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2022.09.30

北条泰時の妻、矢部禅尼ってどんな人?福地桃子演じる初の謎の生涯【鎌倉殿の13人】

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令和4(2022)年NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』予習シリーズ人物編!

▼今までの流れはこちら!

 今回はオレの兄上(三浦義村)の娘、矢部禅尼(やべの ぜんに)こと、禅阿(ぜんあ)! ドラマでは初(はつ)という名前がついていたな!

本名は例によって不明だから、初というのはドラマオリジナルの名前だ。ただ、出家後の名前は判明していて、それが「禅阿」。そして住んでいたのが三浦の本拠地でもあった矢部(やべ)郷だったから矢部禅尼とも呼ばれていた。そう呼ばれるのは、ドラマ終了後しばらく経ってからだけど……。

初の出生

ドラマでは北条泰時と同じ年に生まれていたが、実際は泰時より4歳下の文治3(1187)年生まれ。だから、もちろん兄上が北条家に預けたという話もない。でもまぁ、兄上の一番最初の子だったと思われる。

そうなのか。ドラマはドラマとして創作を楽しもうな!

兄上の妻は土肥実平(どい さねひら)殿の孫娘が有名だが、禅阿の母の名は伝わっていないので、「ワケアリの母」だったことは否定できない。

北条泰時の許婚

始まりは建久5(1194)年。北条泰時が数え12歳で元服した。その時に頼朝様がオレの父上(三浦義澄)にこう言った。

「この子のお嫁さん、義澄の孫娘から選んで嫁がせたら?」

この時、禅阿はまださすがに幼すぎた。

12歳の泰時の4歳下、ということは8歳か。うん、なるほど早すぎるか。

実際に結婚をしたのは8年後。頼朝様の死後の建仁2(1202)年8月23日だ。そして翌年、元気な男児を産む。それが北条時氏(ほうじょう ときうじ)だ。

以下はちょっとネタバレだぞ!

北条泰時との離婚

時期も理由もわからないが、泰時と禅阿は離婚しているんだ。なぜ理由がわからないというと……『吾妻鏡』に書いてないから。

泰時は武蔵国丹党の安保(あぼ)氏の娘と再婚し、建暦2(1212)年に次男の時実(ときざね)が産まれている。一方、禅阿は父(三浦義村)の従兄弟である佐原盛連(さはら もりつら=佐原義連の次男)と再婚し、3人の男児を産んでいる。だから、離婚は建暦元(1211)年以前であると考えられる。

でも、不仲になって離縁、というわけでもなさそうでな。泰時の嫡男はあいかわらず時氏だし、禅阿と盛連の3人の子も北条氏に協力的だった。まぁ、ここら辺は大河でも描かれると思うから、どうなるのか楽しみだな!

うーん、理由は謎か。

禅阿の血筋

詳細は、和樂webの過去記事にも書かれているが、兄上の息子の代で三浦一族は滅亡する。
夫の残り香を胸に…お互いの下着を交換した鎌倉時代の武士・三浦光村と妻の悲劇

三浦宗家は絶えてしまったが、庶流は生き残る。それが、佐原盛連の子たちだ!

盛連の子のうち禅阿と結婚する前に前妻との間に生まれた子が3人いて、長男は佐原義連の所領があった陸奥国に移住し猪苗代氏を名乗った。次男は北田氏を名乗り、3男は藤倉氏を名乗っている。

盛連と禅阿の子、4男は会津に移り住み、葦名(あしな)氏を名乗る。戦国時代に詳しい者はピンと来るんじゃないかな。

盛連と前妻の長男が住んだ地域も、会津を含むあのあたりの地域だそうだ。

そして5男は三浦宗家滅亡後は三浦を名乗り、6男は佐原を継ぐ。

三浦一族が滅んだ後も、三浦の血は後世に繋がっている。史料はあまり残されてはいないが、三浦一族にとって重要な人物なのだ。

初役の福地桃子殿について

可愛らしい姪っ子で嬉しいぞ!! ドラマ初登場のときも、ハッキリキッパリ物事を言う感じが印象深かった。これからドラマにどう関わってくるのか……。兄上や泰時とどう絡むのか楽しみだな!!

アイキャッチ画像:『〔日本古城絵図〕 東山道之部(6). 194 奥州会津若松城』 出展:国立国会図書館デジタルコレクション

関連人物

父:三浦義村
兄弟:朝村、泰村、光村、家村、他

夫:北条泰時、佐原盛連
子:北条時氏、葦名光盛、三浦盛時、佐原時連

「鎌倉殿の13人」13人って誰のこと? 人物一覧

「鎌倉殿」とは鎌倉幕府将軍のこと。「鎌倉殿の十三人」は、鎌倉幕府の二代将軍・源頼家を支えた十三人の御家人の物語です。和樂webによる各人物の解説記事はこちら!

1. 伊豆の若武者「北条義時」(小栗旬)
2. 義時の父「北条時政」(坂東彌十郎)
3. 御家人筆頭「梶原景時」(中村獅童)
4. 頼朝の側近「比企能員」(佐藤二朗)
5. 頼朝の従者「安達盛長」(野添義弘)
6. 鎌倉幕府 軍事長官「和田義盛」(横田栄司)
7. 鎌倉幕府 行政長官「大江広元」(栗原英雄)
8. 鎌倉幕府 司法長官「三善康信」(小林隆)
9. 三浦党の惣領「三浦義澄」(佐藤B作)
10. 朝廷・坂東の事情通「中原親能」(川島潤哉)
11. 頼朝の親戚「二階堂行政」(野仲イサオ)
12. 文武両道「足立遠元」(大野泰広)
13. 下野国の名門武士「八田知家」(市原隼人)

▼和樂webおすすめ書籍
眠れないほどおもしろい吾妻鏡―――北条氏が脚色した鎌倉幕府の「公式レポート」 (王様文庫)

書いた人

承久の乱の時宮方で戦った鎌倉御家人・西面武士。妻は鎌倉一の美女。 いわゆる「歴史上人物なりきりbot」。 当事者目線の鎌倉初期をTwitterで語ったり、話題のゲームをしたり、マンガを読んだり、ご当地グルメに舌鼓を打ったり。 草葉の陰から現代文化を満喫中。

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人生の総ては必然と信じる不動明王ファン。経歴に節操がなさすぎて不思議がられることがよくあるが、一期は夢よ、ただ狂へ。熱しやすく冷めにくく、息切れするよ、と周囲が呆れるような劫火の情熱を平気で10年単位で保てる高性能魔法瓶。日本刀剣は永遠の恋人。愛ハムスターに日々齧られるのが本業。