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Culture
2020.09.12

こっくりさん、日本起源じゃないってよ!明治天皇の愛読書も書いた妖怪博士・井上円了の業績

この記事を書いた人

昭和キッズなら誰もが(?)興じた「こっくりさん」。
五十音を書いた紙と十円玉があればOK。みんなでお願いすれば大抵のことは教えてくれるといういかにも昭和らしい遊びだが、当時は降霊術だ集団ヒステリーだとちょっとした社会問題になり、こっくりさん自体を禁止する学校もあった。
実はこっくりさんは日本のオリジナルではなく、明治時代に海外から持ち込まれた「テーブル・ターニング」が元になっている。そしてこのテーブル・ターニングの解明に乗り出したのが哲学館(現在の東洋大学)創設者、井上円了(いのうええんりょう)である。哲学者でありながら妖怪博士とよばれた井上が出した結論とは、一体どういったものだったのだろう。

テーブル・ターニングの起こりと日本に伝わった経緯

明確な起源ではないが、レオナルド・ダ・ヴィンチの自著に記述が見られることから15世紀のヨーロッパにはすでにテーブル・ターニングが存在していたと考えられる。
1800年代に流行したテーブルターニングは数人でテーブルを囲み、手を上に乗せると、テーブルがひとりでに動き出すというもの。掴んだり持ち上げたりしていないにも関わらずテーブルが動くことから、霊的な現象と考えられていた。

1892年にはアメリカの玩具メーカーから「ウィジャボード」という文字盤まで発売され、この頃には日本でおこなわれているこっくりさんとほぼ同じものが出来あがっている。井上によれば明治17(1884)年、伊豆下田に漂着したアメリカの船員が地元住民に披露したことが日本での普及のきっかけだという。

哲学者・井上円了はお寺の生まれだった!

井上円了は安政5(1858)年、越後長岡藩(現在の新潟県長岡市)の慈光寺に生まれた。幼い頃から妖怪の伝承に親しみ、自著の中でも「誰もいないところから足音が聞こえた」「障子の向こうから覗かれている気配を感じた」と回想している。
こうした経緯を考えると、井上が哲学の道へ進んだことのほうがむしろ意外。あくまで筆者のイメージだが、神仏や超自然的な現象と哲学は水と油。ものすごく縁遠い感じがしてしまう。

東京大学に入学すると、井上は哲学科に進む。当時、東京大学では哲学のなかに論理学・心理学・倫理学なども含んでいたようで、井上は心理学を学ぶうち「恐怖」の成り立ちについて考えるようになった。

井上の著書をならべてみると哲学、仏教、妖怪と、分類化が進んだ明治以降の学問にあってジャンルが多岐にわたっている。また明治19(1886)年に「不思議研究会」を組織したかと思えば、その翌年の明治20(1887)年に「哲学館」を創設するなど、時系列を辿ってみても妖怪と哲学の研究は同時進行だったことが窺える。

井上円了が出した結論

裏を返せば、井上の妖怪における研究が大きな批判を受けなかったのは「哲学」がベースにあったからとも考えられる。井上がいなければ、こっくりさんは庶民の遊びで終わっていた可能性があったかもしれないのだ。カルチャーを学問にすること、またその逆の難しさを思うと、井上の功績はやはり大きい。

井上はこっくりさんの実験のために、被験者を年齢や性別、性格などに分け、とにかくたくさんのデータを採取した。そして膨大な試験結果の中から、感受性が強くこっくりさんを信じている人のほうがよりこっくりさんの効果があるという傾向を発見したのである。
このことから、井上はこっくりさんを「心の持ちよう」と位置付けた。潜在意識と不覚筋動とよばれる無意識的な筋肉の動きのハイブリッドであると定義したのである。
これは井上が幼いころ、実家の寺で感じた妖怪に対する恐怖にも通じている。ただし、井上は超自然的な現象や妖怪のすべてを心の投影と断じているわけではない。漠然と「妖怪=怖い」としていたものを何が原因でどういう仕組みで恐怖を感じるのか分類し、自著『妖怪学講義』にまとめた。ちなみにこの『妖怪学講義』は明治天皇も愛読していたと言われている。

妖怪や異なるものの仕業にするのは考えていないのと同じ

井上が分類した妖怪のなかに「真怪(しんかい)」というものがある。これはその名の通り、理屈で説明できない超常的なものの定義である。

じゃあ「真怪=妖怪」ってこと? やっぱり妖怪はいるの?

答えは否である。厳密には真怪は理屈で解決できないが、宇宙の万物はそもそも火も水も星の運行などすべてが真怪である。今は解明できなくてもいずれは解き明かされていくものを真怪と井上は定義した。このあたりは、さすが哲学者らしい考え方だ。
妖怪博士とよばれた井上が、妖怪を妖怪でないと定義したことは非常に興味深い。哲学と妖怪研究。相反するふたつを研究した井上だからこそ導き出せた答えではないだろうか。
ガリレオやダーウィンなど現在では当たり前となっている発見をした科学者は、それまでの常識にとらわれたりしない。井上もまた、妖怪の一部を心の問題で起こるものという画期的な発見をした偉大な人物だったのだ。

アイキャッチ画像:メトロポリタン美術館より

書いた人

生粋のナニワっ子です。大阪での暮らしが長すぎて、地方に移住したい欲と地元の魅力に後ろ髪惹かれる気持ちの狭間で葛藤中。小説が好き、銭湯が好き、サブカルやオカルトが好き、お酒が好き。しっかりしてそうと言われるけれど、肝心なところが抜けているので怒られる時はいつも想像以上に怒られています。