京都で「老舗」と呼ばれる100年以上続く専門店。店とのつきあいを深めるこのごろ、わたしの興味は老舗が手がけた新商品に注がれています。
想像してみてください、数百年前に誕生した商品(超ロングセラー)の横に、新しいものを並べる勇気。伝統を守るだけではなく、時代が求める新商品開発に挑むことも老舗の務め。どこかの代でヒット作が生まれ、それをつないで今日まで店は続いているわけですね。
京都の老舗が打ち出す画期的な新商品誕生秘話の裏側に迫る
100年前のものが古臭くなく、できたばかりのものが目新しすぎず、これぞその家らしいと買い手を納得させるものづくりの苦労は老舗の店主だけが経験できること。ということで、100年先もこれは売れてる!と勝手に太鼓判を押した新商品にまつわるものがたりを当代の店主にうかがい、紹介していきたいと思います。
二條若狭屋は大正6(1917)年創業の上生菓子店
初代・藤田芳次郎が明治末に京都にあった「総本家若狭屋」(創業は江戸期、戦後に廃業)にて修行をしたのち、のれん分けを受けて「若狭屋茂澄」を創業。二条通小川角に店を構えたため「二条の若狭屋」が通名となり、いつからか「二條若狭屋」が店名になりました。
老舗らしい風格ある店構え。右角の建物が創業時のもので、現在は工場に。左のやかたでお菓子の販売と喫茶の提供を行っています。
看板にある「御菓子司」の揮毫は建仁寺の管長様によるもの。
初代・藤田芳次郎はもともと画家を志していたそうですが、視力が弱いため断念して菓子屋に転向。「不老泉」(ふろうせん)「家喜芋」(やきいも)という代表銘菓を生みました。とにかくシャレた人で雅号を甘楽(かんらく)と名乗り、神坂雪佳や酒井抱一ほか画家や文化人との付き合いも深かったとか。初代のエピソードはこの先に続く「不老泉」にも触れますが、稀代のアイディアマン、洒落者であったことは間違いありません。
京都に古くから続く上生菓子屋といえば、神社仏閣をはじめお茶やお花の家元に収めるお菓子づくりが軸になっていますが、ここの店も同様です。
代表銘菓は「不老泉」。手中に収まる”携帯しるこ”は今でも新鮮
老舗を老舗たらしめる「家宝」と呼べる逸品を毎回紹介していますが、二條若狭屋といえば、先に触れた初代が創業当時に考案した葛湯(くずゆ)の「不老泉」(ふろうせん)です。
味はプレーン、しるこ、抹茶の3種類。手のひらにのる小箱に粉末の葛湯が入り、約120ccのお湯を注いでできあがり。1個200円(税抜)。
京都には「懐中しるこ」というお菓子が古くからあります。麩焼きせんべいの中にさらしあんが入り、お湯を注ぐとお汁粉ができるというインスタント食品の原点のようなものですが、この発想で麩焼きせんべいを箱に変えたところが「不老泉」の新しさ。
麩焼きせんべいはせんべいの香ばしさが楽しめるのは利点ですが、大きいし、こわれやすい。その点、小箱に収めたものならお見舞いや手土産にも渡しやすいというわけです。
しかも、しること抹茶の中には餅米製の千鳥とあられが入ります。これが一般的な懐中しるこの麩焼きせんべいの代わりになっているんですね。異なる食感が加わっておいしい、そして、かわいらしい。大正時代にこんなミニマムで携帯しやすいお菓子を思いついた初代の発想ってすごい! しかも発売当時は輸入品のコーヒーで仕立てたコーヒー味もあったそうで、ハイカラなセンスに唸らされます。
「不老泉」は掛け紙にも価値あり。京都の琳派絵師・神坂雪佳が手がけました
しかもこの「不老泉」、現代でいう“豪華3者によるコラボレーション”の包み紙なんです。掛け紙にある絵は京都が生んだ琳派の絵師であり図案家として活躍した神坂雪佳、不老泉の書を中村不折が、そして小箱の版画は徳力富吉郎が手がけました。掛け紙はあるときまでは贅沢にも木版刷だったそうですが、今は印刷に変わっています。
当時はしるこを「善哉」、抹茶を「薄茶」、葛湯を「片栗」として発売していたのでそのままの名前が残る。箱は3個入からあるが3個入には掛け紙はつかない。掛け紙の収まりがいいのは10個入から。
実はわたし、掛け紙以上に気に入っているのが掛け紙に添えられる「不老泉」の口上だったりします。自分のお菓子を愛していなければここまで言い切ることができませんよ。
雪佳による薄墨の松もこっちのほうが、より生き生きとしていてダイナミック。
菓子屋の主人はお菓子だけをつくってきたわけではないんですね。文化人と交流しながら自作の菓子に名前をつけてもらったり、絵を描き起こしてもらったり…そういったやりとりが今も残っていて、継承されているのがさすが歴史の長い京都。京都の老舗で買い物する楽しみって、こんなところにもあるんです。
30年ぶりに栗菓子に仲間が増えた! 新商品「ゴールドくり」ってなに?
