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2019.09.29

京都・嵐山にできる福田美術館は幻の名作が勢揃い!その見所を徹底取材!

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京都屈指の観光地として国内外から注目を集める京都・嵐山。古来、数多の文化人に愛され、美しい自然に囲まれたこの地に2019年10月、「日本文化の新たな発信拠点を目指す」、福田美術館が開館されます。

2019年秋の一大ニュースとあって「いったいどんな美術館になるのだろう?」と興味津々な私、とま子は、編集長の高木に無理を言って、急激取材を敢行! しかも、編集長まで連れて行ってしまいました。

館内を案内してくださったのは、福田美術館学芸課長の岡田秀之さん。今回の取材では、岡田さんの超私的イチオシ作品までも教えていただきました。これがおもしろいのなんのって!

福田美術館とは?

江戸時代から近代にかけて、日本画家を中心とする約1500点もの作品を所蔵する福田美術館。円山応挙、与謝蕪村、伊藤若冲ら江戸時代の絵師たちの作品をはじめ、横山大観、上村松園、竹内栖鳳などの近代の名画、さらに国内有数の竹久夢二のコレクションを有しています。コレクションの特徴を一言で表すなら、「幻の作品」が多いこと。存在は知られていたものの行方不明だったり、数十年ぶりに公開される作品も多く、開館展で展示が予定されている狩野探幽の『雲龍図』は日本初公開という文字通りの「幻の作品」です。

蔵のような展示室や京町家の坪庭を想起させる中庭など、日本の意匠をふんだんに使った建築は東京工業大学教授の安田幸一氏によるもの。約400㎡の展示室は大きく3つに分かれ、それぞれ、京都画壇を中心とする「近代絵画」、琳派や若冲、北斎などの「江戸時代絵画」、企画展示のための「ギャラリー」となっています。

では、肝心のコレクションの見どころをご紹介! ですが、せっかく同行してもらったので、今回は学芸課長の岡田さんと編集長高木の対談形式でお届けします。

1階展示室

2階展示室

岡田:美術館の展示室はふたつのフロアが中心です。10月のオープニングでは、1階の展示室には、横山大観、竹内栖鳳、上村松園といった近代作品、また2階の展示室には江戸の名画を展示する予定です。

狩野山楽『源氏物語押絵貼屏風』17世紀

岡田:江戸のフロアでまず観ていただきたいのが京狩野派を代表する狩野山楽(かのうさんらく)の「源氏物語押絵貼屏風」。かなりの大作で源氏物語美術のシンボル的存在です。かつて京都文化博物館で展示されたことがあるのですが、それ以来一度も公開されていない作品です。源氏物語を題材にした作品は、大きな屏風形式のものや手が細かいものも残っているのですが、ここまで綿密に描かれているのは珍しい。

高木:展示室内を見渡すと、全体的に大きくて迫力のある作品が多い気がします。江戸から近代のフロアにいきなり飛んでしまいますが(笑)、横山大観の『富士図』も“THE 大観!”という感じでインパクトがありますね。

横山大観『富士図』 1939(昭和19)年

岡田:当館のコンセプトのひとつが日本美術に関して詳しくない方が観ても感動していただけるということです。そのため、画題は美人画や花鳥画といった綺麗なもので、なるべく大きな作品をゆったりと展示しています。所蔵作品は1500点以上ありますが、特に近代の絵画が多く、なかでも竹内栖鳳をはじめとする京都画壇に関しては名品揃いだと自負しています。

一番左/竹内栖鳳『猛虎』 1930(昭和5)年

岡田:竹内栖鳳といえばライオンですが、こちらの『虎図』も見どころのひとつです。よーく見ると、口の周りや歯茎のあたりも、シンプルな黒や赤ではなく色をたくさん重ねているんですね。なのに遠くから見るとちゃんと虎の口になっている。すごい技術だと思います。おそらく栖鳳はヨーロッパの動物園で虎を見てこのような絵を仕上げたのでしょう。オープニングでは、できればライオンも同時に並べて楽しんでいただきたいですね。

