日本文化の入り口マガジン和樂web
11月29日(火)
うるさすぎるだと? そりゃお前さんが老いたってことだよ(オジー・オズボーン)
日本文化の入り口マガジン 和樂web
日本文化の入り口マガジン 和樂web
11月28日(月)

うるさすぎるだと? そりゃお前さんが老いたってことだよ(オジー・オズボーン)

読み物
Culture
2021.12.05

ライダーたちよ埼玉に集まれ!ポップ吉村のメモリアルコーナーが小鹿野バイクの森にオープン

この記事を書いた人

2021年11月27日、埼玉県秩父郡小鹿野町にある『小鹿野バイクの森』にメモリアルコーナーが設置された。

『伝承・ポップ吉村』という名のコーナーだ。

それに合わせて小鹿野バイクの森では、吉村“ポップ”秀雄の親族や関係者、ヨシムラSERT Motul所属の選手も招いたオープニングセレモニーが開催された。筆者も静岡から愛車SV400Sに乗ってこのイベントに赴き、取材をした。今回の記事はその様子を伝えると同時に、メモリアルコーナー設置の意義、そしてポップ吉村の功績を改めて振り返ってみたい。

ポップ吉村の家族がトークショーに登壇

その日の筆者の出発は、午前7時前だった。

いよいよ冬に突入した山間部を、赤いSVが突っ切る。しかし格好いいのはあくまでもマシンの方で、それに跨る筆者はあまりの寒さに耐えかねて漏らしかけた。近くに道の駅があったのは幸いだった。

静岡県静岡市から秩父までは、これぞツーリングという具合の道を通る。新東名道の新静岡ICから清水JCTへ行き、そこから中部横断道に乗って山梨県甲府市まで北上する。以降は中央道を挟みつつ国道140号線に乗り入れて雁坂トンネルをくぐり、埼玉県へ抜ける。東京都には一切足を踏み入れない。終始山を上り下りするルートだから、かなりの厚着をしても身体の芯から冷えてしまう。なお、これはソロツーリングである。

今回の取材は、何としてでもバイクで行かないと意味がない。小鹿野バイクの森に新設された『伝承・ポップ吉村』メモリアルコーナー。27日に開催されたオープニングセレモニーでは、多くのライダーが自慢の愛車と共に会場へ駆けつけた。堂々のリッタースポーツに乗っている人もいれば、ヨシムラ集合マフラー装着のスーパーカブで現れた人もいる。400ccも多い。まるでバイクの展覧会のような様相だ。トークショーにはポップの長男、ヨシムラジャパン代表吉村不二雄氏、モリワキエンジニアリング代表森脇護氏、そして護氏の妻でポップの長女に当たる森脇南海子氏が登壇。往年のポップの業績や彼の情熱、闘志を熱く語った。さらにFIM世界耐久選手権(EWC)の年間チャンピオンに輝いたヨシムラSERT Motulの加藤陽平チームディレクター(ポップの孫に当たる人物)、そして同チームのライダー渡辺一樹選手も登場。今を輝くヨシムラの関係者が会場を湧かせた。2021年はパンデミックがますます深刻化し、鈴鹿8時間耐久レースは2年連続で中止になった。決して良好とは言えない状況の中、ヨシムラSERT Motulのマシンは突出した戦闘力を発揮して見事栄冠を勝ち取った。おめでとう、ヨシムラ! 感動をありがとう!

83年シーズンのマシンが再び

このイベントには、2台のヨシムラマシンが登場した。

1台は2021年の世界耐久選手権を制覇したGSX-R1000R、もう1台は1983年の鈴鹿8耐に出場したヨシムラ×モリワキのGSX1000である。38年前のレーシングバイクが動態保存されているということにも驚きだが、今回のイベントでは実際にGSX1000のエンジンを動かすというパフォーマンスが行われた。ヨシムラのメカニックを務め、チームに幾多の栄光をもたらした「伝説のピットクルー」浅川邦夫氏がマシンに搭乗する。なお、このGSX1000はセルモーターがない。加藤氏が後ろからマシンを押してエンジンをかける。

