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2019.08.27

これどうやって作ったの? 和時計に秘められた江戸時代の知られざる超絶技巧

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和時計の誕生-日本で使える機械式時計が作りたい!

定時法の機械式時計が役に立たない以上、システムを定時法に変えるか、時計を不定時法に合わせて改良するしかありません。お天道様に合わせて生活を営むことに慣れていた江戸時代の人々が採ったのはもちろん、後者の道。こうして時計師たちの大冒険が始まったのでした。

時計は指針が一定の速さで文字盤の上を動くことで時間を知らせますが、これでは昼夜で一刻の長さが違う不定時法には対応できません。

そこで生み出されたのが尺時計と呼ばれる縦長のものさしのような時計です。尺時計は、錘(おもり)によって指針が下に落ちることで、文字盤に並んだ時刻を示すというもの。文字盤に刻まれた目盛りの間隔が、あらかじめ一刻の長さ分になっているので、指針が一定の速さで動いても、昼夜で違う一刻の長さに対応できます。さらに、目盛りの間隔を変えた文字盤を交換さえすれば、季節によって違う昼夜の長さにも対応できるという画期的な作品でした。

もはや美術工芸品! 和時計に秘められた江戸時代の知られざる超絶技巧
尺時計と間隔の異なる7種類の文字盤(大名時計博物館)

もっと機械化したい! さらなる進化を遂げる和時計!

指針の進むスピードを変更することなく、目盛りの間隔を変えるという逆転の発想で不定時法の複雑さをクリアした時計師たちでしたが、もちろん彼らの挑戦はそこでは終わりません。

さらに進んだ和時計では、なんと指針の動く速度がコントロールできるようになったのです! 「一挺天符(いっちょうてんぷ)」と呼ばれるタイプでは、一日二回、朝夕に人の手で切り替えを行わなければなりませんが、後に進化した「二挺天符(にちょうてんぷ)」には2種類の機械が搭載されていて、昼夜切り替えのタイミングで指針の進むスピードが自動的に切り替わるのです!

もはや美術工芸品! 和時計に秘められた江戸時代の知られざる超絶技巧
二挺天符目覚付袴腰櫓時計(セイコーミュージアム)

昼夜の切替えは自動になりましたが、では、季節によって違う時間の進み方にはどう対応したのでしょうか。厳密に言うと、昼夜の長さは「季節によって」ではなく毎日少しずつずれていくものです。しかしさすがに毎日は調整できないので、春分、夏至、秋分、冬至の間をそれぞれ六等分した二十四節気ごと(15日毎)に人の手で調整を行っていたようです。

書いた人

横浜生まれ。お金を貯めては旅に出るか、半年くらい引きこもって小説を書いたり映画を撮ったりする人生。モノを持たず未来を持たない江戸町民の身軽さに激しく憧れる。趣味は苦行と瞑想と一人ダンスパーティ。尊敬する人は縄文人。縄文時代と江戸時代の長い平和(a.k.a.ヒマ)が生み出した無用の産物が、日本文化の真骨頂なのだと固く信じている。