高木:近寄ってみるとヒゲの描写なんかもすごいですね。この描きぶりはこの近さでないと絶対にわからない。

岡田:そうですね。なるべく近い距離で画家の筆致が見られるように、ガラスは透過率がとても高いものを使用しています。しかもガラスケースと作品の距離が30㎝から50㎝ほどなので、日本美術の大きな魅力である画家の筆遣いがじっくりと鑑賞できるんです。

高木:このガラス本当にいいですね。頭をぶつけそうなくらい透明です(笑)

左/竹久夢二『紅衣扇舞』 制作年不明 右/竹久夢二『切支丹波天連渡来図』1914(大正3)年

岡田:近代絵画のコレクションは京都画壇が中心ですが、竹久夢二の作品が約350点揃っているのも当館の大きな特徴です。

高木:夢二だけで350点! 年代的に満遍なくあるのでしょうか?

岡田:満遍なくあります。夢二といえば女性遍歴が有名で、関係があった女性中心で年表ができてしまうくらいなのですが、絵画作品はもちろん作詞も文章も挿絵も本当に素晴らしい。色もパステルを使ったり、さまざまなメディアに挑戦したりと、今で言うところのマルチクリエイターなんですね。今後、このコレクションを核として夢二の作品もいろんな形で展示していけると思います。

福田美術館の学芸課長岡田さんのイチオシ作品は?

江戸絵画と近代絵画の優品が揃う福田美術館ですが、ひと通りコレクションの概要を教えていただいたところで、少しだけ秘密の取材とまいりましょう。テーマはほぼ毎日このコレクションを観ている学芸課長の岡田さんによる超私的なイチオシ作品のご紹介。学芸課長としてではなくひとりの日本美術愛好家として伺いました!

与謝蕪村の『猛虎飛瀑図』

与謝蕪村『猛虎飛瀑図』 軸装 絹本着色 1767(明和4)年

岡田:超個人的にですか! うーんどうしようかなぁ。本当に迷いますが、江戸の作品でしたら、与謝蕪村の『猛虎飛瀑図(もうこひばくず)』です。これは虎を描いているのですが、当時の絵師たちは生きている虎を見たことがないから長崎経由で入ってきた敷物になった虎や猫を見て描いた。蕪村だけでなく、応挙も若冲もみんなそうですが、虎を見たことがないのに必死に描いているんですね。

高木:やっぱりみなさん猫を見ながら猫を描いているので、違いますね。

岡田:そうなんです。ですからこの虎ちょっと変ですよね。虎は通常足先は丸まっているのですが、この絵の虎はガッと大きく開いていますし、こんな足の指が太い虎はいません。その理由はおそらく指先まですべて開かれたぺったんこの毛皮を見て描いたからではないかと。ぐにゃぐにゃした背骨にも違和感があります(笑)

高木:毛皮を見て、猫を見ながら描いていたんですね。おもしろい! それにしても蕪村というと文人画の印象が強いのですが、虎って珍しいですね。この絵にも蕪村らしさは見て取れるのでしょうか?

岡田:若干、下草だけに…(笑)。この後も同じような下草の描き方は結構見られます。

高木:なるほど相当、長崎の支配下にあったんですね(笑)。

岡田:風に揺れる竹の部分だけを水墨画にしたような作品は残っています。本作は岩も中国風の描き方をしているのですが、全体として見たときにこれだけ長崎派、南蘋(なんぴん)派の流派に振り切った作品というのはありませんね。

高木:ははぁ。蕪村の作品としてはとびきり新鮮ですね。それでこの絵が岡田さんの超私的イチオシであると。

岡田:そうですね。この絵はおそらく朝鮮半島で描かれた虎をイメージしていますが、眉毛だけ白髪なのもおもしろいですね。描かれたのは明和4年。蕪村は明和3年から5年にかけて香川を訪れていますが、京都に一旦戻った時に描いたものでしょう。明和4年というと、前の年に若冲が『動植綵絵』を描き終えた年にあたります。ここからは完全に想像なのですが、蕪村はこのころ長崎派に影響を受けて写生的な花鳥画を志向していた。ですが、香川から京都に戻って若冲の『動植綵絵』を見て、これは勝負にならないと感じ、花鳥画から文人画に舵を切ったのではないかと(笑)。

