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読み物
Culture
2020.08.04

お化け屋敷はいつからあるの?歴史と新型コロナで進化した最新スタイルを紹介!

この記事を書いた人

新型コロナウイルスが猛威を振るった2020年は、エンタメ業界にとっても大きな転換期となった。例えば「ドライブインシアター」。密閉空間になりやすい映画館での上映が自粛されたことで、90年代の流行が思わぬ形で復活したのである。
そしてこの「車に乗ったまま」というスタイルは、お化け屋敷にも応用された。仲間たちと車で肝試しに出かける道すがら……と想像すれば、これもリアリティがあって面白い。
あれ、でもそういえば、お化け屋敷ってどれくらい昔からあるのだろう。
筆者が子どもの頃は、時代錯誤も甚だしい朽ちた日本家屋や墓地を模したお化け屋敷がたくさんあった。「お岩さん」や「お菊さん」にビックリさせられたことを考えると、その起源は意外に古いのかもしれない。

日本初のお化け屋敷はお医者さんが自宅をリノベーションして作った?

なんとなくそうかなという感じはしたが、最初のお化け屋敷は江戸時代後期に誕生したといわれている。江戸時代は相撲、歌舞伎、花火、旅行、銭湯など現代まで続く町人文化が花開いた時代。貴族や武士の特権だった娯楽を、庶民も楽しめるようになったことを考えると、なんだかんだ言っても江戸時代は平和だったのかなと思う。

とはいえ、天災や飢饉がなかったわけではない。前述したお化け屋敷が誕生した文政末期から天保初期は、世の中もひどく荒んでいた。そうした世相もあってか、大森(現在の東京都大田区大森)の瓢仙(ひょうせん)という医者が1830(文政13)年、自宅の庭に作った「化け物茶屋」が大ヒットしたようだ。小屋の壁に色鮮やかに描かれた百鬼夜行の評判を聞きつけて大勢人が詰めかけたが、あまりに人が集まり過ぎたため役人から咎められたとか。これがお化け屋敷の原型となった。
ちなみに、海外でお化け屋敷ができたのも同じ頃。1835年マリー・タッソーというフランスの蝋人形作家が、ロンドンに作った「マダム・タッソー館」が起源だ。マダム・タッソー館は世界中に分館があり、日本にも東京のお台場に「マダム・タッソー東京」がある。

怖いもの見たさは抑えられない?人はやっぱりお化けが好き!

公的に「ダメだよ」と言われたのに、たぶん抑えきれなかったのだろう。瓢仙の化け物茶屋から9年後、両国回向院(東京都墨田区)で井ノ頭弁財天の開帳がおこなわれた際、さまざまな見世物に混じって、人形師の二代目・泉屋吉兵衛(いずみやきちべえ:通称は目吉)がお化け屋敷を出店したといわれている。

しかしさすが人形師といったところか、この時のお化け屋敷は土左衛門や晒し首などが精巧に再現されていたのだろう。また棺桶の中から首だけ出した死体(もちろん人形)に月明かりが差し込むなど趣向を凝らした演出で人々を楽しませたというのだから、ほとんど現代のお化け屋敷と変わらない出来栄えだったのかもしれない。
大正時代に入ると、お化け屋敷は光や音をふんだんに取り入れ、怖がらせる見せ物から驚かせるアトラクションへと変貌を遂げる。このあたりになると百貨店の催しとして定着し、夏場の縁日でおこなわれる納涼大会という限定的なものから、季節や場所に関係なく庶民を楽しませるイベントとして発展していった。

どれがお好み?お化け屋敷3つの定番

現在の日本のお化け屋敷には定番の形のようなものが、大きく分けて3つほどある。
ひとつめが「ウォークスルー型」。
これはいわゆる建物の中を歩いて楽しむタイプ。お化け屋敷としては、古典的かつ定番中の定番。曲がり角や扉を開けるときに脅かし役にビックリさせられた読者も多いと思う。
ふたつめは「ライド型」。
こちらはイベントのたびに設営していた小屋発祥のお化け屋敷とは違い、近代になって登場したテーマパーク内に見受けられる大掛かりなタイプのもの。乗り込んだ小型のゴンドラが否応なしに進んでいくので、その場で立ち止まったり、後戻りしたりできない。サイアク顔を伏せていても我慢すればいつかは終わるので、怖いものが嫌いなのに仕方なく付き合う方にはオススメだ。

そして最も新しいのが「シアター型」。映画館のようなホール内で映像と音を楽しむわけだが「これってお化け屋敷なの?」という感覚は拭えない。しかし思い出して欲しい。お化け屋敷は見て怖いもの、そもそもが視覚に訴えかける恐怖が醍醐味である。古典的な手法の中に駆使された最新のテクノロジーを感じることができる、古くて新しいお化け屋敷なのだ。

人間の歴史と共に歩んできたお化け屋敷のこれから

お化け屋敷の歴史を振り返ってみて思うのは、様々なアトラクションやテーマパークが時代に埋れていく中で、江戸時代から続いている娯楽が、形を変えながらとはいえ未だに高い人気を誇っている点である。やはり、恐怖を味わいたいという気持ちが人間の根源的な欲求に通じているとしか思えない。

国立博物館所蔵品統合検索システム(https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1312837)

お化け屋敷は、たぶんこれからも廃れることなく続いていくだろう。人が集まるところはダメと言われた新型コロナウイルスの流行の最中でさえ、車に乗った状態で、密室密閉を避けながらでも、恐怖という刺激を求めてしまうのだ。庶民が生んだ大切な娯楽遺産として、これからもお化け屋敷が粛々と受け継がれていくことを切に願いたい。

書いた人

生粋のナニワっ子です。大阪での暮らしが長すぎて、地方に移住したい欲と地元の魅力に後ろ髪惹かれる気持ちの狭間で葛藤中。小説が好き、銭湯が好き、サブカルやオカルトが好き、お酒が好き。しっかりしてそうと言われるけれど、肝心なところが抜けているので怒られる時はいつも想像以上に怒られています。