「会いたくて震える」女性の切ない恋心を綴った、西野カナさんの歌『会いたくて 会いたくて』。多くの女性の共感を呼び、大ヒットを記録しました。歌が発表された2010年当時、私は女子大生。別れた彼氏を想ってカラオケで泣きながら歌うのが定番でした(私はそれを白い目で見ていた、ゴメン)。
震えるほど会いたい。そんな熱烈な恋を、約千年前の日本人も歌に綴っていました。溢れる想いを31文字に詰めた、ロマンチックでセクシーな歌を『新古今和歌集』からご紹介します。
新古今和歌集とは?
鎌倉初期、後鳥羽上皇の院宣によって成立した、第8番目の勅撰和歌集。和歌の選者は源通具・藤原有家・藤原定家・藤原家隆・藤原雅経・寂蓮(成立前に死亡)。後鳥羽上皇自らも制作に携わり、流布本で1979首も収載されています。選ばれた歌の調べは、繊細で優雅。ロマンチックで心のこもった歌が多いのが特徴です。
『新古今和歌集』には季節の歌、離別の歌などさまざまなジャンルの和歌が含まれますが、中でも恋の歌は1~5巻もの大ボリューム! いかに貴族たちが「恋」を大切にしていたかがわかります。
ピックアップ! セクシーな歌
ロマンチック♡な歌が多い新古今和歌集の中から、とりわけセクシーで強い恋心を感じる歌を「恋」の巻からピックアップしてみました。訳は『日本古典文学全集』の解説をもとに、筆者の解釈も交えながら意訳しております。
「あなたと毎晩逢いたい」読人知らず(恋歌一 1051)
有度浜のうとくのみやは世をば経ん波のよるよる逢ひ見てしがな
有度浜(うどはま、静岡県清水市の三保~静岡市の久能山にかけての海岸)ではないけれど、あなたと離れて生きていくことはできない。夜ごとに寄る波のように、毎晩逢いたい!
「逢いたくて逢いたくて…こぼれる」藤原俊成(恋歌二 1110)
逢ふことはかた野の里の笹の庵(いほ)しのに露散る夜半(よは)の床(とこ)かな
あなたに逢うのが難しくて……。交野(かたの、大阪府の地域)の里の笹の庵の篠に散る露のように、寝床に涙が散り零れている夜です。
「私との夢、見てよ」式子内親王(恋歌二 1124)
夢にても見ゆらんものを嘆きつつうち寝る宵の袖のけしきは
人を愛するときは夢に見るものと言うけれど。あなたには、逢いたくて泣いて泣いて濡れたわたしの袖が見えていないのですか?
※「思ひつつ寝ればや人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを」という、小野小町の歌を念頭に置いて。
ヒャッホー☆からの…チーン。藤原実方(恋歌三 1158)(恋歌三 1167)
実方から2首。ストレートに想いがこもっていて中学生みたいで面白い!
なかなかのもの思ひ初(そ)めて寝ぬる夜ははかなき夢もえやは見えける
あぁもう、あなたに逢っちゃったばっかりに、ちょっとした夢も見られないほど眠れなくなっちゃった~!!(≧▽≦)
明けがたき二見の裏に寄る波の袖のみ濡れて沖つ島人
夜の明けがたい二見(ふたみ)の浦に寄る波で濡れる沖の島人のように、涙で袖を濡らしてずっと起きていました。あなたが部屋に入れてくれなかったから。
※女の家に行ったのに入れてもらえず、部屋の外で一晩明かした恨みの歌。上の「なかなかの~」の歌はサッパリした詠みっぷりなのに、こちらはまどろっこしくてネチネチした印象。強い恨みを感じます。
「あの夜のことは、2人だけのヒ・ミ・ツ」和泉式部(恋歌三 1160)
枕だに知らねばいはじ見しままに君語るなよ春の夜の夢
恋人同士の秘密を知るという枕だって知らないのだから、言えないでしょ? ありのままに語らないでくださいね、あなた。この春の夜の夢のような一晩を。
※「夢とても人に語るなしるといへば手枕ならぬ枕だにせず」という、伊勢の歌を念頭において。
「全部…露わになっちゃった」相模(恋歌三 1166)
いかにせん葛の裏吹く秋風に下葉の露の隠れなき身を
私に飽きたあなたのおしゃべりから、葛の葉の裏を見せて吹き渡る秋風で下葉の露があらわになるように、ふたりの関係がすっかり人に知られてしまいました。どうしてくれるの?
しもうたの女王、りえさんの歌
平安貴族にならってセクシーな歌を詠んでみる、和樂webの企画「しもうた」。以前女王に輝いたりえさんが、初恋のしもうたをご投稿くださいました。
▼前回のしもうたはこちら
出会い、初めての夜、そして事件へ…。揺れ動く恋心を「しもうた」に託して
初恋しもうた
かたゑくぼ出来るんだねと君がいふいつも笑つていようと思ふ
あたらしき恋はじまりぬあたらしきレシピ本など買うて帰らん
遠き星見ること君に教はりぬ後ろを向くな前を見てろと
山巓の空気を深く吸ふやうに私の胸を君で満たせり
迷ひつつ立ち止まりつつ歩み来ぬ雲ひとつなき空の切なさ
「気にすんな」その一言にいなされて注ぎ足されたるビール泡立つ
まつすぐに君だけをみて何もかも君を信じていられるのなら
吸ひつけし煙草もらひて噎せにける似合はないなとデコピンされつ
人前では吸ふなと言ひつ火をつけてくるる煙草の煙一すぢ
これが僕これが私とたしかめてあとはひとつに溶けゆくばかり
乱れたる息をはぢらひ顔を伏す柔軟剤の香るシーツに
隆起なき男の胸に頬寄せて君の鼓動をぢかに感じる
残り火のちろちろありしが静まりて夜更けて風の音つのりゆく
あの時の道を一人で辿りけり西になだるる鰯雲見つ
購ひきたる一人静の鉢植を窓辺に置けば風の生まるる
参考書籍
小学館 全文全訳古語辞典
小学館 『日本古典文学全集 新古今和歌集』
世界大百科事典
日本国語大辞典
アイキャッチ画像
菱川師宣 メトロポリタン美術館蔵