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2018.09.20

日本美術の革新!若冲と北斎を変えた魔法の色「ベロ藍」とは?

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空や海などの“青”は、自然界に欠かすことができない色のひとつです。にもかかわらず、絵画の歴史に青が登場するのは比較的新しく、それから人の目に映る自然の青がそのまま描かれるようになるまでには、非常に長い時間を要しました。今回は、そんな日本美術の青に革命を起こした、“ベロ藍”の歴史をひもといていきます。

日本美術の青に革命! “ベロ藍”の歴史とは?

伊藤若冲名作「動植綵絵」にもベロ藍が使われていた!

徳川幕府が江戸に開かれ、かつてなかった平和な世の中が実現したことで、日本美術にも飛躍的な進歩が訪れます。

この時代の京都に、彗星のように現れた絵師・伊藤若冲は、生家が富裕な商家であったことから、最上質の顔料を自在に使用していました。だからこそ、極彩色で美しい最高傑作「動植綵絵(どうしょくさいえ)」を描くことができたわけで、緻密に織りなす顔料の色合いは今日までいささかも失われていません。

たとえば「貝甲図(ばいこうず)」の瑞々しい青は、最高級の群青を用いたからこその発色で、藍と思われる青も散見されます。

ベロ藍伊藤若冲「動植綵絵 貝甲図」一幅 絹本着色 宝暦11~明和2(1761~1765)年ごろ 142.2×79.7㎝ 宮内庁三の丸尚蔵館

これまで、“群青”と“藍”、このふたつが「動植綵絵」の青の原料だと考えられていました。しかし、その後の研究によって、「群魚図(ぐんぎょず)」の左下に描かれた濃紺のルリハタに、プルシアン・ブルーが用いられていたことがわかったのです。

ベロ藍伊藤若冲「動植綵絵 群魚図」一幅 絹本着色 明和2~3(1765~1766)年ごろ 142.3×79.9㎝ 宮内庁三の丸尚蔵館

プルシアン・ブルーは、18世紀初頭にドイツ(プロシア)・ベルリンの染色・塗料職人が、赤い顔料をつくろうとしていたときに偶然発見された青色顔料です。日本には延享4(1747)年に輸入されました。若冲がどのような経緯でプルシアン・ブルーを手に入れたのかは定かではありませんが、より美しい顔料を求めていた絵師としての向上心がそこに透けて見えます。

青の発色が難しかった浮世絵に革命!

ベロ藍プルシアン・ブルー。写真提供/Alamy(PPS通信社)

そしてこの新しい顔料は、江戸町人の間で大流行していた浮世絵にも多大な影響を与えることになりました。

江戸時代初期に墨摺絵(すみすりえ)から始まった浮世絵版画は、やがて多色摺(たしょくずり)へ発展します。ですが、青を発色させるのは難しく、初期の鈴木春信の美人画には露草(つゆくさ)が使われ、その後の東洲斎写楽などの役者絵には藍が用いられていました。しかし、植物由来の顔料は発色や色の定着に難があり、常に試行錯誤の繰り返しだったと伝わります。

そこに登場したのが、水によく溶け、鮮やかな色を保ちながら濃淡で遠近感を表現しやすく、変色することがない舶来(はくらい)のプルシアン・ブルー。まさに万能な青の顔料を浮世絵師たちは大歓迎し、“ベルリンの藍”を略した“ベロ藍”という名称が一般的になります。

ベロ藍の印象的な浮世絵が、ジャポニスムブームを巻き起す!

ベロ藍葛飾北斎「冨嶽三十六景 凱風快晴」横大判錦絵 文政13~天保3(1830~1832)年ごろ 25.4×37.8㎝ メトロポリタン美術館 The Metropolitan Museum of Art. Henry L. Phillips Collection, Bequest of Henry L. Phillips, 1939

このベロ藍で大ヒット作を生み出したのが葛飾北斎です。入手困難で高価なベロ藍を版元・永寿堂(えいじゅどう)から渡された葛飾北斎は、文政12(1829)年から浮世絵風景画の「富嶽三十六景」シリーズを刊行。シリーズ作品のすべての空や、水の部分に藍とベロ藍を配合して使用していたばかりか、輪郭線を墨ではなくベロ藍で描くように摺師へ指示。葛飾北斎が青の使い方を工夫して、画面を明るくするテクニックも編み出していたのです。

さらに、新進だった歌川広重も風景画「東海道五十三次」シリーズに取り組み、大胆でユニークな構図をベロ藍による美しい青でさらに印象的に仕上げました。

ベロ藍歌川広重「東海道五十三次 沼津・黄昏図」横大判錦絵 天保4~5(1833~1834)年 22.6×34.4㎝ 国立国会図書館

葛飾北斎や歌川広重の浮世絵はその後、幕末期を迎えた19世紀の半ばにフランスへもたらされます。西洋にかつてなかった平面的な構図や配色の美しさが評判となり、“ジャポニスム”という一大ブームが巻き起こったのです。

青の歴史をたどると、それは、より美しい色彩表現の可能性を求めた絵師たちの、欲望と革新の歴史でもありました。

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