夏といえば、怪談に肝試し。日本ならではの怖い幽霊について、海外の幽霊との違いや歴史、幽霊の描かれた作品を紹介します。
日本の幽霊とは何か?
幽霊とは「死んだ人の霊」や「成仏できなかった魂の姿」のことを指します。どこかかわいらしく、ユーモラスな姿をした妖怪たちに比べると、日本の幽霊は、おどろおどろしい不気味な姿で描かれてきました。それは、幽霊は「この世の未練(復讐や執着、怨念)を晴らすために現れる者」と定義されてきたため、凄惨な印象が強くなったことから生まれたイメージとされています。
鳥山石燕「画図百鬼夜行」より「幽霊」。日本の幽霊、海外の幽霊。たしかに描かれるイメージは全く違います。その違いについては、また後ほど。
幽霊はいつ誕生した? 幽霊の歴史
平安時代から室町時代、幽霊の登場
幽霊が初めて資料に登場するのは平安の後期といわれていますが、この時点では文献のみ。私たちのよく知る姿を描いたものは、ありませんでした。その後、鎌倉時代や室町時代の絵巻に妖怪の絵が豊富に見られますが、ここでもまだ幽霊は描かれていません。しかし能には幽霊の登場する作品が現れ、やがて怪談も語り継がれはじめました。
江戸時代、怪談や絵画で一気にブーム
江戸時代には怪談噺などが大流行。江戸時代初期、円山応挙の描いた幽霊は、髪を乱し、青ざめた顔に白装束。艶めかしくリアリティあふれる姿をしていました。これが現在の「幽霊のイメージ」の典型と言われています。「雨月物語」「牡丹燈籠」「四谷怪談」などの幽霊の登場する名作が生まれたほか、江戸の絵師たちの手により水墨画や浮世絵なども盛んに描かれるようになりました。
落語で語り継がれる幽霊 「応挙の幽霊」
落語の噺の中にも、幽霊は度々登場します。例えば「応挙の幽霊」という噺は、こんな内容です。
ある古道具屋が、安値で仕入れた幽霊の掛け軸をお得意さまへ10両で売りました。品物は翌朝届けることになり、お得意さまは掛け軸を置いて帰ります。古道具屋は「大儲けだ!」と幽霊の掛け軸の前で一人で祝い酒を飲み始めました。しばらくすると、なにやら人の気配が…。見ると、なんと幽霊の女が掛け軸から抜け出して座っているではありませんか。
女は「自分の絵の前で酒を飲んでいるのを見て嬉しくなって出てきてしまった」と言います。話を聞くと「自分は応挙が描いたものだ」と言うのです。古道具屋は「応挙の掛け軸なら、数倍の価格で売れたのに…」と思いました。
美人の幽霊も一緒になって酒を飲むうちに、幽霊の女は酔っ払って掛け軸の中へ帰ってしまいました。朝になっても幽霊は眠ったまま。やがて古道具屋はお得意さまのもとへ訪れます。時間よりも遅くやってきた古道具屋へ、お得意さまの旦那は尋ねました「どうして早く来てくれなかった?」古道具屋が答えます「もう少し、寝かせておきたいのです」。
月岡芳年「芳年略画」より「応挙の幽霊」部分
幽霊にまつわる5つの疑問
1.幽霊に足がないのはなぜ?
足の無い幽霊を最初に描いたのは円山応挙であるという説もありますが、応挙の生まれる60年前の浄瑠璃本の挿絵に、足のない幽霊の出現シーンがあることから「幽霊に足がない」という概念は昔から存在していたことがわかっています。
2.海外の幽霊との違いは?
海外で描かれる幽霊は「ポルターガイスト」などでイメージされるような姿の見えないものや「ゴーストバスターズ」「ホーンテッド・マンション」からイメージされる姿のあるもの、ひいては首のないものやゾンビのような死体を動かすものなど、実にさまざまな姿をしています。対して日本の幽霊は、乱れた髪に三角頭巾、真っ白な死装束の足がない女性というフォーマットが定番化しています。お化け屋敷などでもおなじみのこのスタイルは、先に紹介したような絵師たちの作品や江戸時代に盛んだった演劇や文芸の影響が大きいと言われています。
3.幽霊が柳の下に現れるのはなぜ?
幽霊といえば柳の木をイメージされる人も多いのではないでしょうか。柳の木の下に現れる幽霊は江戸時代の奇談集「絵本百物語」に登場する柳女(やなぎおんな)が原型とされています。
そもそも柳の木は昔から「霊の宿る木」と考えられてきました。中国でも、柳の霊的なイメージは強く、棺は柳の木でつくるんだそう。宝暦時代の「祇園女御九重錦」や文政時代の「三十三間堂棟木由来」などの浄瑠璃にも、柳の精霊が女性に化ける話が描かれています。昔は風に揺れる柳の枝に頬を撫でられたり傘を取られたりすると「柳の精の仕業だ」と恐れられてきました。まるで人間の手の動きのように、枝が風になびく姿は幽霊とどことなく重なります。
竹原春泉斎「絵本百物語」より「柳女」。風の激しい日に子供を抱いた女が柳の木の下を通ったところ首に枝が巻きついて死んでしまい、その女の怨念が柳の木に留まり夜な夜な現れては「くちおしや、うらめしの柳や〜」と泣いたというエピソード。
4.ひゅうどろどろ、は何の音?
幽霊の登場シーンを想像すると真っ先に思いつくのは「ひゅう〜〜どろどろ〜〜〜…」という不気味な音。「ひゅう」は横笛を高く吹いた音で「どろどろ」は大太鼓を小刻みに打つ音。これは歌舞伎などの芝居で幽霊の出没シーンで鳴らす下座音楽で、これが「幽霊の登場音」として現代にも定着したのです。
5.幽霊と妖怪の違いは?
幽霊と妖怪を同類として扱うか別扱いにするかについては、学者の間でも意見が分かれています。
同類として扱う説として、妖怪を「自分たちの生活している世界の向こう側に住む祀られぬ霊的存在」と捉え、幽霊を「妖怪のひとつで、特殊な死霊(=生前の姿で生前の前に現れる)」と定義したもの。(小松和彦「妖怪学新考ー妖怪からみる日本人の心」より)
一方同類として扱わない説として、妖怪を「縄文時代のアニミズムに根ざしたもの」と定義し幽霊を「弥生時代の祖霊信仰に連なるもの」と定義する学者もいます。(諏訪春雄「日本の幽霊」より)
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参考:辻 惟雄「幽霊名画集―全生庵蔵・三遊亭円朝コレクション」