ようやく本題に入って、新商品「ゴールドくり」に迫りたいと思います。お話をうかがったのは、「ゴールドくり」の開発者である3代目・藤田實さん(写真左)と現当主である4代目の茂明さん(右)。
實さんは現在83歳。毎朝5時に仕事場に入って新商品開発に勤しんでいます。のれんのマークは「輪」と「可」をかけて「若狭屋」を表しています。
二條若狭屋にはすでに「やき栗」「ふく栗」という栗菓子があります。上生菓子にあった栗のお菓子を、土産や贈答用として現在の形にまとめたのが3代目・實さん。ネーミングも書き文字もイラストも實さんによるもの。初代からのセンスを踏襲して、愛らしいお菓子になっています。これが1980年代のこと。
やき栗1個230円・ふく栗1個250円(共に税抜)。
ここに加わったのが「ゴールドくり」。「栗といったら”山の黄金”と昔から言うでしょう? 栗にそのままゴールドをつけたらどないやろ? って思ったんです」という80歳超の余裕が生んだネーミングセンスにも拍手なのですが、とぼけた書き文字も素晴らしい。そして目を見張るのはお菓子に付いた金箔! 30年ぶりの新作菓子は時代にあわせた”インスタ映え仕様”で登場しました。
ゴールドくり1個360円(税抜)。
「ゴールドくり」は栗の渋皮煮が丸ごとひと粒入ります。和三盆糖を効かせたこしあんで渋皮煮を包み、そこに羊羹をかけて、さらに金箔を施して完成。お尻には芥子の実をあしらい、まるで本物の栗のよう。これはすべて手作業で行われています。この凝りようもゴールドの名前にふさわしい。
「この年齢になったら質のいい材料を使ったおいしいものを口にしたいと思うようになって」と83歳の3代目・實さんは語ります。「今の時代に求められているものって、ちょっと高値がついても心から満足できるものではないかな、と思いました。『ゴールドくり」はうちの栗菓子では初めて渋皮煮を使っています。そして箱も2個入と3個入だけで勝負。これまでのお菓子とは一線を画しています」。
せっかくなので”栗菓子3兄弟”を並べて見てみましょう
左から「やき栗」「ふく栗」「ゴールドくり」。
「やき栗」は栗の蜜煮ひと粒を栗あんで包み、卵黄をかけて焼き目をつけたもの。「ふく栗」は栗の蜜煮を栗あんで包むところまでが「やき栗」と同じ、それをこしあんで包みさらにに羊羹をかけています。
「ゴールド栗」の見た目は「ふく栗」と似ていますが、柔らかく炊いた渋皮煮を主役に、また和三盆糖を加えたあんこで包んでいる点が大きな違い。栗とあんこのとびきりの味わいの直球勝負。この贅沢な味わいはひとつ食べたら十分。味がわかる人には、1個でいいから「ゴールドくり」を贈りたいかも!
