現代の私たちも落ちるかも?死してなお戦い続ける武士たちの死後「等活地獄」の恐怖

現代の私たちも落ちるかも?死してなお戦い続ける武士たちの死後「等活地獄」の恐怖

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死後の世界って、あると思いますか?

私はあったらいいなぁとは思います。死んだ後に日本一周して、生前に行けなかった場所を見て、世界も回って、それから三途の川でバーベキューした後に向こう側に渡りたいですね。「良い行いをした人は天国に行く」「悪い行いをした人は地獄で拷問される」というのは、日本だけでなく世界各国のあらゆる宗教や神話で語られています。

現代でも「死後」についてはスピリチュアルな話題だけでなく、科学的な議題として話し合われています。現代より信心深かった昔の人にとって、死後にどこに行くのかは切実な問題でした。人を殺すことが仕事だった武士でさえ、死んだ後に地獄へ落ちて拷問を受ける事はなんとしても避けたかったのです。

武士を含めて当時の人が信じていた死後の世界とはどんなところか、またそこによく似た外国の死後の世界の意外な繋がりを紹介します。

仏教における死後の世界

仏教では、この世は10の世界で構成されています。生前の行いによって、来世に生まれる世界が決まります。上位4つの世界を四聖(ししょう)といい、下位6つの世界を六道(りくどう)といいます。

たいていの人間は六道をぐるぐる回っていますが、悟りを一部でも開くと四聖の世界に行けるというシステムです。

煩悩から解き放たれた四聖

まず、最上階には悟りを開いた者(仏)が到達できる世界「仏界」。いわゆる「浄土」のことです。

奈良国立博物館『阿弥陀浄土曼荼羅』出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/

よく聞く「極楽浄土」とは、西の果てにあると言われる、阿弥陀仏が治める国の名前で、他にも東に「浄瑠璃(じょうるり)浄土」、「補陀落(ふだらく)浄土」など、仏によって治める浄土に種類があります。仏教はこの仏界に至ることを目的としています。

仏界の下には「菩薩界」があります。菩薩はまだ完全に悟りを開いてはいないけれど、その修行として生きとし生ける全ての「迷える魂」を救う事を誓っているのです。

菩薩界の下には「縁覚(えんがく)界」と「声聞(しょうもん)界」があります。縁覚界は仏教に頼らず独学で部分的に悟りを得た人、声聞界は仏教を学んで部分的に悟りを得た人です。

欲望渦巻く六道

仏教では「欲」こそが全ての悩みの根源であるとされていて、あらゆる欲を捨てることが悟りに繋がるとされています。

東京国立博物館蔵『地蔵菩薩』出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/) 地蔵は六道いずれの世界にも行き来でき、苦しむ者を救うと言われています。

六道の一番上層部が「天界」です。喜びに満ち溢れた世界で、いわゆる天国に近い状態です。しかしこの喜びは永遠に続いているわけではありません。仏教では喜びを求めている時点で「欲」があるのです。

その下には「人界」があります。一番ニュートラルな世界ではありますが、疑心暗鬼に駆られている世界だとも言われています。

そして、常に争ってばかりいる「修羅界」、動物のように欲望のまま行動する「畜生界」、目の前の物事に固執している「飢餓界」、そして最下層である「地獄界」です。地獄界は恐怖と苦痛しかない恐ろしい世界と言われています。

武士が落ちる地獄「等活地獄」とは?

地獄に落ちるかどうかは、死後に行われる裁判によって決まりますが、これをやったら一発アウトで地獄行きというものがあります。それが「生き物を殺すこと」です。

人に限らず、動物やアリや蚊などの小さな虫に至るまで、生きている存在を殺しておいて反省していないと地獄に落とされます。その地獄にも階層があるのですが、その最初の階層が「等活(とうかつ)地獄」です。

等活地獄では、体から鉄の爪や刀剣などの武器が生えて来て、違いに殺し合うとされています。そして殺されると、獄卒から「活きよ、活きよ」と呪文を掛けられ、等しく体が再生し、また殺し合うことを延々と繰り返します。

恵心僧都『往生要集』より『等活地獄』(国立国会図書館デジタルコレクション)

