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2016.03.23

大徳寺・黄梅院とは?信長、秀吉、利休ゆかりの魅力を知る!

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写真/千利休作とされる黄梅院の「直中庭」には秀吉がオーダーした瓢箪池や清正ゆかりの朝鮮灯籠があり、自然の生命力まで感じられます。

京都観光の穴場!知る人ぞ知る美しき古刹、大徳寺・黄梅院【特別公開】

信長、秀吉、利休ゆかりの大徳寺・黄梅院

千利休(せんのりきゅう)が作庭した「直中庭(じきちゅうてい)」で知られ、織田信長、豊臣秀吉など戦国大名にゆかりの深い大徳寺・黄梅院(おうばいいん)。京都通や庭好きの人たちが毎年楽しみにしている、黄梅院の特別公開が今年もいよいよ始まります。

黄梅院の歴史

黄梅院は織田信長が、父・信秀の追善供養のために営まれた小庵「黄梅庵」を前身とします。本能寺の変によって信長が急逝すると、羽柴(豊臣)秀吉が徐々に増築し、毛利元就(もうりもとなり)の三男で後に秀吉の五大老のひとりとなった小早川隆景(こばやかわたかかげ)によって堂宇が整備され、天正17(1589)年に塔頭「黄梅院」となりました。それから今日まで、小早川氏の宗家・毛利氏の菩提寺(ぼだいじ)として受け継がれています。

見どころ1 雲谷等顔の襖絵

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小早川隆景の援助によって建立された本堂は禅宗寺院特有の方丈建築。特に見逃せないのが障壁画で、雲谷等顔(うんこくとうがん)の手による写真の室中(しつちゅう)『竹林七賢図(ちくりんしちけんじん)』や檀那(だんな)の間『西湖図(せいこず)』など重要文化財の襖絵44面が残っています。
雲谷等顔は毛利家の御用絵師として雲谷派を率いた、桃山時代を代表する絵師のひとり。雪舟(せっしゅう)を手本にして腕を磨いた等顔は、大胆な構図を得意とした水墨画の名手として知られています。その等顔の襖絵がこれだけまとまって見られるのは、等顔が黄梅院にゆかりの深い毛利家の御用絵師だったことに由来します。

見どころ2 多彩な庭

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本堂と書院の周りを囲む広々とした庭は、春の訪れとともに装いを新たにし、緑の濃淡のみずみずしさはこの時季ならでは。
書院南庭は千利休が62歳のころに作庭したとされる「直中庭」。一面苔におおわれた枯山水庭園には豊臣秀吉が希望した瓢箪(ひょうたん)をかたどった池があり、加藤清正が持ち帰った写真の朝鮮灯籠が据えられています。
また、本堂前庭にあたる「波頭庭(はとうてい)」は簡素な美しさをたたえていて、唐門(からもん)の花頭窓(かとうまど)からのぞくと、まさに波打つ海のようです。方丈の北裏側には〝生々流転(せいせいるてん)〟を表した「作仏庭(さぶつてい)」。様々な趣ある庭が目を楽しませてくれます。

見どころ3 創建当時の庫裏

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庫裡(くり)とは仏教寺院における建造物のひとつで、僧侶の居住空間とともにまた台所の機能を持つものです。黄梅院の庫裏は小早川隆景が寄進して建てられたもので、日本に現存する禅宗寺院の庫裡としては最古のものです。

ほかにも見どころいっぱい

書院の茶室「自休軒(じきゅうけん)」は伏見城の遺構を移したものとされ、書院に組み込まれた四畳半の茶室「昨夢軒(さくむけん)」は千利休の師である武野紹鷗(たけのじょうおう)好みとして知られています。

京都観光の穴場!知る人ぞ知る美しき古刹、大徳寺・黄梅院【特別公開】

写真/ゆったりとしたスペースの書院。南側にある「直中庭」は〝苔の枯山水〟と称され、畳敷きの書院の縁側に腰かけでゆっくり眺めていたくなるほど。どの視点から眺めても趣がある庭は、さすがは利休とうならされます。

DDC_3357s磨き込まれた床や柱、シンメトリーな構成も美しい回廊。

ZXC_9212s特別公開のこの時季、緑萌える黄梅院で格別なひと時を。

大徳寺 黄梅院 特別公開

拝観期間/3月23日(水)~5月22日(日) ※4月12日~5月22日は「春の京都禅寺一斉拝観」のキャンペーン期間で拝観料など一部変更されます。詳しくは「春の京都禅寺一斉拝観」ホームページをご覧ください。
拝観時間/10時~16時(最終受付)
拝観料/600円(高校生400円、中学生300円) ※小学生以下無料(要保護者同伴)
特別公開/「直中庭」、茶室「昨夢軒」、方丈庭園「破頭庭」、雲谷等顔筆本堂障壁画(重文・複製)、庫裡(重文) ※本堂屋根の修復中のため、期間中、方丈庭園は鑑賞できません。
黄梅院(地図)

問い合わせ先
京都春秋事務局 Email 寺院公開情報

写真/小西康夫