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2021.08.07

歯をくいしばった首は凶?戦国時代は「討ち取った首」で吉凶を占っていた

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戦国時代の合戦では、武士は倒した敵方の首をかき切って、持ち帰りました。現代人の感覚からすると、何とも残酷で、ゾゾッと鳥肌が立つ行為!

ギャー!!! 生首は持ち歩きたくない( ;∀;)

この首取りは、武士の活躍を示す証拠として、必要だったのだそうです。確かに、口頭で敵を討ったと伝えても、事実かどうかは本人しかわからないですもんね。

この討ち取られた首は、その後集められて、「首実検」※を行いました。
敵方の武士を慰霊する目的もあったそうですが、首で吉凶を占っていたというから驚きです!

※戦場で討ち取った敵の首を、確かにその者の首かを、大将自らが検査したこと。

どうして吉凶を占ったの?

斬られた瞬間の表情が残るため、全ての生首が目を閉じていた訳ではありませんでした。右方向を見ていたり、下を向いたり、様々な表情が見られたことから、自軍にとって吉か凶かを占ったんだそうな。いやいや、占わなくてもいいんじゃないの? と、つっこみたくなりますが…….。

凶はどんな首?

不吉とされたのは、歯をくいしばる「歯噛み」の首。首祭りをして、祟りを払ったんだとか。こ、こわー!

こんなのも凶!

片目を閉じていたのも、不吉とされました。死の瞬間に、片目だけ閉じるって、とってもレアな気がするけどなぁ。

敵を「凶」にするために、頑張って片目を閉じて亡くなった方もいたのだろうか……。

これは吉!

両目を閉じ、優しげで落ち着いた表情の首は、「仏眼(ぶつげん)」と呼ばれて吉とされました。死してなお、人格者なのか?

右に目が向いているのは、味方にとっては吉で、敵方にとっては不吉とされました。反対に左に目が向いているのは、敵方にとって吉で、味方にとっては不吉とされたようです。

左右で意味が分かれているのは、左は生存につながる方向で、右は死につながるという考え方が影響しています。首を正面にして吉凶判断するので、目が右を向いている場合は、見ている者にとっては、左側な訳ですね。

その後、首はどうなった?

首実検が終ると、勝利した新しい領主の誕生を知らせるために、生首は民衆にさらされたようです。首を獄門台に乗せて、見せしめに使われました。首を捨ててしまうこともあり、その場合は北の方角へと決められていました。北は逃げるという意味合いからのようです。

格式の高い武将の場合は、首桶に入れて、丁重に敵国へ送り返されました。これは、時代劇のシーンでも、出て来たりしますね! 首塚を立てて手厚く弔う場合もありました。全国各地に残っているので、近所にもあるかもしれませんよ。

首実験に関するエピソードはこちらに! 勇気ある方は読んでみてください!
首を煮る・ムチで打つ…。戦国武将の「恐怖の首実検」エピソードを紹介

アイキャッチ:メトロポリタン美術館より
参考文献:『戦国の作法』小和田哲男監修 株式会社G.B.発行 精選版日本国語大辞典

生きている人も、顔で大方のことがわかるそうです↓↓↓


顔を見れば9割わかる

書いた人

幼い頃より舞台芸術に親しみながら育つ。一時勘違いして舞台女優を目指すが、挫折。育児雑誌や外国人向け雑誌、古民家保存雑誌などに参加。能、狂言、文楽、歌舞伎、上方落語をこよなく愛す。十五代目片岡仁左衛門ラブ。ずっと浮世離れしていると言われ続けていて、多分一生直らないと諦めている。

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大学で源氏物語を専攻していた。が、この話をしても「へーそうなんだ」以上の会話が生まれたことはないので、わざわざ誰かに話すことはない。学生時代は茶道や華道、歌舞伎などの日本文化を楽しんでいたものの、子育てに追われる今残ったのは小さな茶箱のみ。旅行によく出かけ、好きな場所は海辺のリゾート地。