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フェルメール

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数字で知る! 天才画家・フェルメールの謎多き生涯とは?

謎めいた画家。そう呼ばれることが多いヨハネス・フェルメール。どんな時代を生き、何を愛したの? なぜこんなに魅力的な作品が描けたの? 和樂INTOJAPANではその謎を解明すべく、残された「数字」を手がかりに、生涯をひもときました。そこには、意外な仕事観や興味深い人物像が…今回は【15】、【17】、【43】から、フェルメールの生涯を探ります!

【17】…17世紀オランダを代表する画家

フェルメールレンブラント・ファン・レイン「夜警」1642年アムステルダム国立美術館/ドラマチックな光と深い影で市民自警団を描いた、幅4.37mもある巨大な名画。実は昼間の情景。©UIG/PPS通信社

フェルメールが活躍したのは、オランダ絵画黄金時代と呼ばれる17世紀。“光と闇の魔術師”レンブラントもこの時代の画家です。フェルメールが20歳で独立した1653年には、レンブラントが47歳。ふたりの年齢差は27歳でした。「夜警」などで名をはせていた巨匠を、フェルメールはいやでも意識したでしょう。同じころ、ベルギーではルーベンス、スペインではベラスケス、日本では浮世絵の菱川師宣や狩野派の狩野探幽が活躍中でした。

【15】…実家は高級宿屋で子供が15人

フェルメール「ギターを弾く女」1670年ごろ ケンウッド・ハウス/娘のエリザベスを描いたという説もある。©akg-images/PPS通信社

「空飛ぶ狐」と「メーヘレン」。フェルメールの父親が営んでいた宿屋です。メーヘレンは画商も兼ねていて、顧客には芸術家もいっぱい。フェルメールがだれに絵を学んだかは解明されていませんが、美術に触れる機会は多かったことでしょう。やがて20歳で画家ギルドに加わり、プロの画家として独立。その前年には名家の娘カタリーナと結婚し、義母の家(8LDK地下室付き!)で同居が始まります。フェルメールの絵に幼児はほとんど登場しませんが、実は子供が15人。ちょっと意外です。

【43】…人生43年のほとんどをデルフトで過ごした

フェルメール「デルフトの眺望」にも描かれた新教会。今も17世紀の面影を宿すデルフトだが、この街にはフェルメール作品は1点も残っていない。©AGE Fotostock/PPS通信社

フェルメールが生まれたデルフトは、石畳と運河と煉瓦の建物で彩られた美しい小都市です。画家を志すならローマやスペインで学べ! といわれた時代に、この街を愛し、生涯43年のほとんどを過ごしたフェルメール。市街地の4分の1が破壊された1654年の火薬庫爆発事件で、多くの芸術家が街を去り、自身の絵の大半が焼失した後でさえ、デルフト愛を失いませんでした。やわらかな光と人物とが溶け合うような室内画や、マルセル・プルーストが小説で「世界で最も美しい絵画を見た」と讃えた風景画は、そんなフェルメールだったからこそ、描き得たのかもしれません。

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