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Culture
2020.08.17

墓の中で出産した美女の正体は…子育て幽霊たちの悲しい物語

この記事を書いた人

「西の富士、東の筑波」と富士山と並び称される、茨城県の名峰・筑波山。
日本百名山に数えられ、低山でありながら抜群の眺望が楽しめる筑波山には、今も昔も多くの人が訪れる。その目的のひとつ、縁結びのご利益があるとされる筑波山神社は、山好きはもちろん恋人たちも訪れるパワースポットだ。

といっても今回注目するのは、山の上ではなく下のほう。筑波山のふもとに、こんな奇妙な話が残されているのをご存じだろうか。

毎晩団子を買いに来る謎の美人の正体は?


時は戦国時代のはじめ頃。
新治村(現土浦市)の筑波山麓に、団子を売っている店があった。ある日から、この店に毎日夜になると団子を買いに一人の女が訪ねてくるようになったという。このあたりでは見かけない顔。しかもその女、若いうえにかなりの美女ときた。村では、彼女はいったいどこの何者なのだろうと噂になっていた。

いつの世も、男たちは若くて美しい女性に目がないもの。ある夜、村の男たちは団子を持ち帰る美女を尾行することにした。

美女は新治村に入り、やがて、東光院という無住の荒れ寺近くの墓地のあたりで姿を消した。つけていた男たちは怖くなり、恐る恐る墓地へと近づいた。すると、どこからか赤ん坊の泣き声が聞こえてくるではないか。声はまだ新しい墓の下から聞こえてくるようだった。男たちが赤ん坊の泣き声のする墓を掘り起こすと、そこには女の亡骸と一緒に、赤ん坊が出てきたのである。

死んでいたのは、団子を買いに来ていた女だった。

墓の中で生まれた僧侶「頭白上人」

毎晩、団子を買いに来ていたのはこの赤ん坊の母親で名を「おしの」といった。おしのはこのあたりの名主の娘で、数日前、自分の母親と折り合い悪く追い出された婿を追って身重の体で家出をしたのだ。しかし東光院まできたとき、他国から流れてきた強盗に無残にも殺され、埋められてしまった。おしのは墓の中で生まれた我が子を育てるために、毎晩、団子を買いに出てきていたのである。

さて、こうしてお墓から出てきた赤ん坊は小田の解脱寺に預けられ、全国各地で修行をつみ、やがて立派な僧になった。この僧は数奇な生まれのためか、生まれたときから頭髪が白かったため、頭白上人(ずはくしょうにん)と呼ばれていたという。

小田氏を滅ぼした義宣は頭白上人の生まれ変わりだった?

数々の伝説が残されている筑波山

生まれ方も突飛なら、育ちもミラクル。実は、頭白上人の伝説にはまだ続きがある。

悲運の死を遂げた母親を悼んだ頭白上人は、巡礼の旅から戻ると、母親の供養のためにこの地に五輪の塔を建てたといわれる。

ところがその日、多くの家臣を連れて鷹狩にやってきた小田城主の小田左京大夫が馬を乗り回して、墓所を荒らしまわったので頭白上人は大激怒し「次の世では必ず武人に生まれ変わり、小田氏を滅ぼすであろう!」と叫んだ。

頭白上人が亡くなり、それから数年後。生前の約束が果たされる時がやってくる。
常陸国の佐竹義重に長男が生まれた。成人になり「義宣」を名乗るようになると、父の後を継ぎ、破竹の勢いで常陸国を平定していった。
そしてついには小田氏も滅ぼされてしまうのだが、この人物こそ、予言を残した頭白上人の生まれ変わりではないかと人々のあいだで噂されるようになったのだ。

子育て幽霊と高僧の話は日本各地にある


ところで頭白上人の伝説にはいくつかパターンがあって、母親が赤ん坊のために買っていたのは団子ではなく、飴だったとの話もある。母親の幽霊は三途の渡り賃の六文銭を握りしめて、毎晩、店を訪れていたそうだ。

子育てする幽霊の話は全国にある。12世紀に書かれた『今昔物語集』にもその原型を見ることができるし、中国の説話にもよく似た話がある。こちらの母親の幽霊が買っているのは団子でも飴でもなく、餅(ピン:小麦粉を練って焼いたもの)だ。

中国に似た説話があることや、お寺と結びつけて語られることから、もしかすると頭白上人伝説は仏教の布教や説法のために、高僧が人々に語り継いでいたものかもしれない。

死してなお子どもを育てる幽霊「産女」

産女(『怪物画本』国立国会図書館デジタルコレクション)

団子であれ、飴であれ、お腹を空かせた子どものためにと、死んでもなお子どもを守る母親の愛の深さがなんとも胸をうつ頭白上人の伝説だが、その光景は恐ろしいものがある。

頭白上人の伝説で思い出されるのが、妊娠中に亡くなった女性が赤ん坊を抱いて現れる「産女(うぶめ)」という妖怪だ。

遠い昔の日本では、かつて妊娠したまま亡くなった女性を葬るとき、母親の霊を子どもへの心残りから解放してあげるために、お腹から胎児を取り出してあげるという慣習があった。江戸時代には、僧侶の呪法(呪文を唱えるなどの行為)によって母親と子どもを切り離していたという。この世でもあの世でも、母と子の縁は固く、固く結ばれていたのだ。この妖怪からは、その思いを強く感じる。

さいごに

子どもを残して亡くなった母親の悲しみと、墓で生まれた赤ん坊が立派な高僧になり、小田氏が生まれ変わりの頭白上人によって滅ぼされるという、ドラマチックな「頭白上人」の伝説。
この物語が事実かどうかはわからないけれど、伝説を伝える石碑や古文書は今も残されている。この夏、筑波山を訪れた際には少し足を延ばして、ふもとに伝わる史実を確かめに行ってみてはどうだろう。

アイキャッチ画像:国立国会図書館デジタルコレクションより 『和漢百物語 主馬介卜部季武』一魁斎芳年

書いた人

文筆家。12歳で海外へ単身バレエ留学。University of Otagoで哲学を学び、帰国。筑波大学人文学類卒。在学中からライターをはじめ、アートや本についてのコラムを執筆する。舞踊や演劇などすべての視覚的表現を愛し、古今東西の枯れた「物語」を集める古書蒐集家でもある。古本を漁り、劇場へ行き、その間に原稿を書く。古いものばかり追いかけているせいでいつも世間から取り残されている。