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Culture
2020.02.29

まさかっ、土俵入りする横綱が短命に!?大相撲の「不知火型」にまつわるジンクス

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横綱が行う土俵入りには「雲龍型」と「不知火型」があります。しかし「不知火型」で土俵入りする横綱は短命というジンクスが…。長年、不運に見舞われていた不知火型の土俵入りですが、平成に入ると白鵬がそのジンクスを打ち破ります。雲龍型と不知火型では何が違うのか、不知火型は誰が始めたのか、またそのジンクスを打ち破った横綱はいるのか。相撲の歴史を紐解きながら、不知火型や横綱についてご紹介していきたいと思います。

横綱って何?大相撲って何?

そもそも横綱とは何なのでしょう? 横綱は大相撲の力士の格付けにおける最高位のこと。そして大相撲は日本相撲協会が主催する相撲興行のことです。そもそも相撲は『古事記』にもその起源となる記述があるくらい伝統的な神事でした。その後、鎌倉時代に入ると武士相撲として武士たちのあいだで広く親しまれ、江戸時代に入ると興行化して勧進相撲、そして明治時代に入ると日本相撲協会が発足し現在の大相撲の基礎が出来上がります。

横綱は大関や関脇など下の番付(相撲におけるランクのこと)と違い、昇進するために明確な成績があります。それが「二場所連続での優勝か、これに準ずる好成績」。でも、ときどき横綱昇進の際に「早いんじゃないか」「いいんじゃないの」というニュースも見かけますよね? それは、横綱には成績と同時に品格が求められるため。神事から発展した大相撲で横綱になるためには、心・技・体すべてが別格であると評価されなければならないのです。

名前くらいは知っている超有名横綱たち

「巨人、大鵬、卵焼き」という流行語はご存知でしょうか?戦後から高度経済成長期までの昭和の時代、子どもを含め大衆に人気のあった3選です。ここでは名実ともに有名な横綱を3人紹介します。

大鵬

大鵬は昭和の大横綱のひとり。優勝回数32回は、69代横綱・白鵬に抜かれるまで長い期間1位を守り続けていました。

千代の富士

生涯場所数で圧倒している千代の富士。昭和から平成にかけての相撲ファンは、当時18歳だった貴乃花との一戦は忘れることができないでしょう。このときの敗戦で千代の富士は引退を決めました。

白鵬

『横綱相撲』という言葉があるくらい大相撲における横綱は別格。その横綱としての在位数最多は白鵬です。横綱には降格がなく、引退も誰に迫られるでもなく自分で決めなければいけません。その厳しい世界に君臨し続ける力士が、いまだに現役というのは僥倖(ぎょうこう)以外の何ものでもありません。その白鵬も30歳を超え、負けや休場のたびに引退が近いのではという声が聞こえるようになりました。白鵬が引退してしまったら、彼を超える横綱は当分のあいだ出ないかもしれません。筆者の一押しとして、是が非でも今のうちに目に焼き付けおいてほしい横綱です。

雲龍型と不知火型の違い

横綱が行う『横綱土俵入り』には「雲龍型」と「不知火型」のふたつが存在しています。土俵入りは十両以上の力士が土俵上で行う儀式のことで、なかでも横綱の土俵入りは別格として、本場所の幕内取組前や巡業先などでも行われています。
雲龍型で土俵入りした最初の力士は10代横綱・雲龍、そして不知火型の最初の力士は11代横綱・不知火で、ふたりが行った土俵入りの型が現在まで受け継がれています。ただ、一説にはこのふたつの型は途中で名前が入れ替わったという説も。雲龍も不知火も1800年代なかばの横綱で、ふたりがどちらの型で土俵入りしていたのかは、実は明確には判別していないのです。現在の雲龍型を確立したのは20代横綱・梅ヶ谷(2代)、不知火型を確立したのは22代横綱・太刀山と言われています。ちなみに、土俵入りの型は横綱昇進の時に決定します。どちらを選ぶかは自由とされていますが、所属する一門の伝統を重んじ型を決める傾向にあるようです。

雲龍型

せり上がりの時に守りを表す左手を脇腹にあて、攻めを表す右手を斜め下に伸ばすのが雲龍型。これは攻守一体のバランスの良い相撲を示しているといわれています。

不知火型

せり上がりの時に両手を左右に開くのが不知火型。これは攻守の雲龍型に対し、より積極的な攻めを示しているといわれています。

不知火型は短命はホント?


昭和から平成にかけて活躍した横綱の多くに、双葉山、大鵬、千代の富士、朝青龍など雲龍型が多いのは事実です。これに対し「不知火型は短命」というジンクスは43代横綱・吉葉山が「悲運の横綱」と評されたことに端を発しています。吉葉山は33歳と当時の横綱としては高齢で昇進後、腎臓炎や糖尿病のほか怪我にも泣かされ、横綱として賜杯を抱くことなく引退しました。またこれに続いた51代横綱・玉の海は横綱昇進後、虫垂炎を発症しなんとそれが原因で在位10場所で現役中に亡くなってしまいます。その後も琴櫻(在位9場所)、隆の里(在位15場所)、双羽黒(在位9場所)、旭富士(在位9場所)、若乃花(在位11場所)と平成に入るまで、不知火型を選択した横綱には不吉ともいえるジンクスが付き纏います。

白鵬は不知火型で土俵入りした横綱の中でも最強のひとり

しかし、不知火型で土俵入りした横綱のすべてが短命だったわけではありません。69代横綱で、在位場所数1位の白鵬は横綱昇進時「部屋の大先輩である横綱吉葉山と同じ不知火型をやります」と宣言。その後の活躍は周知の通りです。白鵬は見事にジンクスを払拭しただけでなく、心技体そろった大横綱として今もなお相撲界を牽引し続けています。

貴重な日本独自の文化、相撲を楽しもう!

相撲は古来からの神事を発祥としているため、一般のスポーツとは一線を画すように思います。1日にたった一番の取り組みのためのたくさんの準備や、儀式の一つひとつのルーツなど、競技以外にも長い時間の中で培われてきた伝統と文化があります。今回は横綱の土俵入りにスポットを当てましたが、相撲を見たことがない人も、すでに相撲を楽しんでいる人も、視点を変えながらより深く魅力を追求してもらえたら嬉しいです。

書いた人

生粋のナニワっ子です。大阪での暮らしが長すぎて、地方に移住したい欲と地元の魅力に後ろ髪惹かれる気持ちの狭間で葛藤中。小説が好き、銭湯が好き、サブカルやオカルトが好き、お酒が好き。しっかりしてそうと言われるけれど、肝心なところが抜けているので怒られる時はいつも想像以上に怒られています。