ロボット大国・日本の原点!? 江戸時代の「からくり人形」はとんでもない技術の結晶だった!

ロボット大国・日本の原点!? 江戸時代の「からくり人形」はとんでもない技術の結晶だった!

大衆化された最新技術! お上の時計から庶民のおもちゃへと大発展

天下泰平の世にあった江戸時代は、大衆文化が花開いた時代でもあります。一部の人が持っていた専門知識は民衆レベルまで共有され、一般大衆の中からさらなる技術が育まれていったのです。江戸時代に生みだされた和製時計、「和時計」は、主に大名家が公務で使用するために作られたものですが、その技術もまた、技術者から大衆へと引き継がれ、大衆文化としての「からくり」を生みました。

人の魂生き写し?! 効率化とは無縁の江戸時代「からくり人形」の世界
袴腰櫓置時計(一部)(大名時計博物館蔵)和時計は、西洋の時計技術を応用し不定時法に合わせて日本独自に作られた時計。

からくりが庶民のものになった瞬間! 竹田からくり劇場の開幕

寛文2年(1662年)の出来事です。大坂の道頓堀で、画期的なからくり人形芝居「竹田からくり劇場」が旗揚げされました。はじめたのは、阿波国出身のからくり師、竹田近江(たけだ おうみ)。芝居からくりの着想は、子供の砂遊びを見ていて思いついたといいます。竹田からくり芝居は、段返り人形、文字書きからくり、変身からくりなど各種からくりの上演と、間に挟まれる狂言や手踊りで構成されました。

民衆はその画期的なショーに熱狂し、竹田からくり座はあっという間に大評判となります。その知名度の高さは、観光ガイド紙「摂津名所図会」に、「竹田からくりを見なければ、大坂に来たことにはならない」と言及されるほど。手頃な価格で子供でも見られるからくり芝居の出現、それはまさに、からくりが庶民のものになった瞬間でした。

人の魂生き写し?! 効率化とは無縁の江戸時代「からくり人形」の世界
「摂津名所図会」寛政10年(1798年)(国立国会図書館デジタルコレクション)より、オランダ人が竹田からくりを見て驚いている様子。「竹田近江機捩戯場」と書いてある横には、「阿蘭陀が足もかゞまぬ目で見れば天地も動く竹田からくり」と狂歌が添えられています。

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