京都の老舗菓子司の名にあぐらをかくこともせず、時代を読んで新作を打ち出す姿勢。そして新作菓子のコンセプトをあからさまに「贅沢」としないで、「ゴールド」という茶目っ気をもった響きに変換できる思考が素敵だなぁと思うのです。
琳派の絵師だって、歴代の武士も、お茶人さんもゴールドは大好きでしたよね。私たちの心を浮き立たせたり、かしこまらせる「ゴールド」の輝き。そこに「栗」が結びついたところが愉快であり、なにかと先行き不透明なこの時代を明るく照らしてくれるお菓子になる予感がしています。
「いいかげん、栗から離れたら?」と言われても離れません
老舗の商品を見ていると、1回ヒット作が出たら代をまたいでそれに近しい新商品を出していくのがほとんど。3代目・實さんのようにひとりで長い時間をかけて3シリーズ化できる(しかも先に生んだ商品が売れ続けている)ということは、すごいことなんです。わたしが”老舗の新商品”を紹介していくなかで「ゴールドくり」を取り上げたいと思った理由はここにもありました。
余生は栗のことを考えずに過ごせそうですね、と3代目に言葉をかけたら「いえいえ」とのこと。「次の時代にあうものが何かまだできるのではないか、と思っています。30年の間、頭の片隅にはずっと栗のことがあったから『ゴールドくり』も生まれたんですよ。新しいアイディアは常に考えていないと、出てこないもんです」と3代目。
箱を引っ張るとへぎ板かわりのお皿になるパッケージも「ゴールドくり」から使用開始。これなら梱包材も最小限で済むそうで、環境を意識した取り組みです。
この発言に対しては4代目も物申したいようで…。「『ゴールドくり』を超えるものを、と考えることはいいことだと思うのです。ですが、ひとつのことを追いかけ過ぎても…。そろそろ栗から離れても? と3代目には提案しました」とやや苦笑気味にお話しくださった4代目・茂明さん。
そこは3代目譲りません。「代表銘菓と呼ばれるようになるには、少なくとも50年、まぁ100年経ってから。なんとか自分の代でも代表銘菓を残したい。そのためにはね、つくり続けるしかないんです」。
3代目と4代目の親子創作の栗菓子も見てみたい気がしますが、こちらは「新しいものにはひとりで挑戦する」のが家訓だそうです。どちらが先に新しい栗菓子をつくるのか、楽しみに続報を待っています。
初代がつけたキャッチフレーズ「趣味の菓匠」、その意味は?
ここまでご紹介してきたように、二條若狭屋のお菓子はどんなお菓子でも手が込んでいて、人をなごませるたたずまいがあるように思います。それは店のキャッチフレーズ「趣味の菓匠」が影響しているのか、この機会にうかがってみました。
包装紙にも、屋号の上に「趣味の菓匠」がありますね。京都の四季を表したこの絵は「雪佳さんとちゃうんかな」と代々伝えられているそうですが、誰が描いたものだかわからないそう。
4代目・茂明さん曰く、趣味の菓匠とは「お菓子づくりは仕事ではなく、好きでやっていることなのだ。趣味でやっていることなんだから、お客様の要望にはできうる限り応えます。そんな気持ちをこのひと言に初代が込めたのだと思っています」とのこと。
実際、初代は自身の雅号を掲げた「甘楽会」を主宰し、お菓子でつくった料理をお膳立てにして客の目を喜ばせ、同じ料理でもてなすといった会で人物交流を楽しんでいたとか。そのときに好評だったひと皿から「家喜芋」(やきいも)というお菓子が生まれ、ロングセラーになっています(サツマイモのお菓子ではないところが、本当にシャレているんです!)。
そして今回の取材で新しくわかったことは、甘楽会から引き継いだ季節限定のお菓子がまだほかにもあること。こちらは春の生菓子「ちらしずし」です。えっ、お寿司??
写真は6個入3,000円(税抜)。花見のころの注文菓子で本店で受け渡しに限り注文可能(4〜5日前までに要予約)。お箸も名前入りで用意されているところが本気です!
