Culture
2020.02.06

気温と経済の関係とは?衣料品・清涼飲料水と気温マーケティング戦略のコツを徹底解説

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東京都では気温が22℃を大きく下回ると自動販売機のホット飲料が売れ始める――。自販機における清涼飲料の販売数と気温にはそんな強い関係があるのだとか。

気象情報をさまざまな産業分野で有効活用する気象庁の「気候リスク管理」という取り組みで明らかにされたデータの一つです。この仕組みをうまく使えば、販売機会ロスの削減につなげることができます。データを得るための実験や分析は気象庁と全国清涼飲料連合会が協力して行われました。二つの大きな組織が大型コンピュータなどの最新ITを駆使した成果でしょう。

しかし、今から30年以上も前、まだITという言葉のなかった時代に商品と気象との関係をたった一人で研究し、ビジネスに生かしていたアパレルメーカーの社長がいます。岐阜メンズカジュアルウェア協同組合(現岐阜メンズファッション工業組合)という業界団体の理事長も務めた南稔さん(故人)です。

アパレル業界の専門紙記者をしていたころ、南さんから伺い、書き留めた膨大なメモの中身は現在でも十分に通用します。そこで、業界人はもちろん、一般の人にも役立つヒントを架空対談に託してまとめてみました。

気象、天気、天候、気候はどう違う?

――この間、探し物をしていたら、南さんを取材した時の古いノートが出てきました。当時から気象について非常に熱く語っていらっしゃいますが、そもそも、なんで気象に興味を持たれたのですか。

南:飛行機を操縦したかったんです。で、航空気象学を学ぶことになった。それが始まり。担当教官の最初の授業は今でも覚えていますよ。彼によると「地球を包んでいる空気を大気という。大気の物理的現象を気象という。気象の結合を天気、数日間の天気の傾向を天候、ある地方の長年の天気の総合的な傾向をその地方の気候という」。

――恥ずかしながら、そこまで厳密に使い分けてなかったような気がします。

南:観天望気という言葉もあります。局地的な予知方法ですね。例えば「夕焼けは晴れの兆(きざ)し、朝焼けは雨の兆しなり」というでしょ。これは洋の東西を問わず、紀元前から知られているんですね。要するに、天気は西から東に移るので、西の現象を見て晴れの前兆と判断する。朝焼けは大気中に水蒸気が多く入っているから雨と予知したわけです。

――地球温暖化という言葉に代表されるように、記録的とか有史以来と言われる異常気象が近年、世界中で起きていますね。

南:なんで、これほど気象の異変が頻発するのか、はっきりした原因は分かりません。ただ、さまざまな説が出ている中で、大気の大きな流れである偏西風が見せる波動が異常気象と関連が深いというのは事実のようです。偏西風は中緯度地方の上空を、地球を取り巻くように西から東に流れています。秋空にイワシ雲が表れるのは、偏西風がここまで来たというしるしです。

――イワシ雲は偏西風が運んでくるんですか。

南:はい。しかし、偏西風が蛇行すると中緯度地方では南下する寒気と北上する暖気が入り乱れる。その結果、寒冷な渦の居座った所は豪雪や冷夏に見舞われます。逆に暖気のもとでは酷暑や干ばつが起こります。

――ほほう。それでそれで。

南:それ以上に地球全体の気候に影響を及ぼしているのは太陽活動の変化。具体的には太陽の表面に現れる「黒点」の数です。黒点活動は一種の爆発で、11年周期で変わると言われているんです。さまざまな研究から、黒点数の減少と気温の低下は深く関わっていることが分かっています。

操縦桿を裁ちばさみに持ち替えたドン・キホーテ

――操縦士を目指して気象学を学んだ南さんはその知識や経験をアパレルの世界で生かされた。

南:飛行機乗りの夢は終戦で諦めざるを得なかった。しかし、この業界に入ってみると、あまりにも衣料品と気候との関わりが多いので、もう一度やり直したんです。研究を始めてざっと20年になるんですが、素人の余技としてはかなりの線まで来たのではないかと自負しています。

――とはいえ、研究を始められたころはほとんど手探りですよね。

南:衣料品と気候に密接な関係があると思ったころは日本気象協会や民間の気象情報会社なんかなかったですからね。ようやくテレビでカラーの天気図が出始めたくらい。それも、今のように精密で分かりやすいものではなかった。なにしろ、気象業務法という法律があって、天気予報の発表は気象庁しかできなかった。それをNHKや民放、新聞が報道していた時代です。そこで、私なりにビッグサイエンスに挑もうと思った。

――ドン・キホーテですね。

南:孤立無援という意味ではね。取っ掛かりとしてまず、情報の収集と記録を始めました。新聞に出る台風の仕組み、梅雨の状況、初雪や初冠雪の一歩など、ニュースに流れるものをスクラップして記録しました。もちろん、パソコンなんかない時代です。当時は今ほど気象関係の本が出版されていなかったので、情報をコツコツと集め、書くことしかなかった。しかし、それが気象を理解するのに大いに役立ちました。

――体で覚える。まるで受験勉強。

南:例えば、梅雨が北上して明けた時は一般的に太平洋高気圧が強い。その高気圧の強弱が夏を支配します。あるいは、6月10日ごろに小笠原方面が梅雨明けすると本州の梅雨は短くなる傾向がある。7、8の2カ月間の平均気温が名古屋で24.7℃だと、その年の冬は寒さが厳しい。また、8月猛暑の時は10月が低温になる率が高い。

