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2021.05.27

名作競演で知る近代日本画家の悩み。日本画とは何か?を岡田美術館で考えた!

神奈川県・箱根にある岡田美術館では、2021年4月3日(土)~9月26日(日)まで『東西の日本画 ―大観・春草・松園など―』を開催中です。明治時代に海外からアートという概念がもちこまれ「日本画とはなにか」を模索した画家たちの作品を俯瞰して観られる絶好の機会! その見どころを展覧会の企画を担当した稲墻(いながき)朋子学芸員に伺いました(聞き手は和樂web編集長 セバスチャン高木)。

稲墻朋子学芸員プロフィール
学習院大学大学院人文科学研究科博士後期課程単位取得退学。
2011年より岡田美術館学芸員。専門は日本近世絵画史で、主に肉筆浮世絵を研究。
『美術館で巡る広重「東海道五十三次」の旅』(2016年)、『歌麿大作「深川の雪」と「吉原の花」』(2017年)、『北斎の肉筆画』(2020年)などの展覧会を担当。

近代の日本画は悩みの跡が見える?

セバスチャン高木(以下、高木):これくらい近代をまとめて見られる機会ってなかなかないですよね。

稲墻学芸員(以下、稲墻):そうなんです。同じ近代日本画でも、2014年に開館一周年記念展として行った『大観・春草・御舟と日本美術院の画家たち』では日本美術院に所属していた画家の作品を展示しました。今回はそれ以外の上村松園、村上華岳などの画家も展示し、東と西という視点で、近代に花開いた多彩な美術を紹介しています。

菱田春草 『海月』 (部分) 明治時代 20世紀初頭 岡田美術館蔵

高木:今回展示されている画家の中だと、私は菱田春草がすごく好きで。でもなかなか近代の日本美術にまで行きつかなくて。

稲墻:わかります。私の専門は浮世絵が中心なんです。なので、勉強しながら企画をしているという感じなんです。江戸から近代って時代が変わりますよね。

高木:西洋の概念が入ってきて、江戸時代と明治時代とが分断しましたよね。なんとなくそれで近代の日本画を避けてきたんです。でも最近近代ってすごいと思って。

稲墻:本当にそうですね。皆悩みながら「新しい日本画を作る」ということにそれぞれ力を注いだというか。

高木:おそらく江戸時代までは、何を描いたらいいかって悩まなかったと思うんですね。

それが突如アートという概念が入ってきて、それまでなかったコンセプトの必要性にさらされる。その苦悩の跡が面白いというと失礼なんですけれど。

稲墻:そこも魅力ですよね。作品からもわかりますし、画家の言葉もたくさん残っているので、そういう面を知るとより面白さを感じます。

高木:突如日本画と西洋画みたいなのにわかれて、「じゃあ日本画ってなんだ」っていうアイデンティティの崩壊にさらされていたんじゃないかなと。

稲墻:そうですね、江戸時代が平和だったのがよくわかります。現在展示している作品は明治時代後期以降の作品が主となっています。明治維新を経験して、本当につらい時期を乗り越えた画家で作品を展示しているのは橋本雅邦や狩野芳崖です。

高木:じゃあメインはその次の世代ってことですよね。

稲墻:そうですね、次の世代以降の作品が比較的バランス良くご覧いただけます。

高木:江戸時代末期から明治の画家、河鍋暁斎とか狩野芳崖とか橋本雅邦などは、描くことに対してそんなに悩んでないんじゃないかなと思っています。金銭的には苦しんだのかもしれませんけれど、描くということについてはまだ江戸をひきずっているというか。明治時代の中頃になると、「日本画とはなにか」をある人はモチーフに求めたり、ある人は技法に求めたり、人それぞれですごく面白いなって。

稲墻:この時代は描くこと自体の意味が変わっていったのだと思います。

稲墻さんのオススメ

高木:稲墻さんにとっての目玉というか、お好きな作品はなんですか?

稲墻:上村松園と鏑木清方の東西美人画対決です。上村松園は同じ女性としてすごいなと尊敬しています。実は、岡田美術館で仕事をするまで、少し苦手だったんですけど、今はこの2人の作品に魅力を感じます。

大橋翠石の虎も好きですね。最近展覧会がようやく開かれるようになった人なんですが、存命中は横山大観、竹内栖鳳と並ぶくらいの大御所だったといわれているんです。

大橋翠石 『虎図屏風』(右隻部分) 明治時代 19世紀末〜20世紀初頭 岡田美術館蔵

高木:虎と言うと竹内栖鳳の印象が強いですね。

稲墻:2人は同時代なんです。あと、私は小林古径も好きです。高木さんは速水御舟の『木蓮』が好きなんですよね。

速水御舟 『木蓮(春園麗華)』(部分) 大正15(1926)年 岡田美術館蔵

高木:なんか速水御舟はちょっと他の人とは違うというか。どこが違うかはうまくいえないんですけど。

稲墻:少し違いますよね。村上華岳もそうですけど、本当に身を、命を削って描いたという感じがあります。今回『求道の画家』ということでひとつの部屋に速水御舟、村上華岳、小茂田青樹と、精神性の高い絵を描いた画家を集めて展示しています。

