Culture
2022.09.17

うどん出汁ビールとは?これぞ日本、和食に合う変わり種誕生秘話

この記事を書いた人

おいしい出汁を飲むと、心と身体がとっぷりと満たされるような気がします。細胞のひとつひとつが緩むような、脳に直接あたたかなものが流れ込むような。

かつお節に昆布、煮干にしいたけ。それらの「うまみ」の魅力はわたしたちの身体の中にくっきりと刻まれていて、そこから少しでも離れると無意識に欲するようにさえ思うのです。

海外に長期滞在した後のお味噌汁のありがたさや、こってりした外食が続いたあとのおうどんの優しさ。ぱきっと出汁の効いたお料理は目が覚めるようにおいしくて、わたしたちの心を柔らかくほどいてくれるのです。

そんな日本人のくらしにかかすことのできない出汁。それをビールの世界にも持ち込み、「出汁ビール」なるものを生み出した2人の男たちがいます。香川県出身のうどん職人であり、ビールの審査資格を持つビアジャッジ、そしてビールの魅力を伝えるビアジャーナリストである服部 貴、別名Phantom Zebraさん(以下ゼブラさん)。そして東京都昭島市にあるISANA Brewingの代表であり醸造責任者の千田恭弘さん(以下千田さん)。

写真左:ISANA Brewing穂乃香さん、写真中央:ゼブラさん、写真右:ISANA Brewing千田さん

「出汁を使って日本らしいビールを造りたい!」という彼らの熱き想いによって、前代未聞、水の代わりに出汁で醸造した「Zebra Udon Dashi Ale」は出来上がったのです。

日本各地のうどん出汁をビールに

「Zebra Udon Dashi Ale」はうどん出汁をテーマにしたクラフトビール。現在に至るまで4種類のビールがリリースされていますが、それぞれ違う地域のうどん出汁で醸造されています。

Type-S 讃岐うどん出汁(東讃風のバランス型)
Type-G 五島うどん出汁(焼きあご)
Type-S2 讃岐うどん出汁(西讃風の伊吹いりこ)
Type-M 武蔵野うどん出汁(椎茸鰹節長葱)

同じ讃岐でも東と西、そして中央ではうどん出汁が異なることが多いのですが、その文化の違いをビールに溶け込ませているのです。

スモークビールのような鰹節の香ばしい香りに、ヒノキを思わせるウッディさ。「Zebra Udon Dashi Ale」を一口飲めば「……これは出汁だ!」と声をあげずにはいられない程の出汁のインパクトが襲ってきます。口の中に広がるくっきりとしたうま味に続くのは、ホップの苦味と麦の甘み。何口か確かめるように味わって、最終的に「出汁だけど、これはビールだ……うまい」となるのです。

そのうどんの味を十分に想像できつつも、ビール感をたっぷりと楽しむことができる(おまけにうどんも啜りたくなる!)、「Zebra Udon Dashi Ale」はそんな新しい体験をすることができるビールなのです。

では一体どのようなきっかけでこのビールは生まれたのか、そして「出汁でビールを造る」ということにはどのような苦労があったのか、「Zebra Udon Dashi Ale」誕生秘話についてゼブラさんと千田さんにお伺いしました。

全然味が想像できない!

最初の工程はうまい出汁を引くこと!?「Zebra Udon Dashi Ale」

――「出汁ビール」誕生のきっかけはなんだったのでしょうか?

ゼブラさん:わたしがISANA Brewingに飲みに行った際、かつてから飲みたいと思っていた「出汁ビール」を造ってほしいと千田さんに話したことがきっかけです。

わたしがクラフトビールの虜になったきっかけはベルギービールなのですが、ベルギービールってうまみやコクがすごくあるんですね。いままで日本の大手4社のキレや喉ごしを重視したビールしか飲んだことのなかったわたしには、それが衝撃的でした。そして思ったんです。「なぜ日本はうまみの国なのに、うまみを感じるビールがないのだろう?」と。うどん職人をしていたのもあるかもしれませんが、そこからかつおぶしやいりこなどといった出汁を使ったビールを飲みたいとずっと思っていたんです。

当時は日本各地のビールを飲み歩くために、数百カ所のブルワリー巡りをしていた時期。様々なブルワリーを訪れてブルワーさんと話す機会があると「出汁を使ったビールを造れないか?」と話をしていたのですが、話は盛り上がってもそれが現実的に進むことはありませんでした。そんな中で千田さんだけは「いいね!造ってみよう!」と言ってくれて、本当に話が進んでいったんです。

千田さん:当時わたしも「日本らしいスタイルのビールを作りたい」と思っていた時期だったので、ゼブラさんの提案をすごく面白く感じました。

ビアスタイルは原料や醸造方法、そしてビールの生まれた地域の違いなどによって分類されていて、全世界に150種類以上存在しているんですね。しかし「これぞニッポン!」というビアスタイルはまだなくて……いつか造ってみたいと思っていたタイミングだったので、そこから出汁を使ったビールについて真剣に考えだしました。

――きっかけは飲みの場で、お互いのやりたきことがバチバチっと化学反応したからだったのですね!そのあとは醸造はどのように進んでいったのでしょうか?

