Culture
2020.09.16

柳田國男のおかげでエリート妖怪の仲間入り?謎多き「油すまし」の正体とは?

この記事を書いた人

「『油すまし』って知ってる?」

「小柄で蓑を被った妖怪のことでしょ」

「まあ、そうなんだけど」

「?」

油すましの話題になると、だいたいこんな感じで終わる。「『ゲゲゲの鬼太郎』で知った」くらいの展開はあるかもしれないが、早々に別の妖怪の話題になったりして油すましが思い出されることはほとんどない。
オカルト好きや妖怪愛好家のあいだでは知らない人はいないくらい有名なのに、どこの地方に伝わってどんな悪さをするのかということはあまり知られていない油すましって、いったい何者なんだろう。

峠の道に初登場するも、いきなり名前を間違えられる

油すましが知られるきっかけとなったのは、昭和初期の郷土史家・浜田隆一の著書『天草島民俗誌』といわれている。

熊本県・天草市の峠道を歩いていた老婆が連れていた孫に「ここは昔、油の瓶をさげたやつが出たらしい」と話すと「今も出るぞー」といって油すましが現れた。

基本的にはこれだけである。どんな見た目だったとか、老婆と孫を襲ったのかとか、妖怪だったのか盗賊だったのかとか、そんなことは一切描かれていない。

初出が昭和というのも有名妖怪のなかでは遅い感じがするし、またこのときの名前は“油ずまし”。のちに民俗学者・柳田國男が、著書『妖怪談義』のなかで「釣瓶落とし(つるべおとし)」など別の妖怪と一緒にアブラスマシとして紹介したのが“油すまし”として定着したと考えられている。
ものすごく長い時間をかけて口承された話であれば名前くらい変わってしまうかもしれないが、『妖怪談義』の発刊が『天草島民俗誌』からおよそ20年後ということを考えると単純に柳田が名前を間違っただけかもしれない。
どちらにしても現代では油すましという濁点がつかない発音のほうが一般的。柳田によって油ずましは油すまし、そしてなんだかよくわからない実態は妖怪の仕業ということに落ち着いたのだ。

柳田國男のおかげでエリート妖怪の仲間入り?

ちなみに『妖怪談義』のなかで油すましが同列扱いされた釣瓶落としは、突然木から落ちてきて人を驚かせたり食ったりする首だけの妖怪。類話も日本各地に多数あり、古くは江戸時代の『古今百物語評判』という怪談本にも「釣瓶おろし」として描かれている。
やはり油すましとはだいぶ趣が違う。エピソードの数も年季も段違いだし、釣瓶落としはエリート妖怪という感じがする。

油すましのデビュー(?)誌『天草島民俗誌』にはこんな話もある。

熊本・天草の峠に差し掛かった二人連れが「昔、ここを通ると血のついた人の手が落ちてきたそうだよ」と話すと「今もだよ」とその通り手が落ちてきて、逃げた先で「ここでは生首が……」と話すと、やはり生首が転がり落ちてきた。

このエピソードは噂をすると現れる油すましにも、そして突然落ちてくる釣瓶落としにも共通した点がみられる。むしろこっちが原点なんじゃないだろうか。だとしたら、油すましと釣瓶落としを同じ仲間にした柳田は正しい。なんか、いろいろ言ってすみませんでした柳田先生。

油すましの墓

熊本県天草市には「油すましの墓」とよばれる史跡がある。首のない石座像が三体並び、訪れた人にもそれとわかるように綺麗に整えられている。
2004年頃の妖怪ブームで「油すましに墓?」と脚光を浴びたが、正確な時期は伝わっていないもののこの史跡自体はわりと古くからあることがわかっている。また首がないのは現在の地に移した時になくなってしまったのだとか。あれ、これって『天草島民俗誌』や『妖怪談義』の首が落ちてくる件につながるのでは?

油すましの墓がある地域はサザンカの実から採る「かたし油」作りが盛んだった歴史があり、油を絞ることを方言で「油をすます」と言ったらしい。
なるほど、これで人を驚かせる怪異と油がつながった。妖怪油すましの出来上がりである。

油すましの正体は近所のおじさん?

油すましの墓には墓標がない。御供物をしたり手を合わせたり地元の人たちからは「油すましどん」の石像として信仰の対象になっている。
油すましと油すましどんが同じものかどうかはちょっと横に置いておくとして、油すましは人を驚かせることで山道の注意をうながした。そして油すましどんは土着の守り神。そう考えれば、どちらも人々の思いから誕生したのではないだろうか。地域の安全を祈る気持ちが妖怪だったり神様だったりしたのかもしれない。

油すましが親しまれる理由はこのあたりにある気がする。
知らない人に「気をつけて」と言われたことはないだろうか。注意力散漫な子どもだった筆者は、この手の注意をしょっちゅう受けた。
見た目はちょっと不気味だけど、地域の安全を守る知らないおじさん。ひょっとするとあれも油すましだったのかもしれない。

アイキャッチ画像:伊藤若冲・メトロポリタン美術館より

書いた人

生粋のナニワっ子です。大阪での暮らしが長すぎて、地方に移住したい欲と地元の魅力に後ろ髪惹かれる気持ちの狭間で葛藤中。小説が好き、銭湯が好き、サブカルやオカルトが好き、お酒が好き。しっかりしてそうと言われるけれど、肝心なところが抜けているので怒られる時はいつも想像以上に怒られています。