横山大観 『霊峰一文字』(部分) 大正15(1926)年 岡田美術館蔵

稲墻:2階に展示されている横山大観の『霊峰一文字』という作品は、長さ9mという迫力です。実際に文楽の劇場で舞台幕として使われていました。

高木:これすごいですよね! とすると、この横山大観の作品も含めて『東西の日本画』ということですね。肉筆の浮世絵と、近代の日本画で違いはありますか?

稲墻:美人画で比べてみていただくとわかりやすいかもしれません。特に今回の展覧会のうち、上村松園で見ていただきたいのが「色」なんです。こういう明るい濁りのない色はまさに上村松園の魅力ですね。

上村松園 『汐くみ』(部分) 昭和16(1941)年 岡田美術館蔵

稲墻:上村松園は失われつつある日本女性の美を描き残そうとした人で「女性の美に対する理想やあこがれを描き出したい」と語っています。

高木:生え際へのこだわりが半端ないですよね。

稲墻:すごいですよね。あと眉毛とか、指先にも配慮が感じられます。この1本の紐だけ見ても、線が本当に美しいと思います。

高木:この方も手を抜かない方ですよね。抜くどころか、命を削ってという感じがします。

稲墻:本当にそうですね。15歳くらいから賞をとって、ずっと第一線でという人ですから、その努力はものすごいものがあったと思います。

今回の展覧会ではそれぞれが日本画の革新、「新しい日本画を作る」ということを掲げて挑戦していった跡を見ていただきたいです。

高木:上村松園は浮世絵の影響を受けていたりするんですか?

稲墻:上村松園が若かった時代は、人物画のお手本がほとんどなかったそうです。浮世絵、とくに錦絵は好きだったようなので、影響はあるかもしれません。

高木:確かに応挙の人物画から学んでいたらこんなふうにはならないですよね。

稲墻:品格という点では円山応挙からの影響というか、繋がりが感じられると思います。本人も「応挙とその時代が好き」と書いています。

ここまで完璧な美、この世の人とは思えないような穢れのない女性像は、上村松園ならではだと思います。

同じ部屋の向かい側には鏑木清方の作品がありますが、こちらはもっと生身の女性を描いたという感じがして、女性の描き方の違いも面白いです。

そのほか、数は少ないですが、近代の画家たちが琳派を学習し、そこから自分の新しい表現をつくっていった時期があります。例えば俵屋宗達の水墨画を学んだ小林古径の絵など、近くに並べてその影響関係が感じられる展示を4階でしていますので、こちらもご覧いただけたらと思います。

岡田美術館について

箱根・小涌谷に2013年10月にオープンした美術館。「古くから日本で受け継がれてきた美術品を大切に守り、美と出会う楽しさを分かち合い、次代に伝え遺したい」との願いから、構想されました。

美術館正面。福井江太郎氏が描いた縦12m、横30mにもおよぶ大壁画『風・刻(かぜ・とき)』を100%源泉かけ流しの足湯に浸りながら鑑賞できます

美術館では日本・中国・韓国を中心とする古代から現代までの美術品を収蔵。掛軸や屏風、やきもの、土偶や埴輪、蒔絵、仏像など、多岐にわたる美術品を、時代の流れや流派にそって常時約450点展示しています。

また、いくつかの作品には、液晶タッチパネルによる作品解説(日・英・中・韓・子ども向け)の解説も用意。多くの方が楽しめる工夫がされています。

また、美術館だけでなく、約15,000㎡の庭園は「〜湧水・樹木の生命力〜 自然の恵みを感じる庭園空間」をコンセプトに掲げ設計。四季折々の箱根の自然を五感で楽しめます。

展覧会情報

展覧会名:『東西の日本画 ―大観・春草・松園など―』
期間:2021年4月3日(土)~9月26日(日)
住所:神奈川県足柄下郡箱根町小涌谷493-1
開館時間:午前9時〜午後5時(入館は4時30分まで)
休館日:会期中なし
入館料:一般・大学生 2,800円、小中高生 1,800円
公式サイト

書いた人

編集長から「先入観に支配された女」というリングネームをもらうくらい頭がかっちかち。頭だけじゃなく体も硬く、一番欲しいのは柔軟性。音声コンテンツ『日本文化はロックだぜ!ベイベ』『藝大アートプラザラヂオ』担当。ポテチと噛みごたえのあるグミが好きです。