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2022.11.14

幻の衝撃作!?「河内十人斬り」 上方の話芸で語る河内家菊水丸さんにインタビュー!

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「河内十人斬り(かわちじゅうにんぎり)」――内縁の妻を寝取られた男が狂気にいたる、明治時代に河内国(現在の大阪府)で実際にあった事件をドキュメントする河内音頭のスタンダード・ナンバーは、日本の伝統芸能のなかでも筆頭の奇譚として知られる存在だ。同演目を河内音頭の第一人者、河内家菊水丸さんが久しぶりの東京独演会にて敢行すると聞きつけ、現場へ。2022年、音頭生活45周年、プロ活動40周年を迎えた菊水丸さんご本人に直撃してきた。


河内家菊水丸(かわちや きくすいまる)さんプロフィール

1963年2月14日、大阪府八尾市生まれ。9歳で父 河内家菊水に入門。17歳、高校3年生でプロデビュー(吉本興業所属)。旧なんば花月劇場で初舞台。84年、明治時代に流行し戦後絶えていた「新聞詠み」を復活させ、世相・事件を題材に数多くの作品を発表。イラク・北方四島・北朝鮮・チュニジア PLO本部・東ティモールなど激動の地で公演を行うなど、多彩な活動で知られる。現在、伝統河内音頭継承者。八尾河内音頭記念館館長。

「男持つなら熊太郎弥五郎、十人殺して名を残す」

〽エー と~きはァ~ めいじ~ にじゅ~う ろ~くね~ん~

いまから約130年前の明治26(1893)年5月25日の夜半。河内と大和(奈良)の国ざかいにそびえる金剛山の麓、赤坂水分(すいぶん)村で事件は起きた。城戸熊太郎(きど くまたろう)とその弟分、谷弥五郎(たに やごろう)の義兄弟が、熊太郎の怨みを晴らすべく日本刀や村田銃を手に同村の有力者、松永一家を襲撃、老婆や子どもを含む10人あまりを殺害したのだ。ことの発端は、熊太郎の内縁の妻おぬいと松永一家の若頭、寅二郎(実際は虎吉)との不義。さらには金銭トラブルも加わって、熊太郎の怒りは頂点に達し凶行に及んだ。この後、熊五郎と弥五郎は金剛山へ逃げ込むも、総勢400名(ネタのなかでは1500名)にのぼる官憲の出動する山狩りによって追い詰められて自害する--。

この事件を題材にしたのが「河内十人斬り」で、大阪を代表する芸能/盆踊りの河内音頭の代表作だ。

大阪生まれですが、陽気な河内音頭に、『仁義なき戦い』のような演目があったとは、知りませんでした!

「『男持つなら熊太郎弥五郎、十人殺して名を残す』の文句で殺人事件の加害者を主人公とする演目ですから、この音頭は事件に関係した人物が暮らした村では『やらんといてくれ』って言われてまして。しばらく遠ざかっていましたが、案外覚えてるもんやな思いました」と話す河内家菊水丸さん。地元、大阪での実演はいまや「幻」となりつつある演目は、2022年10月18日、東京・代々木上原のムジカーザで行われた30年ぶりの東京独演会 昼夜2回のステージゆえの実現だったのだ。

コロナ禍でいつもよりも長い“冬眠生活”を余儀なくされていた河内家菊水丸さんは、2022年、3年ぶりに盆踊りツアーを復活

「『河内十人斬り』は、当時事件を担当した富田林(とんだばやし)警察署署長のお抱え人力車夫であり、河内音頭取りでもあった岩井梅吉さん(初代)がすぐさま櫓(やぐら)にあげ、たちまち人気に火が付いた。署長の送り迎えの道中に聞き出した裏話を報道された内容に織り込みながら歌ったようなんです。文字が読めなかった人々も音頭によって大事件の概要が知れた。これが新聞詠(しんもんよ)み河内音頭と呼ばれて大流行しました」

たいていの河内音頭の題材は浪曲と講談から輸入したものだというが、「この『河内十人斬り』は河内音頭のオリジナル。浪曲にも流れて、歌舞伎では『河内音頭恨白鞘(かわちおんどうらみのしらざや)』として演じられた。芥川賞作家、町田康さんの小説『告白』は、ぼくの3枚組CDを参考音源として書かれたものです」。

南河内を揺るがしたスキャンダラスな事件は、こうして今日まで伝えられてきた。

いつの時代も、ダークヒーローは、大衆の心を掴むのかもしれませんね。

唯一無二の盆踊り唄。ギターと太鼓をバックに生演奏で物語る河内音頭

「音頭」という言葉のとおり、河内音頭は大阪の南東部、河内地方で夏に先祖供養として人々に親しまれてきた「盆踊り」、あるいは「盆踊り唄」をいう。河内家菊水丸さんは河内音頭の発祥地、八尾(やお)市に生まれ育ち、小学校5年生で櫓にデビューした生粋の音頭取り。毎年、6月下旬に開かれる「盆踊りツアー出陣式」を皮切りに9月まで、大阪を中心に関西各地の櫓に呼ばれて音頭を披露する。「最盛期の8月には連日連夜。かつてはバイクに体を括られ、1日にいくつもの音頭場を移動してました」と菊水丸さんはいうから、関西の人たちの音頭好きは私の想像をはるかに超えている。

盆踊りで河内音頭が流れると、気分が上がります!

