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「歌舞伎」「文楽」「能」比べてわかる基礎知識!!〜歴史編〜

日本を代表する3つの芸能。その成り立ちには異なる背景があり歴史があります。日本の芸能史の流れを比較しながら見てみましょう!

「私たちが現在観ることのできる能の様式は、江戸時代にはほぼ完成されていました。そのころにようやく文楽や歌舞伎が生まれたと考えていいでしょう」と歌舞伎を中心に日本の近世・近代の芸能を研究する矢内賢二さん。一般的には、歌舞伎の俗っぽさは格式ある能への反発から生まれた、という見方もありますが?「その考えは正しくないですね。むしろ初期の歌舞伎は狂言の演目を取り込んでやっていたぐらいで、能楽に大きく影響されていました。能楽の“いいとこ取り”をしながら歌舞伎は発展してきたと考えたほうがいい。文楽の母胎である浄瑠璃も、最近の研究では、竹本義太夫よりひとつ前の世代の語り手は謡曲を手本にしていたとの見方があります。つまるところ、江戸期まで日本で確立された舞台芸能はほとんど能楽しかなかったわけですから」

文楽、歌舞伎は後発組ならではの強みで、大衆に受けるために貪欲に演目や舞台装置を考案。江戸期に熱狂的な隆盛を迎えたこともあり、今では広く知られる存在に。「能は創成された当時から、ずっと時の権力者の保護を受けていたことも、ほかのふたつの芸能の発展の仕方と大きく異なるところです。興行を成り立たせるために、大衆の意見を取り入れるといった必要性が能にはなかった。能においてのみ一貫して、確立された様式が今日まで続いているのはそんな背景もあるのです」-2014年和樂6月号より-

写真提供/(左)平成中村座ニューヨーク公演実行委員会(右)小田原文化財団

奈良時代、大陸から伝来した民間芸能「散楽」がルーツ

●確立された年/1300年代半ばごろ
●確立された地/奈良
●大成者/観阿弥
●演者の基本構成/役は主役のシテ、シテの相手方のワキに大きく分かれ、そこに演奏担当の囃子方が加わる。演目により狂言方が入ることも。合唱の地謡、舞台進行を助ける後見も含め舞台上にいる人物は全員が能の演者。
●現在の状況/シテ方、ワキ方、囃子方、狂言方すべて分業の世襲制。さまざまな役を担うシテ方が圧倒的に人数が多く、観世・宝生・金春・金剛・喜多の五流派がある。

文楽

「語り物」の浄瑠璃と人形芝居が江戸期に一体化

●確立された年/貞享元(1684)年
●確立された地/大坂
●大成者/竹本義太夫
●演者の基本構成/「語り」を担当する太夫と三味線で演じられる浄瑠璃。この演奏に合わせて人形遣いが人形を操り人形浄瑠璃に。19世紀に活躍した興行師・植村文楽軒の名にちなみ、文楽が人形浄瑠璃の代名詞となる。
●現在の状況/太夫・三味線・人形それぞれに江戸期から続く家系はあるが、厳密な世襲制はない。現在、国立文楽劇場研修生の卒業生の多くが文楽の技芸員として活躍。

歌舞伎

阿国のかぶき踊りを経て個人の役者が芸を確立

●確立された年/元禄年間(1688~1704年)前後
●確立された地/上方・江戸
●大成者/坂田藤十郎、市川團十郎など
●演者の基本構成/大きく分けると成人男性「立役」と男性が女性を演じる「女形」の二役。物語により敵役や若衆方などさまざまな役柄に分かれて演じられる。演じ分けに歌舞伎独自の化粧が効果を発揮。
●現在の状況/上方の坂田藤十郎、江戸の初代市川團十郎など歌舞伎創始期から続く役者名を名跡と呼ぶ。名跡を襲名することで芸を継ぐ形式が今日まで続く。

解説/矢内賢二

(やないけんじ)
日本芸術文化振興会(国立劇場)勤務、京都造形芸術大学講師・准教授を経て現職に。著書に『明治キワモノ歌舞伎 空飛ぶ五代目菊五郎』などがある。

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