祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり。沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の色、盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理(ことわり)をあらわす。驕(おご)れる者も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛(たけ)き者も遂には滅びぬ、ただ風の前の塵に同じ。
学生時代、『平家物語』の冒頭部分を暗唱したという人も多いのではないでしょうか。古典的な言い回しでも、リズムの良さ、文章から漂う「寂しさ」や「物悲しさ」は伝わってきますね。このなんとなく感じる「哀愁」「感傷」が、『平家物語』のテーマでもある「あはれ」です。
『平家物語』は、あはれの文学
平安末期に現れた、名門一族である「平家」。その栄華と滅びの過程を綴った軍記物語が『平家物語』です。
軍記物語とは歴史的な戦をテーマにした物語の事です。特に、源平合戦を扱った『平家物語』、保元(ほうげん)の乱を扱った『保元物語』、平治(へいじ)の乱を扱った『平治物語』、承久(じょうきゅう)の乱を扱った『承久記』。この4つの物語を「四部合戦状(しぶかっせんじょう)」と言います。
『平家物語』は四部合戦状の中でも特に「あはれ」が色濃く表現されている作品で、単純に「あはれ」という単語の出現頻度も、他の物語に比べて多いほどです。
『源氏物語』との関係
「『源氏物語』って『平家物語』の源氏版?」とか「『平家物語』って『源氏物語』の続き?」という声をたまに聞きます。
『源氏物語』は平安中期に紫式部が書いた王朝文学。『平家物語』は鎌倉中期に成立した、作者不明の軍記物語です。ジャンルが全然違います。『ベルサイユのばら』と『銀河英雄伝説』ぐらい違います。
『源氏物語』もまた「あはれ」を描いた文学です。けれど「あはれ」の意味が平安中期頃と変わってしまっているところにも注目です。
『源氏物語』では「あはれ」の中に「艶っぽさ」や「おかしみ」も含まれていました。けれど『平家物語』にはそんな要素はなく、ひたすら「悲しみ」を語っているのです。
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あの時代に生きていた人々へのレクイエム
では、『平家物語』はどんなところを「あはれ」と言っているのかというと、登場する人々の「死」についてです。平家や朝廷の関係者の最期を語り、後半に行くにつれて有名人だけでなく、無名な人々の多くの死が描かれています。
そして、その「死」を目の当たりにした人、残された人の無数の涙や嘆きが、この世の無常を浮き彫りにするのです。
無数の死を描いた後、ひとり生き残った平家の女性が出家し、平家の一族を弔ってその生涯を終えることで、物語は静かに幕を下ろします。
そういった物語であることを踏まえて、もう一度冒頭部分を読んでみると、またグッと惹きつけられるものを感じますね。