蚊を殺してもこの地獄に落とされるのですから、殺生を仕事としている武士はもう死後の行先は確定しているのも同然です。だから武士たちは生前に寺を手厚く保護したり、討ち取った敵を供養したりしました。

でも、体から武器が生えてくるとか、ちょっとカッコイイ……と思いません?「なぁなぁ。どこからどんな武器生えて来ると思う? 俺はねぇ~、やっぱ指から鉄の爪とか良いと思う~」とか話してた武士、いそうな気がするんですけど。まぁ、それは置いといて。

この「等活地獄」によく似た状況が、なんと日本から遠く離れた北欧では天国として伝わっていました。

死後も戦い続けることこそ、戦士の名誉!北欧神話の天国「ヴァルハラ」

北欧神話の世界では勇敢に戦った戦士が亡くなると、「エインヘリャル」という魂の存在になります。日本風に言うと「英霊」でしょうか。そして戦乙女(ワルキューレ)と呼ばれる天使のような存在に連れられて、主神オーディンが住まう展開の館「ヴァルハラ」へと迎え入れられます。

オーディンは、いずれ来る天界の戦争に備えて戦士を集めて訓練しています。英霊たちはその戦争で主神オーディンの戦士として戦うことになります。その為の訓練を、ヴァルハラで行っているのです。

ドイツにある「ヴァルハラ神殿」は19世紀にこの神話にあやかって建てられたもので、古代~現代の「称賛に値する著名なドイツ人」の胸像が飾られていて、現在も増えています

毎日朝から殺し合い、夕方になると生き返り、夜になるとオーディンの館で盛大な宴を開いて英気を養います。そしてまた朝になると、元気に殺し合いを始めるのです。

北欧神話を信仰していたのは荒々しい海賊と言われたヴァイキングたちです。彼らは死後にヴァルハラに招かれることを信じ、命を惜しまずに戦いました。そのためキリスト教徒の騎士たちには不死身の狂戦士と恐れられていました。

ヴァイキングの全盛期はおよそ800年代~1050年代。日本では平安時代前期ごろですので、そんなに昔と言うわけではないですね。命を惜しまず戦って京武者たちに恐れられた坂東武者ファンとして、親近感を覚えます。

こうした「勇敢な戦士が死後も戦い続ける天国」という考えは北欧神話が有名ですが、他にもチラホラみかける思想です。ではなぜ仏教では「地獄」扱いとなってしまったのでしょうか。

お釈迦様「死後も戦い続けるなんて地獄に決まってますよ!」

仏教も色々宗派がありますが、現存する一番古い宗派は「上座部(じょうざぶ)」と呼ばれています。そこに伝わる経典に「戦士経」というものがあります。それはこんなお話です。

ある日、お釈迦様の元に異国の戦士がやって来て尋ねました。

「偉大なる先生、私の国では戦いに明け暮れた戦士が討死すると、サランジタという天国に生まれ変わるという教えがあります。これは本当でしょうか」

しかしお釈迦様は「そういう事を、私に質問してはいけません」とおっしゃいました。しかし戦士は諦めずに何度も何度も尋ねます。そしてとうとうお釈迦様も「そこまでしつこくするなら、答えてあげましょう」と戦士に答えました。

「いいですか。戦いに明け暮れてる戦士の心理状態というものは、悪意に染まっています。目の前にいる人に対して「死んでしまえ」などと恐ろしい事を考えているでしょう? それなのに天国に行けるなんて言説は間違っています。そんな人が行くところは、私の教えではサラージタという地獄です」

それを聞くと戦士は声を上げて泣き出してしまいました。お釈迦様は慌てて「私は何度もそんな質問をしてはいけないと言いましたよ。それをしつこく答えを聞こうとしたのはあなたでしょう?」と弁解します。

しかし戦士は「いいえ、先生の教えを聞いて悲しんでいるのではありません」と言いました。「勇敢な戦士は天国に行けるなんて、長い間騙されていたことを思って泣いたのです」

そしてこの戦士はこの後、お釈迦様の弟子となり仏教徒となりましたとさ。

まるでヴァルハラを否定して、「そんな場所は等活地獄ですよ」というような話です。

この戦士がどこの出身かはわかりませんが、生まれ故郷に伝わるヴァルハラのような天国に対して「天国に行った先でも戦うの? それは本当に天国と言えるの?」と疑問に思ったのでしょう。そしてなんでも答えてくれる偉大な先生の噂を聞きつけて会いに行ったのかもしれません。

