Culture
2022.11.12

SFと日本美術を結び付ける!?作家・菅浩江さんに聞く、科学の力の希望

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SF(Science Fiction)と聞いて、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。恐らく宇宙開発や最先端の技術、もしくはエイリアンなどといった、科学的な空想の広がる未知の世界を想像されるのではないかと思います。
未来をテーマにする傾向があるSFは、古典的な要素が含まれる日本美術とは隔たりがあるようにも思えますが、SF作家の菅浩江(すがひろえ)さんは、日本舞踊(日舞)の名取(なとり)で日本美術に造詣が深く、芸術全般への知識が反映された作品を執筆なさっています。今回は、そんな菅さんに、創作におけるSFと芸術の有機的な関係性などをお伺いしました。

♦︎菅浩江…小説家。1963年京都府生まれ。高校在学中、『SF宝石』誌に短篇「ブルー・フライト」を発表して作家デビュー。1992年『メルサスの少年』で第23回星雲賞日本長編部門受賞、2001年 『永遠の森 博物館惑星』で第54回日本推理作家協会賞長編および連作短編集部門・第32回星雲賞日本長編部門受賞、『歓喜の歌 博物館惑星』で日本SF大賞など多くの著作で受賞している。

菅浩江さんプロフィール 菅原道真の子孫で、日舞の名取

――菅さんは、菅原道真のご子孫だとお伺いしまして驚きました。

菅:ええ、遡ると野見宿禰(のみのすくね)※から始まるのですが、家系図の中に、菅原道真や『更級日記』の作者である菅原孝標女の父、菅原孝標などの名前が見受けられます。「菅」という苗字は、かつて五条家から浅井浅倉の合戦に参加した時に負けて京都に戻ってきた祖先が、元の名前を名乗るのを控えて菅の一文字にした、という経緯があるようです。
うちはいまだに菅原氏五条家との親戚付き合いがあります。五条さんは五摂家のひとつである二条家とも婚姻関係を結んでおられるので、家系の話は恐らく本当だと思います。

※野見宿禰(のみのすくね)……『続日本紀』などによると、天穂日命の十四世孫とされる。一族の中で姓を菅原に改めた氏から公家の五条家が出た。五条家は野見宿禰の子孫であることから相撲司家となる。

――それは由緒ある家系ですね。

菅:歴史深い家ではあるのですが、明治期の農地改革の時にうまく立ち回れなかったこともあり、土地を取られてしまって屋敷しか残らなかったのです。最終的にはそれも売り払い、私は借家を転々する生活を送りました。

――先生は日舞の名取※を取られていると伺いました。

※名取……日本舞踊界が採用している「家元制度」におけるライセンス資格のようなもので、名取になると流派の名前を名乗ることができる。

菅:私は京都で生まれ育ったのですが、母が京都らしい習い事をさせたかったようで、幼稚園時代から日舞を習っていました。ただ、家計の事情もありますので、舞台に出ないようにしたり、お金のかかる衣装を着る姫君ではなく、町娘などを演じていました。
日舞は中学校で名取になった後に一回中断していたのですが、その後、小説家としてデビューした後の二十歳くらいの時に、小説家の高千穂遙さん※に「菅ちゃんを励ます会をやるから、踊りなさい」と言われたのです。

※高千穂遙……小説家(SF作家)、脚本家、漫画原作者。代表作に『クラッシャージョウ』シリーズや『ダーティペア』シリーズなどがある。格闘技・プロレスにも詳しく、代表作の『ダーティペア』のネーミングは人気女子プロレスラーのビューティ・ペアに由来する。

――SF作家は、作家同士で交流が生まれやすいと聞きますが、すごい依頼ですね。高千穂遥さんに言われたら、確かに断れない気もします。

菅:ええ。そんなわけで、前に習っていた踊りの先生のところで日舞を再開しました。子供の頃は唄の意味などは分からずにやっていたのですが、大人になると古文を習っていますし、意味が理解できるようになります。それで、日舞は踊りというよりは演技なんだと分かって、男舞なども面白くなりましたね、その後、十五年間くらいは踊り一色の日々だったので、小説の原稿料が日舞に消えてしまいましたが、いい経験だったと思います。

