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Culture
2022.03.30

大河の予習に『慈光寺本承久記』を読んでみたら、作者が元祖緊縛フェチだった

この記事を書いた人

たまたま鎌倉に来ていただけの津久井重高(つくい しげたか)さんは、妻子に別れを告げる暇もなく従軍させられました。けれど本来なら朝廷軍で戦うべきだと抜け出したところ、追いかけて来た鎌倉軍に討ち取られてしまった、という悲劇が起きました。

さてさて、一方の朝廷軍はというと……。

▼「『慈光寺本承久記』を読んでみた」シリーズの過去記事はこちらからどうぞ!

遠江井介が鎌倉軍の味方に!

北条時房(ほうじょう ときふさ=北条義時の弟)は尾張国に到着しました。そして時房の元に遠江井介(とおとうみの いのすけ)という人物がやってきます。イノシシのマスクを被っていそうなこの人物、よくわかりませんが、おそらく井伊氏の先祖だと思います。そしてこの付近では有名な、強い人のようです。

猪突猛進!! 猪突猛進!!

墨俣(すのまた)に陣を張っていたのは、総大将である藤原秀康(ふじわら ひでやす)の弟、秀澄(ひでずみ)くんです。そして彼の下にいた尾張国の山田重忠(やまだ しげただ)という武士が遠江井介が鎌倉軍の味方になったという情報を聞きつけ、進言しました。

「遠江井介が鎌倉軍についたということは、この軍勢を分けて防衛しても意味がありません。今すぐ朝廷軍をこの墨俣にあつめて、井介を討ち取りましょう。そして北条泰時(ほうじょう やすとき=義時の長男)・時房も討ち取って、鎌倉に攻めて、義時を討ち取りましょう。

それから鎌倉を焼いたあとは北陸道に回り、北条朝時(ほうじょう ともとき=義時の次男)も討ち取って、後鳥羽上皇の前に帰りましょう!」

けれど秀澄くんは本文曰く「天性の臆病者」でした。

「それは、もっともな作戦だけど、全軍をここに集めて、東海道を通って鎌倉に行けば、その間に北陸道の北条朝時や中山道の武田・小笠原たちが要所を固めてしまい、我らが恥をかいてしまいますよ。

それに馬や兵たちも今日は疲れてるだろうし、ここで待ち伏せて坂東武者たちを全滅させてしまいましょう」

う~ん、言葉は勇ましいけれど、消極的な作戦ですね。

ニンジャ登場!?

これを聞いた山田さんは「秀澄の言い方がなんかムカつく」と思い、自分の部下2人に命じて、様子を見に行かせました。そして同じように、井介も2人の部下に様子を見に行かせます。いわゆる、斥候(せっこう)というもので、役割的には忍者のようなものです。

この斥候がハッキリと出て来る軍記物って、何気に初めてじゃないでしょうか?

山田さんの斥候と、井介の斥候は途中でバッタリ出くわしました。山田さんの斥候たちは咄嗟に地元民になりすまし、井介の斥候たちはすっかり騙されてしまいました。あ! これは忍者の七変化「常の形」ですね!!

井介の斥候は馬に乗り、偉そうに「墨俣まで案内せよ」と言いました。山田さんの斥候は、しおらしく従うフリをして、頃合いを見て反撃します。その時の様子がとてもカッコよくて詩的に表現されているんですよ!

(井介の斥候を)6月の固い土に馬から落として後ろ手に縛り、首に縄をかけた。そして2人の馬を奪い取り、馬で追い立てて山田重忠の元へ連れて来た

なに、いきなり「6月の固い土」とかいう上手い表現……! あとなんか、押松くんが捕まった時もなんですけど、拘束されている人の描写になるとやたらノリノリじゃないですか? この作者、そういう嗜好なんですか?

まぁそれはともかく、山田さんにとても褒められました。

なぜなぜ、どうして! 京の武者!?

さて。山田さんは本文曰く「道理を弁えた武士なので」、捕まえた井介の斥候の1人を大将である秀澄くんに渡し、もう1人を尋問します。そして幕府軍の動向をありのままに聞き出します。

しかし秀澄くんは本文曰く「心がたるんだ武士なので」、その場で逃がしてしまいました。

なぜ……なぜなの? ほんと、ごめん秀澄くん! いくら朝廷軍推しとはいっても、これはマジで弁護の余地がないんですけど!? 来世まで正座で反省してください!!

幕府軍と朝廷軍、お互いの作戦がだだ漏れてしまいましたが……一体どうなるのでしょうか!!

私も仕事に失敗したとき「心がたるんだ社会人なので」って使おうと思います。

書いた人

神奈川県横浜市出身。地元の歴史をなんとなく調べていたら、知らぬ間にドップリと沼に漬かっていた。一見ニッチに見えても魅力的な鎌倉の歴史と文化を広めたい。