高木:確かに動植綵絵を見せつけられてはね(笑)。それでこっちはやめて、もう自分らしく行こうかなと(笑)。おもしろいですね。

岡田:蕪村は、このあと知識人が描いた画風をつきつめて文人画の世界に到達しますが、一時期いろんなことに挑戦しているんですね。ものすごく写実的に描きながらアバンギャルドな筆致があったりして。若い時にいろんな作品を描いて、そして自分のスタイルを身につけていったのです。

右/円山応挙『厳頭飛雁図』 軸装 紙本墨画淡彩 1767(明和4)年

岡田:ちなみに蕪村の右隣に展示されている、円山応挙の『厳頭飛雁図』は同じ年に描かれた作品です。滋賀県にある圓満院寺というお寺の御門跡が応挙のお弟子さんだったので、その人の注文で描いた作品です。応挙はこういったパトロンを得て、さらには天皇家などさまざまなところで仕事を拡大していきました。その一方で、蕪村は京都の町衆からの依頼で絵を描いていました。
ですから、この明和4年から江戸時代中期にかけての京都はすごいですよ。四条通りを中心に、ほとんど歩いて10分くらいの場所にスター絵師たちが集まっていた。四条通りに応挙がいて、錦には若冲がいて、仏光寺の下ったところに蕪村がいた。この時蕪村は出稼ぎに行っていて、弟子の葬式のために帰ってくるのですが、帰って来たらここに全員がいた。そこで『猛虎飛瀑図』を描いたもののやめとこうと。

高木:この人とこの人(応挙と若冲)がいたらあきらめますよね(笑)

伊藤若冲『群鶏図押絵貼屏風』 屏風 六曲一双 紙本墨画 1795(寛政7)年

岡田:応挙、蕪村、若冲の作品は並べて展示したいと考えています。文字としては残っていないのですが、画家たちの中のせめぎ合いや葛藤、お互いを意識したようなものが3点並べると分かっていただけるのではないかと思います。

高木:そういう絵の見方っておもしろいですね。ロマンというかドラマというか。

岡田:確実に同じ場所にいて同じ空気を吸って、もしかしたら同じ錦の野菜を食べていたかもしれないんです。それなのに、それぞれ売ることを前提と考えた時に住み分けができているんですね。

高木:そう考えると京都の美術館でこれらの作品を展示するということは、とても意義のあることですね。

岡田:京都は時代時代でさまざまな文化が集中していて、そのため古い町ですが逆に新しいことを取り込んで成長していったという側面もあります。日本美術に関しては狩野派という流派がそれまでずっと続いていて、応挙、蕪村、若冲の3人は新しい側の人たちなんですね。同じ時代に同じところで描いていて、それを「おもしろいね」って京都の人たちが話していたかもしれません。応挙以外は決して主流にはならなかった人たちなのですが、歴史のある京都で新しい画家が活躍するというのは本当に京都らしいですね。

橋本関雪の『後醍醐帝』

橋本関雪『後醍醐帝』 1912(大正元)年 第6回文展出品作

岡田:近代のコレクションの中でいうともうこれしかありません。橋本関雪の『後醍醐帝』という屏風絵です。右側から左側に視線を移すとき、怖い顔をした僧兵たちの先に女性がいるのですが、よく見ると口髭と顎髭がある。本作は後醍醐帝が女性に身を窶(やつ)し御所から出て吉野へ逃げ落ちるシーンを、計算尽くして描かれた作品です。

高木:色々詰まっている作品ですね。時間の流れが絵巻みたいにあったり、琳派のたらし込みがあったり、技法としては日本ですが、階段部分の立体表現や人物の描き方に西洋絵画の表現もあります。この作品を選んだ理由はどんなところですか?

岡田:実はもう1か月くらい作品を見ているのですが、どんどんこの人すごいなぁと感じるのが「馬」です。

高木:え!! 馬ですか?

岡田:いや、この馬すごいですよ。関雪は動物を描くのが上手い人で、特に猿の絵なんかが有名なのですが、この馬も抜群に上手い! でも、この絵の中には人物がたくさんいて馬は脇役なんです。それにも関わらず、ここまで馬に力を入れているんです。

高木:でも最初に注目したのは馬ではなかったんですよね?

