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CULTURE

日本刀は「斬る」だけじゃない! 徳川家康、豊臣秀吉を支えた名刀

「武士にとっての刀は、モフモフのぬいぐるみや“ライナスの毛布”みたいなもの」と語るのは、京都国立博物館研究員で金工スペシャリストの末兼さん。日本刀は、身近にあることで安心する精神的支えであり、お守りだったのです。今回は、戦国時代を代表する武将、徳川家康と豊富秀吉が愛した名刀をご紹介します。

徳川家康が守り刀とした「ソハヤノツルキ」

日本刀[太刀 無銘 光世作]ソハヤノツルキ 重要文化財 鎌倉時代 刃長67.9㎝ 反り2.4㎝ 久能山東照宮博物館

築後の名工、三池典太光世の作と伝わる「ソハヤノツルキ」は、家康の守り刀。数々の名刀を得た家康が最後に選んだのは、簡素で力強い一口でした。平安の征夷大将軍・坂上田村麻呂の刀「そはやの剣」の写しと見ていたという説も。敵は西から来ると考えていた家康は、自らの死後も刀の切先を西向きに立てておくよう遺言していました。

豊富秀吉が愛したほぼ「斬れない」名刀

日本刀吉光作[脇差 銘 吉光]名物 鯰尾藤四郎 鎌倉時代 山城国 刃長38.5㎝ 徳川美術館

機能美だけがの美しさじゃない! そう、日本刀は懐が深いのです。「鯰尾藤四郎」は、大坂の陣で一度焼けてしまった“焼け身”の刀。「斬る」という、刀としての機能は推して知るべしですが、その姿や伝来から名物とされ、秀吉も愛し続けた日本刀です。実は、斬れる・錆びないなど機能面だけでは評価しないのが刀の世界。そもそも近世以前のつくり手には、「機能」と「デザイン」を分ける概念がなかったのです。

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