菅さん近影。京都の川床で、 紗袷(しゃあわせ・薄手の着物2枚を重ね合わせ、1枚の長着に仕立てたもの)の着物が粋。日舞を習っていると、着物を見る目が養われそうですね。

日本美術との関わり 伝統文化に囲まれた環境

――菅さんの書かれた小説などを読んでいても、日本美術に詳しいことが伝わってくるのですが、その知識は日舞に由来するのでしょうか。

菅:日舞から得たものは大きいですね。習っていると、着物に触れる機会が増えます。私は結城紬と大島紬を持っているのですが、結城の品質は亀甲の数、大島ではマルキという単位を使います。反物の幅にどれくらいの絣糸の本数 が入るか、という単位なのですが、細かいほど上等なものになります。ただ、こうしたものの良さは実際に見ないと分からないので、呉服屋さんに足を運んで自分の目で見ることが重要だと思っています。
また、父が京都の物産関係の百貨店催事を取りまとめる組織に身を置いておりましたので、私は幼少時から、京都の名だたる伝統文化の粋を見ることができる催事に行っていました。その経験も大きいと思います。
他には、昔、母が能面のレプリカ制作の仕事をしておりまして、時代劇「桃太郎侍」で高橋英樹さんが被っていた般若の面などをつくっていました。私の小説『鬼女の都』のハードカバー版は京極夏彦さんに装丁していただき、表紙が泥眼※、裏面が般若の面の写真が使われているのですが、どちらも母がつくったものです。能面は後に京極さんにお贈りしたのですが、ご自宅に飾っていただいているようですね。

※泥眼……嫉妬を抑えようとする表情を、目と歯に金泥(きんでい)を入れて示す能面。「葵上(あおいのうえ)」「海人(あま)」「砧(きぬた)」などの演目で使われる。

『能面 泥眼』「越智作/満昆(花押)」金字銘 室町~安土桃山時代・16世紀 木造、彩色 東京国立博物館蔵 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)
※こちらは室町~安土桃山時代の泥眼の能面。これから般若に代わる予感を漂わせています。

――お育ちの環境から、日本美術の造詣が深い理由が分かる気がしました。

菅:私は着物や能面はもちろん、金物も蒔絵も、織物も筆なども好きです。そんな中、日本独自で美しいものの陰には、牡蠣などの貝殻を粉砕した胡粉(ごふん)や、主に鉱石を砕いてつくられる岩絵具があると思っています。例えば織物などは、材質に胡粉や岩絵具を使っているわけではないのですが、色味に胡粉の真珠かかった白や、岩絵具の瑠璃色などを見て取ることができます。私の色彩感覚は、胡粉や岩絵具に影響されていますね。

――具体的にお好きな作品などがありましたら、教えていただけますか。

菅:幼い頃に東山魁夷(ひがしやまかいい)の画を拝見しまして、森林の緑や湖面の青に魅了されました。日本画でありながらファンタジーの要素があるところが好きです。
後は江戸時代の画家である菱川師宣(ひしかわもろのぶ)の『見返り美人』なども好きですね。『見返り美人』の体の使い方は、日本舞踊的に見ると、重心がどこにかかっているか分かる、日本女性の科(しな)なのです。あのなよっとした感じが、素晴らしいなと思いますね。
後は同じ江戸時代の画家、円山応挙(まるやまおうきょ)の幽霊画や、明治から昭和にかけて活躍した日本画家の上村松園(うえむらしょうえん)の『焔(ほのお)』なども、人間の本性が出ているようで惹かれます。

菱川師宣筆 『見返り美人図』(部分) 江戸時代・17世紀 絹本着色 東京国立博物館蔵 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)
※刺繍と金銀の箔で着物を飾る縫箔師(ぬいはくし)だった菱川師宣は、流行の髪型で粋な振袖を身に纏う女性を描きました。

上村松園筆 『焔』 大正7年(1918)  絹本着色 東京国立博物館蔵 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)
※源氏物語に登場する、嫉妬に狂う六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)の生霊がモチーフになっています。