見事に始動したGSX1000。しかし浅川氏は、

「1発動いてないね」

と話す。GSX1000は4気筒だが、どうやらそのうちの1気筒が動いていないらしい。

「スパークプラグはここにあるんだけど、肝心のプラグレンチがない。18mmのやつ」

浅川氏がそう説明した直後、

「誰かレンチ持ってませんか!?」

という呼びかけが即座に上がった。

ライダーは「横のつながり」の中で生きている。困った時はお互い様、窮地を乗り切るための互助精神が自然と身についている。ここでも一般来場者の中に18mmプラグレンチを持っている人物が現れた。会場は拍手喝采に包まれる。その光景はまさに、80年代の鈴鹿サーキットの再現だった。プラグレンチを手にした浅川氏は、実に迅速な手つきでプラグを交換する。そして2回目の始動。が、またしてもトラブル発生。どうやら先ほどとは別の気筒が動いていないようだ。それでもポップの弟子は絶対に諦めない。プラグレンチを操り、問題の気筒に再び火を灯せるようにする。

3回目のスタート。今度は上手く行った。GSX1000の4気筒エンジンが往年の唸りを上げる。狼のようなヨシムラサウンド。アクセルを捻る度に、寒空を切り裂くような音が広がる。それは空の彼方にいるポップの耳にも入ったはずだ。

強い意志を持った複数人が協力し、ひとつの目的を果たすために全力を振り絞る。ポップの教えが受け継がれているという事実を、筆者は小鹿野で目視することができた。

ポップの情熱を若いライダーに

「私は若いライダーたちに、父のことを伝えたいんです!」

ポップの長女・南海子氏は筆者に対し、語気を強めてそう語った。ポップ吉村は、その生涯の中で何度も絶望を味わった人物である。戦前は旧海軍の予科練に入隊するも事故で挫折、その後は猛勉強を重ねて航空機関士になるも、戦争中は特攻隊の先導というあまりに悲惨な任務を引き受けた。ウイスキーをストレートで暴飲する日々を過ごすようになり、それがたたって胃の3分の2を切除し、敗戦後は生き抜くために進駐軍の物資の横流しにも手を出した。

やがてバイクのチューニングに目覚め、それがポップの天職となる。驚異的なエンジン改造の技術により日本はおろか海外にもその名が知られるようになったが、彼の「神の手」は詐欺師をも寄せ付けてしまう。アメリカで全財産と「ヨシムラ」のロゴを奪われ、さらに新しく立ち上げた会社が全焼しポップも大火傷を負うという不運にも見舞われた。

が、災いの度にポップは必ず立ち上がった。

ヨシムラにとって、かつてそのロゴが詐欺師によって収奪されていたことは暗黒の歴史かもしれない。が、ポップは詐欺師たちには到底真似できない「高品質の部品の市場供給」という手段で反撃を実行し、ロゴを奪還した。ポップの苦闘の歴史は、今現在の栄誉に直結していると表現してもいいだろう。パンデミックという災禍に打ちひしがれた今だからこそ、若いライダーにポップの情熱を伝える必要がある。この情熱は、我々現代人に対して必ず「明日への希望」を示してくれるはずだ。それが南海子氏の言葉の意図であると筆者は捉えた。

バイクと町おこし

小鹿野町は「バイクによる町おこし」を目指している。首都圏からのツーリング客の招致を町ぐるみで行っている地域であり、此度のイベントも町の熱心な後押しがあってこそのものと言える。

東京都内から小鹿野町までバイクで行くのは、ちょっとしたアドベンチャーである。たとえば新宿から小鹿野バイクの森まで移動するとなると、最短でも2時間近くの距離。花園ICで関越自動車道を降りたあたりから、自然の緑に富んだ光景が広がる。さらに秩父には温泉施設もあるから、日帰りツーリングには絶好の目的地だ。

新型コロナウイルスは、我々現代人にあらゆることを学習させた。その中でひとつ、敢えて前向きなものを挙げるなら「国内旅行の面白さ」だ。海外旅行に行けなくなってしまった今、そのエネルギーと資金を国内旅行に注ぎ込んでみると、それまで気づかなかった「日本の魅力」を確認することができる。こんな土地が我々の身近にあったのか! という具合に。

ツーリングを楽しむのに、愛車の排気量は関係ない。リッターマシンも原付も、シートに跨ればその目前にあるのは雄大な景色だ。

小鹿野町は、情熱に燃えるライダーの来訪をいつでも待っている。

「小鹿野 バイクの森」
住所 埼玉県秩父郡小鹿野町般若360-1

ヨシムラジャパン公式サイト

書いた人

ノンフィクションライター、グラップリング選手、刀剣評論家。各メディアでテクノロジー、ガジェット、ライフハック、ナイフ評論、スタートアップビジネス等の記事を手がける。