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Culture
2019.09.10

胸キュンで胸熱!落語に命をかける男たちの物語『昭和元禄落語心中』【漫画】

この記事を書いた人

ある落語会の準備を進めていた時、予定していた落語家さんが急病で出られなくなった時がありました。その時、その落語家さんの師匠が自ら、頭を下げて降板を願い出てこられました。会社の上司というよりも、もっと濃い関係性なんだと実感。普段は特に細かく弟子のスケジュールを把握している訳ではなくても、非常時にはさっと行動する。その男前な姿に、ちょっとキュンとした出来事でした。

古典落語は作者がわからないものも多いらしく、著作権も存在しません。指導を乞えば、師匠から習うこともできます。落語を聞き始めの頃は考えが浅くて、なぜわざわざライバルを作り続けるのかと思ったりしました。落語という共有財産をみんなで守るためには、大勢の力が必要で、自分もしてもらったから、それを返しているだけ。そんなシンプルなものなのかもしれないと思うようになりました。

落語は、自分さえ良ければという芸では、成り立たないのが面白いところ。寄席では観客の反応を見て、その場で演目を決めて演じます。一番最初に出る若手がたとえば泥棒が出てくる落語を演じたとする。そうすると、次の出番の人はかぶらない内容にしなくてはいけない。そうやって順番に演じていって、最後を締めるトリは、誰ともかぶらない内容で、なおかつトリにふさわしい演目が求められます。トリから三番目は、トリがやりやすいように、少し力加減を抜くような力量が必要。この順番の次は、色ものと呼ばれる曲芸などが入り、トリにつなげます。上方落語では、トリの前の出番の落語家はモタレと呼ばれ、やはり技が必要とされます。こんな、リレーのようなチームワークでその日の空気感を作り上げるのです。

書いた人

幼い頃より舞台芸術に親しみながら育つ。一時勘違いして舞台女優を目指すが、挫折。育児雑誌や外国人向け雑誌、古民家保存雑誌などに参加。能、狂言、文楽、歌舞伎、上方落語をこよなく愛す。十五代目片岡仁左衛門ラブ。ずっと浮世離れしていると言われ続けていて、多分一生直らないと諦めている。