錦糸卵は甘い味付けをした錦糸卵、しいたけは羊羹、グリンピースと針生姜はこなし製、その下には道明寺製のお饅頭が6つ入っているとか。なんとまぁ…、これは花見の席で喜ばれますね。まさに「趣味の菓匠」の肩書きにふさわしい逸品です。初代の志はこうしてお菓子となって人々の心に届けられるのですね。
どうやら、ほかにもまだとっておきの注文菓子があるようですが、それは皆さんがお店に通って見つけてください。京都の古くから続いているお店って、店頭に並んでいるものだけが売るもののすべてではないんです。長い時間をかけてそのお店を知っていくことを、どうぞ楽しんでください。二條若狭屋は昔ながらの落ち着いた店ですが、ものづくりにはアツいお店なんですよ。
最後に、もみじ色に染まる二條若狭屋の秋のお菓子をご紹介
二條若狭屋の上生菓子も、趣味の菓匠のキャッチにふさわしい手の込んだものになっています。わたしとしては、二條若狭屋といえば「秋」。いえ、春や初夏の消えそうに淡い色合いのお菓子も大好きなんですよ。でもドキッとするほどの色合いが楽しめるのは紅葉の季節だと思っています。
市内ではそれほど感じられませんが、山の近くに行くと色がパキッとしていて「お菓子にある色は過剰な表現でもなく、自然そのものの色なんだな」とわかったりします。山の色合いをそのままお菓子に描いたのがこちら。
上生菓子1個400円(税抜)。
こちらにつけられた名は「もみじ狩」。栗の入ったあんの上にはもみじの葉の羊羹が。このお菓子をわたしがイチ押しする理由は、もみじが色づくにつれてお菓子の葉の色も少しずつ深みを増していくところなんです。「もみじ狩」は紅葉の終わる12月上旬まで続くのですが、10月の初旬と見比べるのも面白いですよ。
「高山寺にお菓子を収めに行ったあるときに、庭一面にもみじの葉が敷き詰められていたんです。それを手で集めたときのハッとした気持ちをお菓子にしようと考えました」とは3代目・藤田實さん。この立体感はそんな体験から生まれたものなんですね。この話を聞いて、ますます「もみじ狩」が好きになりました。
次にご紹介するのは、「錦秋」(きんしゅう)と名付けられたお菓子です。
こちらも紅葉が楽しめる12月上旬までの販売。
錦織りのようにもみじが折り重なった姿を「錦秋」と呼ぶ日本の文化も素敵なのですが、糸寒天を煮て固めた錦玉(きんぎょく)の中に色とりどりのもみじが散っている姿にもうっとりしますね。一番下が栗の入った小倉羹(おぐらかん)、その上にもっちりとした食感の味甚羹(みじんかん)を重ねています。
持ち帰りには、神坂雪佳の紅葉の絵に包まれた栗菓子「雪佳の秋」を
二條若狭屋と雪佳のコラボレーションといえば「不老泉」だけにあらず。秋限定の栗菓子「雪佳の秋」にもありました!
燃えるようなもみじの色はどこを描いたものでしょう? 答えはパッケージ右隅を見てください、「通天橋」(つうてんきょう)とあります。そう、京都屈指の紅葉スポット「東福寺」の通天橋ですね。
雪佳の秋1個350円(税抜)。12月10日ごろまでの販売。
紅葉が描かれた包み紙を開けると、そこにもまた秋の景色が! 栗の渋皮煮を栗あんで包み、そこに羊羹のもみじをあしらってあります。栗好きの人にはたまらない、ほっくりした甘みでお抹茶にぴったり、紅茶やコーヒーにもあいます。東福寺に出かけた方は、紅葉のお土産話と共にこちらのお菓子をいかがでしょうか。
京都本店の店内ではお抹茶と共に、お菓子をいただくことができます。美しく彩られたもみじのお菓子の数々を訪ねて、足をお運びください。
二條若狭屋 本店
京都市中京区二条通小川東入る西大黒町332-2
075-231-0616
撮影/田中麻以、藤田 優
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