東海道中膝栗毛はコメディだった! 演劇評論家・犬丸治さんが解説

東海道中膝栗毛はコメディだった! 演劇評論家・犬丸治さんが解説

目次

8月の歌舞伎座は気楽に楽しめる三部構成です。演劇評論家の犬丸治さんに、第二部で上演される、幸四郎・猿之助の弥次喜多コンビが繰り広げる人気演目「東海道中膝栗毛」のルーツと見どころを教えていただきましょう。

「東海道中膝栗毛」は スラップスティックス(ドタバタ)コメディ!?

文/犬丸治(演劇評論家)

8月の歌舞伎座三部制興行の第二部は、お馴染み幸四郎・猿之助の弥次喜多コンビによる「東海道中膝栗毛」です。四年前から始まったこのシリーズ、今やすっかり定着して、忽ち完売の人気のようです。無論、主役二人のイキの合った掛け合いにもよりますが、ワキで活躍する染五郎・團子の若侍梵太郎・政之助主従の成長も見どころになっています。

「東海道中」とは言っても、弥次さん喜多さんが進んだのは第一回の伊勢までで、あとはラスベガス(第一回)歌舞伎座殺人事件(第二回)地獄での芸尽し(第三回)と「何でもあり」が売りです。この原稿を書いている際は私はまだ未見ですが、理屈抜きのスラップスティックス(ドタバタ)コメディとして大いに愉しみです。

江戸のベストセラー、十返舎一九の滑稽本「東海道中膝栗毛」が鶴屋南北によって歌舞伎に!

さて、十返舎一九の滑稽本「東海道中膝栗毛」は、享和二年(1802)初編が刊行されて以来ベストセラーになりました。これを芝居で放っておくはずが無く、早速「東海道四谷怪談」の作者として知られる四代目鶴屋南北が文政十年(1827)閏六月・江戸河原崎座に書き下ろしたのが「独道中五十三駅」(ひとりたびごじゅうさんつぎ)です。

五十三次を幕あり幕なしの大仕掛けでスピーディに舞台転換し、三代目尾上菊五郎が得意の怪談・滑稽・殺し場の凄惨を「独道中」=ひとり舞台で演じてしまおうという趣向で、弥次喜多は狂言廻しとして活躍します。この芝居、余りにも長大で、最後の日本橋が上演されなかったほど。いまの猿之助の伯父・三代目猿之助が昭和五十六年七月歌舞伎座で復活し、以後当り芸としました。

この南北版「五十三駅」が歌舞伎版「弥次喜多」の先祖とするなら、近代再び「膝栗毛」にスポットが当たったのが、今から約九十年前、昭和三年(1928)八月歌舞伎座で大ヒットした木村錦花脚色「東海道中膝栗毛」です。弥次喜多は、曽祖父の二代目猿之助と六代目大谷友右衛門(雀右衛門の父)。

作者の錦花は宝塚の「モン・パリ」を観て「これを膝栗毛にしたい」とその場で松竹の大谷竹次郎・東宝の小林一三に話したことがきっかけでした。「高速度喜劇」と銘打ち、場面転換も大道具の工夫でスピーディにし、各地の訛りや民謡を取り入れたり、一九の原作のムードを生かそうと、悪人であってもとぼけた暢気そうな顔、女はお多福という風に、化粧法まで注文をつける凝りようでした。
 
この時、歌舞伎座には「弥次喜多茶屋」が設けられ、国民新聞には弥次喜多マンガの募集、各紙で「弥次喜多は何処へ泊るか」のクイズを乗せたところ、返信が十二万も来ました。SNSなどない時代、現在のメディアミックスのはしりと言えます。
 
予定の二十五日間を二日日延べする近年稀れな大当たりとなりました。このとき明治座の入りが悪かったので、表に自動車を待たせておき、歌舞伎座で溢れた客をタダで明治座に送ったというのだから、豪気なものです。

「世の中が不景気になると、狂言は笑うものに限る。芝居へ来てまで泣かされては、気の換えようがない」と至言通り、興行師・大谷竹次郎の凄腕が十二分に発揮されたのでした。

歌舞伎座初のロングラン興行!

翌年八月歌舞伎座では第二弾「木曽街道膝栗毛」を掛けました。これは、前回とは逆に、京都三条大橋から中仙道で江戸に下る趣向。宣伝効果もあって酷暑の中初日から客が押し寄せ、入りきらぬ客は帰ってもらったそうです。

この「二匹目の泥鰌」に大谷竹次郎は序幕に南座芝居前と劇中劇「悪太郎」、草津と宿屋の怪談の差し幕も加え、九月一杯まで五十二日間打ち続けるという歌舞伎座初のロングラン興行となりました。
 
第三弾昭和五年八月「九州道中膝栗毛」のあと、第四弾昭和七年八月「奥州膝栗毛」の間に一年の空白があります。昭和六年、満州事変が勃発した年ですが、この頃、熱血漢であった二代目猿之助は下級俳優の相互扶助をはかる「優志会」会長を勤め、不満の受け皿でになっていました。その結果、弟の八百蔵のちの八代目中車や、左團次門下の荒次郎、左升、長十郎、翫右衛門らと松竹を脱退します。
 
第二次「春秋座」を立ち上げた猿之助は、昭和六年一月市村座「アジアの嵐」ほかで旗揚げしたものの入りが続かず、五月に春秋座を解散、羽左衛門・左團次の仲介で松竹に復帰。

一方、ハシゴをはずされた長十郎・翫右衛門・荒次郎・笑也(国太郎)・山岸しづ江(のち長十郎夫人。岩下志麻の叔母)らは大歌舞伎の門閥制・封建制を厳しく批判して五月二十二日田村町飛行館で劇団「前進座」を創立し、いまに至っているわけです。

この一年の空白は、猿之助復帰の混乱で準備が間に合わないのと、制作側にも「ほとぼりを冷ます」意図があったのかも知れません。

当然のことですが、今の猿之助は、当時の大衆に熱狂的に受け入れられた曽祖父・二代目猿之助(初代猿之助)の「弥次喜多」の路線の再現を狙っているわけです。伯父三代目猿之助を挟んで、曽祖父以来四代に亘る澤瀉屋反骨の血脈が、幸四郎をパートナーとして、どのような「化学変化」を見せるのか、今から要注目です。

歌舞伎座『東海道中膝栗毛』
2019年8月9日 (金) ~ 8月27日 (火)
「東海道中膝栗毛」が上演される第二部は、15時開演。

原作 十返舎一九
構成 杉原邦生
脚本 戸部和久
脚本・演出 市川猿之助/石川耕士
 
松本幸四郎

宙乗り相勤め申し候 市川猿之助

出演
喜多八/市川猿之助
弥次郎兵衛/松本幸四郎
伊月梵太郎/市川染五郎
五代政之助/市川團子 ほか

歌舞伎座公式サイト

犬丸治(いぬまるおさむ)

演劇評論家。1959年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。歌舞伎学会運営委員。著書に「市川海老蔵」(岩波現代文庫)、「平成の藝談ー歌舞伎の神髄にふれる」(岩波新書)ほか。

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