こういう、予知の目安になるものは数多いんですが、3カ月予報や暖・寒候期予報を参考にしながら素人予報を記録して、秘かに的中率を書くのも面白かったですね。

――最近はネットワークを通じて集めたデータを生産、販売に活用する企業が業界を問わず、増えています。

南:私が現役時代は温度差を意識したマーケティングやマーチャンダイジング(MD=商品政策)がようやく必要だと言われ始めたころです。実際、百貨店では衣料気象のベテランの活躍が目につきました。そういう人たちは主任、係長時代に毎日、朝刊に出る気温や夕刊に出る世界の気象を大学ノートに根気よく張っていました。その上で、気候の状況や気温の波動を把握し、それに対応した品ぞろえで抜群の売り上げを誇っていました。こうして他社と仕入れの腕を競う。「好きこそ物の上手なれ」です。

夏物衣料は25℃を超えると売れ始める

――南さんの研究は、過去の膨大なデータから類推して未来予測をするといった手法によるものですか。

南:言うまでもなく、気象の研究は机上で簡単に実験できないビッグサイエンスです。気象庁には開設以来のデータが保管されていて、観測したデータが過去の〇〇年と類似しているからこうなるであろうと予報官が協議して予報を出しています。いわば後追い産業です。私も過去の事象を整理して類似年を想定し、公的情報を参考にして過去の状況とその時の市場対応を抽出して今後の対策を予測しています。従って、整理と記録こそが情報戦の基本であると思います。

――変化するからこそ、気象とアパレルとの関わりがビジネスを左右することもあるわけですね。

南:例えば、暖春の時、メンズのヤング向けは2月下旬から、寒春の時は3月中旬から本格的に動き出し、はおる感じの物に集中してきます。シニアからアダルトは4月中旬から動く。ヤング市場は気温に関係なく4月中旬に長袖と半袖の交差期に入り、急速に半袖に移行して6月下旬の売り上げピークを目指します。

気温はこの時期から上昇します。人が快適(暑い)と感ずる温度は5月が19℃(25℃)、6月が21℃(25℃)、7月は24℃(29℃)、8月は22℃(29℃)、9月は19℃(29℃)、10月は17℃(23℃)とされています。

――まさしく、気温マーケティングですね。
南:夏物商品の売れる境目は25℃ですが、20℃になると半袖ポロ、Tシャツ、綿の半袖シャツが売れます。婦人服売り場では、ドレス、ブラウス類は半袖60%、長袖40%の構成にする。サマーセーター類はノースリーブ30%、半袖60%、長袖10%の割合でそろえるのが基本。

冷夏傾向の見える時は綿及び長繊維の春夏素材に秋の色をつけた長袖を10%程度そろえるほか、ドレスとジャケットの組み合わせ商品を勧めています。

人は温度26℃、湿度79%で蒸し暑いと感じる

――しかし、商品は四季の動き通りに売れてくれませんね。

南:思い通りにならんのは世の常です。女性向けでは25℃ラインを超えると水着が動き、素材もスパン、レーヨン、麻、綿に移ります。夏物商品の動向を決するのは7月の天候と言われていますが、蒸し暑いと感じる温度は26℃で湿度は79%。厳しい暑さと感じるのは32℃、56%ですね。このレベルだと発汗も一層盛んになります。

――ショーウインドウは実際の季節よりもかなり先取りしますよね。

南:その気になっていただくのが役目ですから。秋物は全般に前倒し傾向で、30℃を割るとぼつぼつ売れ始め、27℃になるとかなり動き、25℃で本格化し始めます。リーズナブルな秋冬物であれば、気候をあまり意識せずにセレクトできる。生活実感のある年代の方は秋雨が降って体感温度が20℃を割ると買い始める傾向にあります。秋雨による急冷が引き金になって本格的に動くという図式です。

――特徴的な動きを示すアイテムはありますか。

南:婦人セーターでしょうね。気温マーケティングの観点で見ると、12月15日ごろから梅春(うめはる)物として半袖20%のウエイトで展開し、2月10日ごろに半袖70%、3月末から4月上旬には半袖中心で構成します。しかし、はおる感じの長袖カーディガンもよく売れる。5月の連休後からノースリーブが出始めて50%のウエイト。6月に入るとノースリーブ中心に切り替え、8月から9月にかけて半袖を70%に増やす。9月15日ごろから長袖100%にして10~12月の最盛期に入る。もちろん、その時々の気象変化に対応するため、若干の変動はありますが。

競争社会や情報社会を生き抜く知恵になる!

――お話を伺って「お天気商売」という言葉を改めて思い浮かべました。ネガティブな意味ではなく、ビジネスに対する構え方として。

南:確かに商売と天候は切っても切り離せない関係にあります。商売人が天気に一喜一憂するのは当然です。事実、シーズン後の成果によって天候不順が話題になり、それが消費不振の大きな原因とされることもあります。しかし、もちろん、気象条件だけで季節商品の売れ行きが決まるわけではありません。大切なのは、自然の条件の中でどう商品を作り、どう販売していくのかを主体的に考えることだと思います。

――自然を味方につける?

南:日本の予報は当初、明日の天候を知ることから始まりました。その後、次第に長期予報が出されるようになってきた。その直接のきっかけは大正末期から昭和の初めに起こった冷害で長期予報の必要性が叫ばれるようになったからです。気象と経済、消費者ニーズと商品開発。さまざまな要素を応用した独自の手法こそ、競争社会や情報社会を生き抜くための大切な知恵ではないでしょうか。

書いた人

新聞記者、雑誌編集者を経て小さな編プロを営む。医療、製造業、経営分野を長く担当。『難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを愉快に、愉快なことを真面目に』(©井上ひさし)書くことを心がける。東京五輪64、大阪万博70のリアルな体験者。人生で大抵のことはしてきた。愛知県生まれ。日々是自然体。