東京育ちの私が体験した盆踊りは、太鼓や鉦が櫓で鳴ってはいても、レコードから流れてくる曲に合わせ踊るものだった。それが当たり前と思っていたから、とある会場で初めて河内音頭に触れたとき、第一に驚いたのが音頭取りと呼ばれる人が生でうたい、太鼓もギターもライブで演奏したことだ。しかも、唄というより物語で、一曲(正しくは一席)の尺が長い! だいたい民謡にエレキ・ギターを入れてるって!?

お馴染みのトリオで登場。ギターは石田雄一さん

聞けば、現代楽器を取り入れる河内音頭は1960年代にははじまっていたらしく、そこにさらなる独自性を加えて、河内音頭を進化させ続けているが菊水丸さんその人。「レゲエで河内音頭やったら面白いっていうてね、 『ボブ・マーリー物語』を昭和58(1983)年の夏につくったんですけど、はじめは3分くらい解説せなあかんかった。レゲエとはなんぞや? 偉い師匠、ボブ・マーリーという人が早死にしてしまうねんって。で、カッカッカッというリズムのスカ(レゲエの一種)をやろうってメンバーが言いまして。みんな喜ぶと。寿の歌って書いてましたよ、最初」

--寿歌ですか!?

「僕てっきり、日本のものと思ってたから…いわゆるラップ的なものは、韻を踏むから、河内音頭にある『かいかいづくし』とか、尽し物にぴったりですわ」

太鼓、三条史郎さん。総金張りの太鼓は、なにわの老舗「太鼓正(たいこまさ)」から贈られたもの

大阪の話芸のエキスをたっぷり詰め込み語る、菊水丸の「河内十人斬り」

「盆踊り」はダンス・ミュージックとしての河内音頭のひとつの顔。一方で河内音頭は寄席や演芸場の舞台にも上がり、「語り芸」としての顔もある。今回の独演会は「河内十人斬り」やお楽しみ演目を通して、河内音頭の語りの魅力をたっぷり披露した舞台だった。

「大阪の芸能ですから伝統的な話芸、落語や講談、漫才や吉本新喜劇の要素も入ってきます。僕は吉本興業に所属し、若い頃からいろんな芸人にありがたくも触れてきたので、そういうエッセンスを入れながら。『河内十人斬り』なら予備知識としての骨格を口上で仕込んでおく。最後まで聞いていただきたいですから」。口演中のトークで何度も名が挙がった浪曲の名人、初代京山幸枝若(きょうやま こうしわか)師は追っかけもし、目指した存在。「あの手、この手で芸を分かりやすくするのは師匠の影響が大なんです」

『河内十人斬り』は、浪曲の演目としても知られていますね。

浮気の現場が熊太郎にバレて、頬を張られたおぬいがズル賢く言い訳を語る

はてさて、「水分こまち」と呼ばれた、おぬいは弥五郎ともデキていた!? 夏祭りの夜に結ばれたおぬいと寅二郎の仲は村に広まり、弥五郎の知るところに。兄貴の耳に入る前に確かめようと彼女を訪ねると、弥五郎は言葉巧みにおぬいに誘われ、あっという間にふたりで床へ。そこに留守にしていた熊太郎が帰宅する。間一髪、家を飛び出すも、大事なものを忘れ物して……

「ふんどしを忘れるくだりは、3枚組の『真説・河内十人斬り』をつくるときに創作したオリジナルです。上方の落語に『紙入れ』というのがあって、それを改作しました。いくら義兄弟だといえ、ふたりで10人もの人を殺すって想像できない。でも、弥五郎が熊太郎に対して罪悪感を抱いていたなら、そうするかもしれないなと思って」

おぬいは、いわゆる魔性の女!?『紙入れ』に登場するおかみさんも、自ら誘惑してくる悪女です。

しかし、おぬいはこのあとも堂々、寅二郎と逢引きを重ね、ついに不倫現場が熊太郎に発覚。言い訳するものの最後には開き直り、母、おかくの元へ。熊太郎はおかく婆にもコケにされ、挙句の果てに松永一家の顔役にも借金を踏み倒される始末。こんな、熊太郎の受けた屈辱を知れば……陽気なリズムに合わせて語られる名文句にも納得の物語。

師匠の名調子は、ぜひとも下のリンクからご堪能を。ソーラーヨイトコサ サーノヨイヤー サーッサ!

これは有り難い!大阪で生まれた河内音頭の魅力が、たっぷり味わえますね!

河内家菊水丸さん/河内音頭『真説・河内十人斬り』(1991年)。前・中・後の3編からなる全3時間8分のストーリー

https://www.youtube.com/watch?v=o1pK3wsIIHw&t=7307s

取材協力/藤田正 撮影/森 聖加

書いた人

日本美術や伝統芸能(特に沖縄の歌や祭り)、建築、デザイン、ライフスタイルホテルからブラック・ミュージックまで!? クロス・ジャンルで世の中を楽しむ取材を続ける。相棒は、オリンパスOM-D E-M5 Mark III。独学で三線を練習するも、道はケワシイ。島唄の名人と言われた、神=登川誠仁師と生前、お目にかかれたことが心の支え。

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