岡田:そうですね。やはり最初は後醍醐帝でした。後ろの従者が三種の神器のようなものを持っていて。今年は御即位もありましたので、このあたりから受け継がれているのだなぁとか、この題材の絵を描くには相当勉強が必要だなぁなどと思って見ていました。

高木:関雪もやはり歴史を学んでいたんですね。

岡田:そうですね。馬の右側に座っているのは楠木正成なのかなとかいろいろ言われているのですが、鎧の文様ひとつとってもここまで破綻なく描けるのは、古来の技法が分かっていないと絶対に描けません。ですから歴史とともに古い絵の技法もすごく勉強していると思います。

高木:なるほど! 最初は後醍醐天皇で次は武士の鎧などのディテールに目が行ったと。そして、最後に辿り着いたのが…。

岡田:馬!(笑) よくみると暴れている馬を男性が力を入れてグッと掴みながら抑えている。馬は右側を向いていて男性は左側を見ていないといけないのですが、この動きに込められた緊張感がすごい!

高木:右側にいるお尻がこちらに向いているのも馬ですよね?

岡田:右側の馬はお付きの人が乗っているような馬ですね。左側は赤い鞍がのっていて白馬なので特別な馬だと思います。口の周りのヒゲもしっかり描いているんです。男性の腕を見ても、左側に持っていこうとすごく力が入っているのが分かります。

岡田:屏風の正面右側に立つと男性が見えなくて、中間あたりまで来ると男性が馬を引っ張っているのが見えてくる。そして、視線の先に後醍醐帝がいる。この構図も素晴らしいんです。

高木:やっぱり屏風本来の置き方で見るのっていいですね。今、おっしゃっていたような動きも、べたっと平面で展示されていると最初から見えてしまいますよね。そうするとこの屏風という仕組みや空間をフルに使っている作品の真髄が見えなくなってしまうという。

岡田:どんな絵でもそうなのですが、前に人がいて、その後ろに誰かがいて、その後ろ後ろ後ろ…と描き分けていくというのもすごい技術なんですね。普通に描くと右側に集まった僧兵たちも、どこかで線がおかしくなって、色や構図のバランスが崩れてしまうのですが関雪はまったく破綻なく描いています。

高木:右側がぎゅっと凝縮されて、静かになっていくというのも屏風の形式をうまく使っていますね。

岡田:こちらの絵は文展という展覧会に出品した作なのですが、すごく力が入っています。応募して全員が採用されるわけではないので、出品された時点で画家にとっては名誉なこと。とても見応えがある作品です。

気になる福田美術館の開館記念展は?

福田美術館では、2019年10月1日から2020年1月13日に、開館記念展が開催予定です。最後に気になる展示内容をお聞きしました。

岡田:会期を前後期に分けて、完全入れ替えで福田コレクションの中から約120点の作品を展示します。展示作品はまだ完全に決まっておりませんが、前期は琳派、後期は狩野派の予定です。
前に挙げた作品以外にぜひ見ていただきたいのが渡辺始興(わたなべしこう)です。江戸時代の中ごろ18世紀に活躍したのですが、今人気の琳派の系譜につながる絵師でもありますし、応挙にも影響を与えた人物です。華やかな花鳥画などの作品も残していますので、琳派と狩野派をつなぐような形で開館展にも展示したいと考えています。

渡月橋を見渡すことができるカフェも大注目の福田美術館は、展示点数をしぼって一点一点をじっくりと楽しめる日本美術の新たな発信拠点です。国内外から大注目の嵐山ですが、ここでは名作に囲まれてゆったりとした時間を味わえそう!

福田美術館概要


開館日:2019年10月1日(予定)
開館記念展会期:2019年10月1日〜2020年1月13日(予定)
※開館日および展示内容は異なる場合があります。
住所:京都府京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町3-16
交通アクセス:JR山陰本線(嵯峨野線)「嵯峨嵐山駅」下車徒歩12分、阪急嵐山線「嵐山駅」下車徒歩11分、嵐電(京福電鉄)「嵐山駅」下車、徒歩4分
福田美術館公式サイト
※緊急事態宣言の期間中、美術館は臨時休館となります。詳細・最新情報は、美術館のHPをご確認ください。
撮影/伊藤信 写真提供/福田美術館(外観)