千田さん:まずはレシピ作りですね。ビールは酵母によってもその味わいが変わるのですが、出汁の複雑さには、複雑な香りを出してくれる酵母がいいなと思ったのでベルジャン酵母を採用。そして苦みがないとただの出汁に感じてしまうと思ったので、ホップの苦みをしっかりと効かせるレシピにしました。

通常ビールを醸造する際には、麦芽、酵母、ホップ、水を使用するのですが、「Zebra Udon Dashi Ale」では水の代わりに本物の出汁を使用することにし、出汁のプロであるであるゼブラさんに、出汁に必要な材料やテクニックなどを教えてもらいました。

――本物の出汁を引くところからビール造りが始まるのですね!

千田さん:そうなんです。ちなみにビールに必要な量の出汁を取ろうとすると、ものすごく大量の材料が必要になります。最初ゼブラさんの言うままに材料を発注したら、見たこともないような量のかつお節が届きました(笑)

――なんと!1回のビール用の出汁に、どのくらいの量の材料を使用するのですか??

千田さん:例えばType-S2 讃岐うどん出汁(西讃風の伊吹いりこ)を醸造する際には、いりこを5.5キロ、利尻昆布を750グラム使用しました。

ゼブラさん:ビールの醸造タンクはうどん屋さんの寸胴よりもはるかに大きいので、普通の人が目にすることはない量の材料が必要になるんですよ。

――出汁を使ってビールを醸造してみて、大変だったことはありますか?

千田さん:すべてが手探りでのスタート。実は醸造当日、大量の出汁を引きながら「あれ?なんで本物のうどん出汁と同じ濃度の出汁を作っているのだろう?」と自分自身に引いていました。ビールを飲んだ時、ふわっと出汁の香りがすればいいわけで、こんなにもたくさんの材料費を使って出汁を前面に押し出す必要があったのか、不安になってしまったんです。引いた出汁は本当に美味しかったですが、醸造中はずっとナイーブな状態でしたね(笑)

そしてそれに輪をかけるように、ビールの発酵中にものすごい動物臭が出てきてしまったんです。とにかく臭くて、おまけにめちゃくちゃ濁っていました。原価高い材料使ったにも関わらずこんな状態になってしまい、正直終わったなと思いました。

――動物臭……それでどうなったのでしょうか?

千田さん:それが発酵を終わらせて、温度を落として酵母が沈殿すると、ぴかぴかの褐色のビールが現れたんですよ!酵母の力って本当にすごいですね。だくだく感やまずいものを全部抱え込んで沈殿してくれたおかげで、発酵中とは全く別物のものすごく美味しいビールになったんです。飲んでみてびっくりしました!

ゼブラさん:千田さんからちょこちょこ連絡がきていて、やばいな……と思っていたのですが、急に「すごいのができた!」と連絡が入り飛び上がって喜んだことを思い出します。

――1回目の醸造で「出汁ビール」が完成したのですね!すごいです!

千田さん:お互いがやりたいと思っていた点と点が繋がり、線になった瞬間でしたね。最初に考えたレシピがバチっとハマったので、2作目以降もレシピは変えず、同じ麦とホップ、そしてベルジャン酵母を使用して醸造しています。ベースは同じで出汁を変えることで、出汁の違いを明確に感じてもらうことができるんです。出汁の違いでビールの味わいが全然変わるのでおもしろいですよ。

――それは飲み比べしてみたいですね!今後はどのような出汁ビールを醸造するご予定なのでしょうか?

ゼブラさん:出汁に個性があり、全国各地で味わいが異なるのがうどん出汁のおもしろいところ。まだまだいろいろな種類のうどん出汁があるので、それらをビールにしていきたいと思っています。

日本文化を舌で感じるビール

「Zebra Udon Dashi Ale」は、海外の人にもとても人気だといいます。飲み口から感じる出汁のうまみに、そこに紐づくうどんの地域多様性。日本の魅力を様々な角度から伝えてくれるこのビールは、わたしたちに日本文化を舌を通じて感じさせてくれるのです。

「たくさんのブルワリーに、出汁を使ったビールを醸造してもらいたいと思っています」。最後にゼブラさんはこう語ってくれました。

彼らの夢はあくまでも出汁ビールを「ジャパニーズスタイルビール」にすること。そのためには多くの人がこのビールを醸造し、広まっていく必要があるのです。そのためにゼブラさんは「出汁ビール親善大使」として各地のブルワリーを回っているといいます。いつの日か。そう遠くない未来にここからひとつのビール文化が誕生するのかもしれません。

日本の伝統の味とビールの融合。私も飲んでみよう!

「Zebra Udon Dashi Ale」の次回醸造は秋予定。次はどこのうどん出汁を使うのか、いまから楽しみで仕方ありません!詳しい情報はISANA BrewingのHPにアップされていくそうなので、興味のある方は是非チェックしてみてくださいね!
ISANA Brewing HP

書いた人

お酒をこよなく愛する、さすらいのクラフトビールライター(ただの転勤族)。アルコールはきっちり毎日摂取します。 お酒全般大好物ですが、特に好きなのはクラフトビール。ビール愛が強すぎて、飲み終わったビールラベルを剥がしてアクセサリーを作ったり、その日飲む銘柄を筆文字でメニュー表にしています。 居酒屋の店長、知的財産関係の経歴あり。お酒関係の記事のほか、小説も書いています。