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2019.09.27

京都・2019秋の特別公開情報 狩野派の障壁画がすごい聖護院門跡(9/21~12/8)

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本山修験宗の総本山である聖護院門門跡(しょうごいんもんぜき)は、明治時代まで代々の皇族や摂関家が門主(住職)を務めてきた宮門跡(みやもんぜき)として知られ、かつては天皇の仮御所にもなった格式高い寺院です。

それを証明するかのように、境内は狩野派の絵師による絢爛豪華な障壁画に彩られ、大玄関から上段の間まで続く金碧(きんぺき)障壁画は、花鳥や賢人、雄大な自然などの画題が100余面も!
また、廃仏毀釈の際に廃寺となった末寺から本尊を預かったことから、たくさんの不動明王像が安置されています。

聖護院門跡の秋の特別公開

宮門跡ならではの貴重な文化財が、後水尾(ごみずのお)天皇が女院のために建てた優美で繊細な書院とともに、令和元年の秋、9月21日(土)~12月8日(日)に特別公開されます。
さらに今年は、天皇陛下ご即位奉祝の寺宝も特別展示。秋の特別公開でも注目を集める存在となっています。

あれもこれも必見!

孔雀の間襖絵

狩野派筆 宸殿障壁画

宸殿の金碧障壁画100余面は、狩野山雪の子・永納と、狩野探幽の養子・益信によるもの。緑青や朱を使った迫力溢れるものから、墨を主とした落ち着きのあるものまで、狩野派のバリエーション豊かな画風が楽しめます。

鶴の間襖絵

本尊 不動明王像(重要文化財)


聖護院に安置された不動明王像の中でも、本堂に安置されている不動明王像は平安後期の作。数度の火災を免れて守られてきた、寺院の歴史を今に伝える仏像です。

書院(重要文化財)

延宝4(1676)年に聖護院が現在地へ移転したときに御所から移築されたと伝わる書院は、後水尾天皇が女院のために建てたもの。恋文を表す折文の形を使った釘隠しなど、たおやかさを意識した意匠が随所に見られます。

【天皇陛下御即位奉祝特別展示】光格天皇親刻 阿弥陀仏


光格天皇が自ら刻まれた阿弥陀仏。妃の三位局の死去を受け、光格天皇の位牌、香炉とともに聖護院へ納められました。

聖護院門跡とは

寛治4(1090)年、白河上皇が熊野三山を参詣する熊野御幸に際して先達を務めた増誉大僧正(ぞうよだいそうじょう)が、その功績を称えられ「聖体護持」の2字をとった聖護院を与えられました。

増誉大僧正は、本山派修験の管領として全国の修験者の統括を命じられ、最盛期には2万余の末寺をかかえる一大修験集団となり、上皇による熊野御幸の案内は代々聖護院大先達が勤め、「伊勢へ七たび 熊野へ三たび 愛宕まいりは月まいり」と詠われたほど熊野詣は盛んになりました。

また、後白河天皇の皇子・静恵法親王(じょうえほっしんのう)が宮門跡として入寺してから明治維新まで、37代の門主のうち25代は皇室、12代は摂家が門跡を務めたという、皇室との関係の深さも特徴です。

謁見の間(上段の間)

ですが、応仁の乱で焼失し、移転した洛北の岩倉で再び火災に遭い、烏丸今出川に建てられた伽藍も大火で延焼。延宝4(1676)年に現在地へ復しました。

現在の建物はこの時のものですが、天明の大火により御所が火災に遭った際は、光格天皇の仮皇居ともなりました。

そして、役行者(えんのぎょうじゃ)一千三百年御遠忌を記念して、数年をかけて行った修理が平成12(2000)年に完成。法要の際は全国から多くの山伏が集まり、大規模な護摩修業が勤行(ごんぎょう)されています。

大玄関から

聖護院門跡ってどんなところ?

明治時代までは、寺域の西側に聖護院村があり、鴨川にかけての鬱蒼とした森は「聖護院の森」と呼ばれていました。その中にあることから「森御殿」とも呼ばれ、今も近所では「御殿」という呼び方が残っています。

この森の紅葉は、錦の織物の様に美しいことから「錦林」と呼ばれ、「聖護院」とともに今も地名として残っています。

聖護院と聞いて多くの人が思い浮かべる「聖護院大根」や「八つ橋」は、この聖護院村でつくられていたことから名づけられたものなのです。

また、聖護院の森は、歌舞伎の「近頃河原達引(ちかごろかわらのたてひき)」の舞台。享保19(1734)年11月16日、この森で心中した、呉服商の井筒屋伝兵衛と先斗町(ぽんとちょう)近江屋の遊女・お俊の事件を、浄瑠璃作家・近松半二が物語としてまとめて上演した作品は「お俊・伝兵衛」の通称で人気を博し、現在も時折上演されています。

本山修験宗総本山 聖護院門跡

特別公開期間:2019年9月21日~12月8日
住所:京都府京都市左京区聖護院中町15
公開内容:大玄関、宸殿、狩野永納・狩野益信筆 宸殿障壁画、本堂、本尊 不動明王像(重要文化財)、書院(重要文化財)、【天皇陛下御即位奉祝特別展示】光格天皇親刻阿弥陀仏、盛化門院持仏薬師如来、原在中筆四季花鳥図屏風

拝観時間:10時~16時(受付終了)
拝観休止日:10月5日・24日~27日は終日拝観休止、11月29日は行事のため区域を限定して自由拝観 ※法務により拝観休止日が増える場合があります
拝観料:大人800円、中高校生・大学生600円、小学生以下無料(保護者同伴)

アクセス:
【京都駅烏丸口から市バス】京都駅前D2のりばから市バス206系統 祇園・北大路バスターミナル行き熊野神社前下車徒歩約5分(目安時間35分)
【京都駅から地下鉄と市バス】地下鉄烏丸線京都駅から国際会館行き→丸太町駅下車。バス停烏丸丸太町から市バス65・93・202・204系統熊野神社前下車徒歩約5分(目安時間25分)
【京阪電車神宮丸太町駅から】5番出口から徒歩約10分
【阪急河原町駅から市バス】バス停四条河原町Eのりばから市バス201・203系統熊野神社前下車徒歩約5分(目安時間20分)
【車・タクシー】京都駅から約25分、阪急河原町駅から約10分。特別公開中は境内駐車不可。境内南側にコインパーキング有り
市バス主要停留所案内図

注意事項:一部を除き、境内は撮影禁止。境内ではスタッフの指示に従ってください。拝観の妨げになると判断した場合は、拝観料をご返納の上、お引き取りいただきます。暴風警報や大雨警報、地震など、拝観に来られる方に危険と判断した際は、事前の予告なく拝観休止とします。休止を決定した時点で公式サイトやFacebook、Twitterにてお知らせします。
聖護院公式サイト 寺院公開情報

書いた人

通称TAKE-G(たけ爺)。福岡県飯塚市出身。東京で生活を始めて40年を過ぎても、いまだに心は飯塚市民。もともとファッション誌から始まったライター歴も30年を数え、「和樂」では15年超。日々の自炊が唯一の楽しみ(?)で、近所にできた小さな八百屋を溺愛中。だったが、すぐに無くなってしまい、現在やさぐれ中。