お釈迦様はこの世界から争いをなくしたいと願っているのだから、争って天国に行くなんて教えは、いくら他文化の根幹でも否定しなくてはいけなかったのでしょう。でもそれは個人の生き方の否定にもなってしまいます。だからお釈迦様は最初は言い渋っていたのでしょうね。

この話を聞いて、私は「もしかしたらヴァルハラは、インドで等活地獄となって中国に伝わり、やがて日本にもやってきたという事なのかも」と思いました。

もし仏教がなくてヴァルハラのような概念が日本の武士にあったら……日本列島が夏草すら生えない夢の跡になってたかもしれませんね。

仏教が伝わる前の日本の死生観

仏教が日本に伝来したのは5世紀~6世紀ごろと言われています。対して神道は仏教が伝わる前から日本にあるとはいえ、文字が無い時代の信仰を探るのはとても難しいでしょう。現代伝わっている神話にある死後の世界は「黄泉国」や「常世国」「根の国」と呼ばれる場所です。

しかしこの地域では黄泉国、こっちの地域では常世国と呼ばれていますという区別で、悪い事をしたから死後に苦しむとか、良い事をしたから死後にパラダイスに行けるという教えは無さそうです。神話に描かれているのは、死後の国に行った人間と、生きている人間はもう二度と会えませんというシンプルな事実だけです。

だからこそ、「死後に魂がどうなるか?」を明確に答えている仏教が、古代日本の人々にも受け入れられたのかもしれませんね。

武士たちの仏教

仏教では、戦えば地獄に落ちると言われているのに、武士たちは命を懸けて戦うという「矛盾」がありました。だから討ち取った敵を手厚く供養するという文化が生まれたのかもしれません。また寺や僧侶を手厚く保護し、自分の死期を悟ると出家する武士もいました。

やがて武士たちが政治の中心になった鎌倉時代は、仏教に大変革が訪れます。地獄に行く事が確定している武士たちが政治のトップなのですから、仏教もこの「矛盾」と真剣に向き合う必要があったのでしょう。貴族や朝廷の儀式や政治のための仏教から「罪深い者・弱き者を救う」という方向に向かいます。

特に広まったのが、極楽浄土を治める仏、阿弥陀仏を信仰し「南無阿弥陀仏」と唱えれば助けてくれるという浄土宗。「改心した悪人こそが救われる」という浄土真宗。そして踊りながら仏の名を唱える時宗。

『一遍聖絵』より 太鼓を鳴らしながら念仏を唱え、ぐるぐる回る時宗の僧 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/

これらに「仏の名前を呼ぶだけで極楽に行けるかいな」と疑問を投げかけた日蓮は、独自の宗派「日蓮宗」を創設します。ちょっとその言動が過激だったために鎌倉幕府から弾圧されつつも、民衆に教えを広めました。

また鎌倉幕府も、中国へ留学して「禅」を学んで帰って来た僧侶を招き、座禅が武士を中心に広まります。こうして個性豊かな僧侶たちも、鎌倉時代から日本文化を彩って行くのです。

人は死んだらどこに行く?

死後の世界があるかないかは、それこそ死んでみないとわかりません。ただ、どうせ行くなら天国に行きたいというのも、当然の願いでしょう。その為に人々が「善い行い」を目指します。

しかし、その「善悪」は、ヴァルハラが天国で、等活地獄が地獄だったように、国や文化によって違います。そして同じ国・文化圏でも時代によって移ろうものでもあります。

武士が罪深い存在だった平安時代以前。武士が救いを求めて仏教を重んじた鎌倉時代。そしてさらに時代が下り、戦国時代以降になると、人々から尊敬を集めた武士は死後に「神」として祀られる事となります。現代の日本では「武士」「兵士」「軍人」はどんなイメージでしょうか。

何が「善」で、何が「悪」なのか。それを決めるのは、一体誰なのでしょうね。

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アイキャッチ画像:高取熊夫模『地獄草紙(模本)』 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/
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