――挙げていただいた絵は、幽霊になることで人間の本性が出ているようで、面白いですね。

菅:ええ。滑稽なものでは、北斎漫画や鳥獣戯画も好きですね。おどけた感じを描けるのはいいなと思います。後は最近メジャーになってしまいましたが、伊藤若冲の病的なまでの細かさには見入ってしまいます。画面全体に升目をつくり、その中を一つ一つ塗る「升目(ますめ)描き」で描いた作品なども、よくああした手法が思いつくな、という観点で興味深いですね。

『鳥獣戯画断簡』 平安時代・12世紀 紙本墨画 東京国立博物館蔵 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)
※国宝鳥獣戯画は甲・乙・丙・丁の4つの巻で構成されており、この作品は絵巻から切り離された断簡で、掛軸として仕立てられたもの。

他者の書けない小説を書き、技術の力で昔の人の思いを甦らせたい

――菅先生は、日本美術などを小説に投影なさっていますね。

菅:「お夏 清十郎」(早川書房/『雨の檻』に収録)や「賎(しず)の小田巻」早川書房/『五人姉妹』に収録)などは日舞の話ですし、『博物館惑星 永遠の森』の「夏衣(なつぎぬ)の雪」には、着物と篠笛(しのぶえ)※が登場します。

※篠笛……日本の伝統的な木管楽器の一つ。細めの竹「篠竹」に、息を吹きこむ穴と指穴をあけたシンプルな構造の横笛である。なお、『博物館惑星 永遠の森』の「夏衣の雪」には、篠笛のほか、能や歌舞伎や祇園囃などで使われる笛である能管(のうかん)も登場する。

――お好きなものは日舞や着物など、古典的なものが多く見受けられますが、SFという最先端のものを扱うジャンルで書かれていますよね。その取り合わせが面白いと思います。

菅:私は、SFというジャンルの中で、他の作家さんには書けないものを書いていこうと思っております。新しいものを希求するSF作家ながら、古いものも知っているという取り合わせの妙は、今後も続けていきたいですね。
『博物館惑星』シリーズを書き始めたのは、科学の力で古い芸術作品を修復・修理することができるようになった時代でした。過去を反映した芸術作品は、その時代のタイムカプセルです。芸術は誰かがつくったものですから、後の世に科学の力でいろいろなことが判明するのは希望だと思っています。私は小説の中で、技術の力で昔の人の思いを甦らせたいのです。

――過去の謎を未来の力で明らかにするのは魅力的ですね。現代アートに関しては、ご興味はありますか。

菅:現代アートについても、理解を深めた上で昔の作品と比較・敷衍してみたいとも思うのですが、今のところ、現代アートのことはあまり分かりません。その「分からない」という思いを書いたのが『博物館惑星Ⅱ 不見(みず)の月』の「白鳥広場にて」になります。

――新しい技術ですと、CGやメタバースなども考えられますね。

菅:現代のテクノロジーを使えば、失われた都市や失われた色をCGで再現することも可能です。ただ私は、「できるからやってみた」ということの先にある、謎や不思議を解明するところまで辿り着きたいです。
今は人間がテクノロジーに振り回されている状態だと思いますので、コンピューター側が可能なことを明確にして、人間がコンピューターとやれることを増やしていくのが理想です。例えばコンピューターと一緒にシミュレーションや討論をして工芸品をつくるなど、手作業の延長として使うこともできたらいいですね。私は新しいものを開発することも、古いものを見直すことも両方重要だと考えていますし、科学と芸術の幸せな関係は新しく構築できると思っています。

菅さんのアバター。「新しいものを開発することも重要」とおっしゃる菅さんは、こういったアバターなども積極的に使っていらっしゃいます。

【Twitter】菅 浩江 SF作家 @Hiroe_Suga
放送プラットフォーム「シラス」の創作講座 http://shirasu.io/c/SugaNeko

書いた人

哲学科出身の美術・ITライター兼エンジニア。大島渚やデヴィッド・リンチ、埴谷雄高や飛浩隆、サミュエル・R.ディレイニーなどを愛好。アートは日本画や茶道の他、現代アートや写真、建築などが好き。好きなものに傾向がなくてもいいよねと思う今日この頃、休日は古書店か図書館か美術館か映画館にいます。