古事記は「美女と野獣」の物語だった【日本神話の恋物語3】3

古事記は「美女と野獣」の物語だった【日本神話の恋物語3】3

目次

日本各地に伝承したさまざまな神話の世界が凝縮された、他国の神話に類例を見ない内容の『古事記』。その魅力を、神々の恋物語で紐解く第三弾は、火遠理命(山幸彦)と豊玉毗売之命の、神話ならではのスケールと面白さに彩られたお話です。

|もくじ
日本神話の恋物語、一
日本神話の神々がくりひろげた恋物語とは!? はこちらから

日本神話の恋物語、二
日本神話はこんなに面白い! なんと一晩で子だくさん! はこちらから

日本神話の恋物語、三

火遠理命(山幸彦)と豊玉毗売之命
ホヲリノミコト(ヤマサチヒコ)とトヨタマビメノミコト

恋する気持ちはボーダレス

【この神話のテーマ】異類婚
【この神話の形態】メルシナ型

この物語の発端は、兄弟争いの象徴である「海幸山幸神話」で、その先の話にトヨタマビメ神話としてのホヲリとトヨタマビメの恋物語があります。

ホヲリとトヨタマビメにおける恋物語のテーマは大きく分けて三つです。ひとつは海神(ワタツミ)の宮をホヲリが訪ねるという「異郷訪問」。さらにはワニとしてのトヨタマビメと結婚するという「異類婚」。そしてここでも「見るなのタブー」が取り上げられています。

イザナキとイザナミの話は元は同じ世界の神様だったものが、死の世界である黄泉(よみ)の国に行ってしまったから見るなの禁でしたが、今度は異郷である海からやってきたトヨタマビメが見るなと言う。これは本体、つまり本来の姿が露顕するから見るなのタブーを課しているわけで、結局はそのことがこのふたりの破局の原因となってしまいます。『日本書紀』では、この破局によって海と陸の区別が生まれたのだとしています。

このように異教としての姿を見るなと禁ずる話型は「メルシナ型」と呼ばれ、中世フランスの人魚伝説の元となった物語との共通性が認められています。

ちなみにここでいわれるワニとは、因幡(いなば)の白兎でいわれるようなワニ=サメではなく、はっきりと「匍匐ひ委蛇ひき」(くねくね蛇行する)と表記されていることから、クロコダイルとしてのワニではないかと私は考えています。そういう意味では、この神話の大もとは南方からやってきたのではないかと思っているのです。

また、海神の宮の娘であるトヨタマビメと結婚することは、やがて地上の王となるべきものにとって重要な意味をもっていたと考えられ、ホヲリの孫が神武天皇になったことは、この話と無関係ではないでしょう。

さらに言えば、地上の王となるべきものが、異郷に赴いて結婚するという物語は、日本神話の中によく見られる話型でもあるのです。

古事記の神話は「美女と野獣」の物語だった!
「神代正語常盤草 上」より、天岩戸神話の一場面

火遠理命(山幸彦)と豊玉毗売之命の恋物語 あらすじ

海幸彦の釣針をなくしてしまったホヲリ(山幸彦)は、これを探しに海神の国にやってくる。そんなホヲリを宮殿の門で見初めたトヨタマビメは、結婚を決意し父に相談。海神である父はこれを承諾し、ホヲリは3年間海神の宮でトヨタマビメと暮らすことになる。

が、ある日突然に釣針のことを思い出し地上へと帰っていく。やがて臨月を迎えたトヨタマビメは夫の元で子を産むため地上界にやってくる。出産のため海辺に鵜の羽を萱代わりに葺いた産屋をつくったが、それが仕上がる前に産気づき、子どもを産む。この子どもがウガヤフキアヘズである。このときトヨタマビメは「子どもを生むときは元の国の姿に戻ってしまうから決して見ないで」とホヲリに伝えるが、その禁を破ったホヲリにワニの姿を見られたため、海神の宮に帰ることにした。しかし、子どもの養育者がいないのが心配となり、自分の妹であるタマヨリビメを子どもの元へ送る。やがてタマヨリビメとウガヤフキアヘズは結婚し、神武天皇を生むのである。

【用語解説】

火遠理命と豊玉毗売之命
ホヲリはコノハナサクヤビメのが「火中出産」した子のひとりで、山幸彦として海幸山幸神話に登場する。ホヲリの麗しい姿に心を動かされ結婚。この恋物語の末に、ウガヤフキアヘズが生まれ、初代神武天皇への系譜がつながるのである。

異類婚
人間と異類=人に姿を変えた動物などとの結婚を語る説話。「異類婚」から生まれた子どもはその後の社会において重要な役割をになうものと位置づけられており、事実、ワニの姿をしたトヨタマビメから生まれたウガヤフキアヘズは、神武天皇の父にあたる。

メルシナ型
フランス、ドイツ、スペインなどに広く見られる神話の一形態。中世フランスの「妖精メリュジーヌ(メルシナ)伝説」によれば、伯爵の養子となった騎士レモダンは誤って伯爵を殺してしまい、失意にくれる。そんな中、美しいメルシナと出会い結婚。子宝にも恵まれ一族は繁栄するが、あるとき見ることを禁じられていた妻の沐浴を見てしまい、彼女の下半身が蛇であることが判明。彼女はふたたび蛇となって空中へと飛び去ってしまうという話。トヨタマビメ神話との共通性が見られる。なお、この伝説は魚の尾をしたアフロディテ(人魚姫)の中世版とも言われている。

鵜萱葺不合命 ウガヤフキアヘズノミコト
トヨタマビメの子ども。鵜の羽を萱代わりに産屋を葺こうとしたが、屋根がまだ葺き上がらないうちに生まれてしまったためこの名がある。名は体を表すを、地で行く神名の典型例である。

解説/青木周平(「和樂」2006年5月号より)

参考文献/『古事記』(新潮日本古典集成)、『古事記がわかる事典』(日本実業出版社)、『日本神話事典』(大和書房)

古事記は「美女と野獣」の物語だった【日本神話の恋物語3】3
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