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Culture
2020.11.10

江戸時代のTSUTAYA?「貸本屋」のレンタルシステムがすごかった!

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現代のレンタルといえばTSUTAYAですが、 実は江戸時代もレンタルが!

現代に比べてものがとても少なかった江戸時代。日用品に旅行グッズ、ふんどしまでも……なんでもレンタルしていました!

なかでも驚くのが「本」のレンタル。Amazonも真っ青な本のおすすめ機能が充実していました。

今回はそんな江戸時代のレンタル本屋についてご紹介します。

なぜレンタル業が盛んだったの?

江戸時代は実にたくさんのものがレンタルされていました。例えば、鍋や釜、そして、布巾やふんどしまで。レンタル業が流行ったのは、火事が多く、家財や私物を持つのはリスクが高かったからです。また、江戸庶民の家自体も極端に狭く、4畳半程度の空間と炊事場の土間に家族全員が生活をしていたため、必要な時だけモノを借りることはとても合理的でもありました。

だから、現在のように私物で本を持っている人も少なく、本のレンタルがとても繁盛しました。

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アイキャッチ画像は、歌川国芳「山海めで度図会 つゞきが見たい」(一部)国立国会図書館。

読書ブーム到来!

江戸庶民に本が読まれるようになったのは江戸時代中期。

それ以前の出版物は公家、武家、僧侶など特定の知識階級の人たちだけのものでした。そのため、出版されていたものも学術書や仏書などがメインでした。

しかし、元禄時代に入り、町人文化がメインになり、絵本をはじめ、怪奇物や滑稽本など、読み物が増え、庶民が楽しめる本がたくさん出版されるようになりました。そして、一気に庶民の間で読書がブームに!

庶民にとって本が身近なものになったとはいえ、やっぱり江戸時代の書籍はまだまだ高価でした。本の値段は蕎麦の値段の何十倍や何百倍もしたというから驚きです。

出版と言っても、今のように機械で印刷するのではなく、板木に彫ってひとつひとつ刷っていた手作りなので、簡単に大量製本できたわけではありません。そこで、発達したのがレンタル本です。このレンタルシステムは簡単で、借りている期間に応じてレンタル料を払うというシステムです。

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おすすめ機能もバッチリ!貸本屋のシステムとは?

さて、蕎麦の値段の何十倍や何百倍したという本は、いくらでレンタルされていたのでしょう?

「見料は四、五冊物で銀三分から四分、現在の金で二百四十円から三百二十円ぐらい。一冊物で銀二分、百六十円ぐらい、十冊物以上になると銀一匁前後、八百円ぐらい」(長友千代治『近世貸本屋の研究』東京堂出版・平成九年、29頁)といわれていました。

多くの人は半年から1か月ぐらい借りて読んでいたようです。

さて、そんなレンタル本ですが、この当時のレンタル方法はもっぱら行商方式です。つまり、お店の人がお得意先に本のレンタルをセールスしにいったのです。

もちろん持っていける本の数には限りがあるので、借り手の好みの本を知って持っていく必要があります。まさに今でいうAmazonのおすすめ機能です。それを行商人が人的にやっていたんですね。

当時、行商人1人に対して顧客が200人弱いたといわれています。考えたらそれだけの人数の顧客の好みを熟知していたということになりますのですごいことですよね。

このように本のレンタルが繁盛した裏には、行商人のレコメンドなどの地道な努力があったのです。何しろ、利用者は待っていれば向こうから勝手に自分好みの本が提供されるわけです。そして、読み終わった本は適当な時期に取り来てくれる……。この当時はインターネットも黒ネコヤマトの宅急便もなかったにもかかわらず、利用者は現代と変わらないほど快適なレンタル本生活が送れていたのではないでしょうか。

一方で、本の行商はたくさんの本を背中に抱えていくので、重さも結構なものだったとか。本を貸しに行く分はもちろんですが、返してもらう分も背負わなければなりません。そして、ちゃんと顧客のニーズに合わせた本を提供できれば商売は繁盛しますが、それができなかったら倒産です。

そう考えると結構厳しい商売だったのかもしれません。

仕事を得るためには読み書きスキルは必須!

そこで気になるのが江戸時代の識字率です。

実はこの当時、すでに寺小屋や手習い所があり、子どもは6歳になるとこれらに通って読み書きを学んだといわれています。だから、そんな教育を受けた庶民の50~60%が普通に読み書きができたとか。都市に住む人たちは、読み書きができないと良い仕事にはつけなかったことから人々は読み書きを学ぶことを良しとしていたのでしょう。

特に商人として稼いでいくためには、読み書きスキルは欠かせなかったのでしょうね。識字率が高まったことで、今度は多くの人が知識を得るために本を借りて読むようになったというわけです。

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江戸幕府から逃れるためのあの手この手

さて、それほど繁盛したレンタル本ではありますが、実は、江戸時代は出版規制もありました。例えば、当時の江戸幕府に関するものや豊臣秀吉に関するもの、大名家のことを書いたもの、政治スキャンダルを題材にした小説やキリスト教に関するもの、そのほか風紀を乱すとされたものなどが対象になりました。

そこで、裏技として使われたのが「写本」です。写本はもともと木版印刷になる前に行われていた製本方法でした。規制の対象となるのは木版印刷で大量に刷られる本なので、この時代も引き続き、出版統制の対象から逃れるために問題となる書物は写本され、規制の網の目を潜り抜けていたのです。

地道な努力がレンタル業を繁盛させた!

江戸時代の商売として繁盛したレンタル本ですが、繁栄の裏にあったのは本屋の地道な努力でした。顧客の希望をしっかり吸い上げて、地道に足で稼いでいくところは、現代のビジネスにも通じるところがあります。

こうした実直さが当時のレンタル本の繁栄を支えていたのでしょうね。

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書いた人

関西生まれ。関西にはたくさんの歴史の断片が転がっているので、そんな昔の偉人たちに想いを馳せながら旅をするのが大好きです。外国人の知り合いが多く、外国人から見た日本を紹介できればいいなと思っています。最近はまっているのは占いで、自宅の猫を相手に毎日占っています。