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2020.07.08

大通りで「公開出産」!?鎌倉時代の絵巻に描かれた出産方法が衝撃的

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出産は命に関わる大仕事。そしてかなりプライベートなものでもあります。立ち会い出産が珍しくなくなった現代ですが、立ち会うのは夫や実母、姉妹といったごく近しい身内がほとんどではないでしょうか。

しかし、かつての日本の出産には、プライベート感がほとんどなかったことを伺わせる絵巻があります。なんとその絵巻では大通りで「公開出産」しているのです!

みんな見てる!大通りに面した小屋で出産する女性

こちらの絵巻は『融通念仏縁起絵巻』という、融通念仏宗を開いた良忍(りょうにん/1073~1132年)の布教活動について描かれたものです。

『融通念仏縁起絵巻』1300年代初頭 クリーブランド美術館蔵

右上の簡素な小屋では、牛飼いの妻が両足を開いてまさに今出産中。両脇を2人の女性が支えています。牛飼いの妻は難産で瀕死の状態でしたが、融通念仏宗を信仰することで命が助かった、ということを伝える絵巻です。当時の出産の様子がわかる、大変貴重な資料でもあります。

注目すべきは、産室の場所。大通りに面しており、近所の人や通行人が出産の様子を見ているのがわかります。近くには犬も牛もいますし、こんなところで出産するなんてありえない!!一体どうしてこんな場所で??その秘密は次項でご紹介しましょう。

なぜ人目につく場所で出産したの?

医療体制の整っていない時代の出産においては、目に見えないものの力を借りる必要がありました。ご紹介した絵巻のように、安産のために宗教に入信したり、上流貴族ともなれば偉い僧が大勢集められたりします。

そして出産には「穢れ」の有無も重要なポイントでした。大通りや河原、村境は穢れのない場所と考えられていたため、出産場所に選ばれたのです。

産んでいる間は無我夢中

筆者である私自身の出産には、夫が立ち会いました。私が痛みで「ぎゃー」とか「あ”ー」とか絶叫する中、ドアの向こうで人々が談笑する声が聞こえたのを覚えています。ドアを1枚隔てた向こう側には、お見舞いに来た人や他のお母さんたちがいたのです。当然私の絶叫もあちらに聞こえているわけで「何だか恥ずかしいな」と一瞬思ったものの、無我夢中だったため、特にそれ以上気にすることもなく出産を終えました。

医療が未発達の時代は、なおさらプライバシーを気にする余裕などなかったのかもしれません。

書いた人

大学で源氏物語を専攻していた。が、この話をしても「へーそうなんだ」以上の会話が生まれたことはないので、わざわざ誰かに話すことはない。学生時代は茶道や華道、歌舞伎などの日本文化を楽しんでいたものの、子育てに追われる今残ったのは小さな茶箱のみ。旅行によく出かけ、好きな場所は海辺のリゾート地。