓(ひきだいこ)が町内を練りながら巡行、華やかな祭りが繰り広げられています。今年は残念ながら神社の神輿は出ないそうですが、毎年行われている「薪能(たきぎのう)」や千個以上の灯りが境内にともされる「献灯明」などを楽しみたいですね。夏の終わりにふさわしい下町の祭りです。

亀戸天神社の例大祭で行われる「薪能」は、子供から大人まで人気。/写真提供:亀戸天神社

おまけの二十四節気、8月は立秋と処暑

「江戸こよみ東京ぶらり」というお話ゆえに、江戸市民の暮らしに寄り添っていた暦「二十四節気(にじゅうしせっき)」についてもご案内を。ちなみに二十四節気とは、太陽の動きにもとづき一年を二十四の季節にわけたものです。おおよそ15日間となり、それぞれに季節の特徴を表す名前がついています。太陽の動きに合わせるために、毎年同じ日ではなく、数年に一度ずれが生じます。2019年の葉月こと、8月の二十四節気は8月8日の「立秋(りっしゅう)」と8月23日の「処暑(しょしょ)」です。

8日の「立秋」は、初めて秋の気配を感じるころ。立秋から立冬の前日までが暦のうえでは秋です。立秋からは、どれだけ暑くても“暑中見舞い”ではなく“残暑見舞い”となります。23日の「処暑」は、暑さが落ち着いてくるころ。大体、お盆過ぎには夜は涼しくなって秋の気配が感じられたりしますよね。

とはいえ最近は酷暑が長引く傾向に、夏負けせぬよう楽しい8月をお過ごしください。

江戸的に楽しむ、8月の東京案内

掲載情報

東京湾クルージング
電話:03-5679-7311
営業時間:10:00から17:00
http://ss3.jp/nihonbashi-cruise/
*日本橋川から隅田川クルーズへの
問い合わせや予約は電話やウエブで確認を。

ルーサイトギャラリー
住所:東京都台東区柳橋1-28-8
電話:03-5833-0936
営業時間:カフェ11:00から18:00、バー18:00~24:00
定休日:カフェは不定休、バーは日曜・祝日
(*夏季休暇があるため営業日はウエブや電話で確認を)
http://lucite-gallery.com/

富岡八幡
住所:東京都江東区富岡 1-20-3
http://www.tomiokahachimangu.or.jp/
例祭は8月11日(日)~15日(木)

亀戸天神社
住所:東京都江東区亀戸3丁目6番1号
http://kameidotenjin.or.jp/
例大祭・献灯明は8月24日(土)・25日(日)

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書いた人

和樂江戸部部長(部員数ゼロ?)。江戸な老舗と道具で現代とつなぐ「江戸な日用品」(平凡社)を出版したことがきっかけとなり、老舗や職人、東京の手仕事や道具や菓子などを追求中。相撲、寄席、和菓子、酒場がご贔屓。茶道初心者。著書の台湾版が出たため台湾に留学をしたものの、中国語で江戸愛を語るにはまだ遠い。