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Culture
2020.08.31

昭和世代には懐かしい!小学校で集めていた「ベルマーク」今どうなっているか調べてみた

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教室のうしろ、ランドセルを入れておく棚の上に金魚の水槽や雑巾箱とならんで「ベルマーク入れ」があったことを覚えているだろうか。時代や地域によって「そんなのなかった」という声もあるかもしれないが、80年代の「ベルマーク運動」ピーク時に小学生だった人にとっては、きっと懐かしい光景だと思う。
箱の中のベルマークがなくなったと思ったらほどなくしてボールや備品があてがわれたあの頃。そもそもベルマークはどんなシステムで誰が運営していたのだろう? そしてベルマークは今もあるのだろうか?

老いも若きも熱狂した?昭和の「ベルマーク運動」を振り返ろう

ベルマークの歴史は意外に古く、昭和35(1960)年に学校や公民館などの教育環境の整備や発展途上国の教育における援助を目的に、朝日新聞社の創立80周年記念事業としてスタートした。
教育分野の充実について一種ボランティア的な意味合いもあったのか「本来は行政が公費でおこなうべきものをなぜ」という批判がある一方で「皆で力を合わせれば大きなものになるという奉仕や協力の在り方を教えてくれる」と評価する声もあった。こうした運動全体における賛否は現在でもさまざまな意見がある。

確かにどちらの意見も一理ある。しかし、どちらかというと大人たちのほうが熱心に参加していたベルマーク運動にそんな事情があったなんて初めて知った。それもそのはず、筆者が小学生時代を過ごした1980年代後半は運動が盛んだった時期と重なり、またそうした議論が子どもの耳には入らなかったのだろう。ミツバチが花粉を集めて巣に持ち帰るように、ベルマークを学校に持っていくことが至上と思い込んでいた。近所のおばちゃんにベルマークをもらった時など、理由も考えず無邪気に喜んだものである。

あの頃は、あらゆるところにベルマークがあった

ベルマークは協賛する企業の製品パッケージに印刷されている。ジャポニカ学習帳や画用紙など当時使っていた身のまわりのものに付いていたという記憶はあるが、その他にも調味料や菓子、インスタント食品、電池や石鹸といった日用品にも付いている商品があった。また使用済みのインクカートリッジを回収するなどして交換できる「ベルマーク点数」なるものも存在する。

情けないことに「ベルマークちゃんと集めや」と文具を買ってもらった記憶はあるのだが、自分でマークを切り取ったかどうかになると途端に覚束なくなる。そして親から「持っていき」と食品や日用品から集めたベルマークをもらった思い出もない。何度かベルマークを学校に持っていったことだけかろうじて覚えているのだが、あれは誰にもらったものだろうか。どちらにしても運動に熱心な家庭ではなかったため、大量のベルマークを箱にごっそり入れて称賛を浴びるクラスメイトに申し訳ないような気持ちがあった。
当時はその子のことを「お金持ちなんだろうなぁ」なんて思っていたが、単に自分が物臭だっただけなのだろう。文具や家で使う食品や日用品からかき集めれば、ちょっとぐらいヒーロー感覚を味わえたかもしれないものを……。

悲喜交々!ベルマークがモノに変わるまでの流れ

ベルマークは個人で商品に交換することはできない。参加登録している幼稚園や保育園、学校が集めたベルマークを「ベルマーク教育助成財団」に送付することで、1点1円で換算され、口座にお金が貯まる。そして預金を利用して協力会社の商品を購入するというシステムになっている。
ちなみに購入商品は協力会社の「お買い物ガイド」掲載商品が原則である。協力会社は先述した協賛企業とは異なり、自転車や事務用品、スポーツ用品メーカー、書籍取次店なども含まれる。
以下は、ベルマークが商品に変わるまでの大まかな流れだ。

集める
 まずはベルマークを集めなければならない。先述したように1点で1円換算なので、商品に変わるまでには相当の労力が必要だ。菓子など比較的安価な商品に付いているベルマークの商品は点数が低く、中には「0.5点」なんてものもある。

切る
 マークが印刷されているパッケージは紙だけとは限らない。プラスチックやビニールだったりする場合もある。そのためマークを切るときは非常に神経を使う。ちなみに、多少マークを切っちゃっても点数やマークがついていた商品のメーカーなどが判別ができれば問題ない。

集計して送る
 筆者の学校では、ここから先を先生もしくはPTAの役員がおこなっていたと記憶している。集められたベルマークが何点あるか数えるだけでもなかなかの作業だが、マークが印刷されていたメーカーごとに何点あるか集計しないといけない。

購入する
 点数が換算され口座に貯まれば、ようやく商品を購入することができる。「お買い物ガイド」に掲載されていない商品が欲しい場合も問い合わせることが可能で、またどうしても欲しい商品に点数が足りない場合は現金で捕捉することもできる。

以上のような流れでベルマークが商品に変わる。大事に使うように念を押されて支給されたボールや一輪車はこうして購入されていたのだ。それなのに、意外とあっさり失くしたり破損したりしてめちゃめちゃ怒られたりした。その理由も今となればよくわかる。本当に申し訳ないです。

今もなお昭和の匂いを残すベルマーク運動

ベルマーク運動は今も継続しておこなわれている。インターネットで管理できるポイントサービスが隆盛する現代にあって、システムもほぼ変わっていない。そのため、児童の保護者や先生たちにアナログな作業のしわ寄せが生じているという意見も大きくなってきている。

ただ一方で、学校や町ぐるみで集めたベルマークを地震や台風などで被災した学校に寄付するといったベルマーク運動ならではのメリットもある。ベルマーク教育助成財団のホームページでも、寄付の活動の様子や寄付された学校の児童から届いた感謝状を見ることができる。
金額の大きさや効率的なことを考えれば募金や資金援助に軍配が上がるかもしれないが、ベルマーク運動は手間や時間がかかる分、相手への思いを膨らませることができる。さまざまなことが便利になっていくなかで今も連綿とベルマーク運動が続いていることは、実はとても意義深いことなのかもしれないのだ。

アイキャッチ画像:シカゴ美術館より

書いた人

生粋のナニワっ子です。大阪での暮らしが長すぎて、地方に移住したい欲と地元の魅力に後ろ髪惹かれる気持ちの狭間で葛藤中。小説が好き、銭湯が好き、サブカルやオカルトが好き、お酒が好き。しっかりしてそうと言われるけれど、肝心なところが抜けているので怒られる時はいつも想像以上に怒られています。