皆さんは、2020年3月から、日本のパスポートのデザインが変わるのをご存じでしょうか? そうです、日本が世界に誇るアーティスト、江戸時代の浮世絵師・葛飾北斎(かつしかほくさい・1760-1849)の代表作「冨嶽三十六景(ふがくさんじゅうろっけい)」のシリーズの中から24図が選ばれ、出入国の際にスタンプを押す査証欄のページの地の部分に印刷されることが決定しました。
海外でも「Great Wave」の呼称で親しまれている名作「神奈川沖浪裏(かながわおきなみうら)」をはじめ、誰もが一度は見たことがあるであろう北斎の描く富士山に、自分の旅の思い出を重ねていけるなんて素敵ですね。発行が今から待ち遠しいです。さて、今回はそんな話題の「冨嶽三十六景」の中から、「Great Wave」に並ぶ「冨嶽三十六景」の代表作である「赤富士」「黒富士」の2作品について取り上げたいと思います。
葛飾北斎「冨嶽三十六景 五百らかん寺さざゐどう」太田記念美術館
次期パスポートのデザインに採用された1図。同館にて開催の「没後170年記念 北斎 —富士への道」展(後期:5/3-26)にて展示中。
北斎の富士山は青かった
北斎70代前半の一大制作「冨嶽三十六景」は、当初「藍摺(あいずり)」と呼ばれる、藍色のモノトーンで表現した浮世絵版画のシリーズ(揃い物)として企画されていました。そのことは「冨嶽三十六景」の広告記事で予告されています。当時「藍摺」の作品は大変人気がありました。
版本の巻末に見える「冨嶽三十六景」の広告。「冨嶽三十六景 前北斎為一翁画 藍摺一枚 一枚ニ一景ズツ追々出版」とある。山東京山訳/歌川国芳画『稗史水滸伝(よみほんすいこでん)』五編下巻(筆者蔵)より。
この「藍摺」ブームには、二つの理由が挙げられます。一つは、海外から「ベロ藍」と呼ばれる鮮やかな発色の青(プルシャンブルー)の絵の具が日本に入ってきた流通・経済の要因。そしてもう一つが、天保の改革による奢侈禁止の風潮の中で、衣服や日用品に用いる素材や色に制限がかかり、庶民が茶や鼠、藍といった地味な色を、工夫をこらして楽しんでいたという社会的背景です。
しかし、さすがにトレンドカラーとはいえ、延々と青い富士山の絵ばかりが並んでは、消費者も退屈だったかもしれません。「作品の輪郭線を藍色で摺る」という「冨嶽三十六景」の基本方針は36図の出版を通じて変わりませんでしたが、色調については、どうも途中で路線変更をしたらしく(36図のリリース順については諸説あり、さらに追加された10図は輪郭線が墨で摺られています。)、36図を見渡すと、必ずしも予告されていた「藍摺」には該当しない、色彩の賑やかな作品が多数あります。
葛飾北斎「冨嶽三十六景 凱風快晴」(部分図) 太田記念美術館
通常の浮世絵版画では墨(黒)で摺る輪郭線(上図では山の稜線や山腹の点描)を、「冨嶽三十六景」では藍色で摺っている。