昨年、平安時代末期から鎌倉時代にかけて活躍した歌人、藤原定家(ふじわらのさだいえ)が写した源氏物語第五帖『若紫(わかむらさき)』が発見されたとニュースになりました。それがどれほどすごいことなのかというと、火星に宇宙人がいたというレベルの話だと思います(個人の感想です)。通常、50年も経てば書籍はボロボロに傷んでしまうでしょう。定家が生きていたのは1,000年近くも前。そんな昔に書かれた書籍が、令和の世に残されている事自体が奇跡的なのです!
とは言っても、『若紫』ってなんぞや、という方も多いはず。一言で言い表すと、『若紫』は、源氏物語で最も重要な巻です。そして、源氏物語中最もあってはならない恋愛劇が繰り広げられます。
定家の写本の発見によってさらなる研究が進むと思われる『若紫』。ここでは一体どんな恋愛模様が見られるのかご紹介します!
そもそも「写本」って何?
まだコピー機などなかった時代、物語を読むには、原本を誰かが書き写さなければなりませんでした。その書き写された書物を「写本」といいます。
しかし、原本は一冊しかないため、写本を写して、そのまた写本の写本を写す・・・と、だんだん伝言ゲームのようになってきます。しかも、中には勝手に書き換える人もいました。すると内容が原本とはどんどん違ってきてしまいます。
徐々に原作から離れていってしまうことを嘆いた藤原定家は、数多くの『源氏物語』の写本を集め、その中から優れたものだけを厳選して編纂しました。そのため非常に重要な写本であると考えられているのです。
残念ながら、紫式部本人の書いた源氏物語は、現在残されていません。もし見つかったら、火星に宇宙人どころか、火星に人間が住んでいるレベルの話でしょう(個人の感想です)。
光源氏の恋は義理の母が起源!?
まず、『若紫』の内容を知る前に、光源氏の恋愛のルーツを知っておきましょう。
光源氏の母はそこそこの身分だったものの、あまりの美しさから帝に非常に愛され、光源氏を出産します。しかし、他の女性たちからの嫉妬によって体を壊し、若くして亡くなるのです。母の記憶がほとんどない光源氏は、母にそっくりな藤壺(ふじつぼ)という、父の妻で後に国母(天皇の母)となる女性に憧れを抱きます。そしてその気持ちは恋愛へ発展するのです。
このように、光源氏の恋のはじまりは母への憧れからと言えるでしょう。
『若紫』は、18才男子の熱烈な恋愛劇
『若紫』の巻では、光源氏は18才前後と青春ど真ん中。読者のみなさまも、この時期はドラマのような恋愛や、思い出したくもない苦い恋愛、もしくはわき目もふらず芸能人にハマるなど、何かしら熱烈な恋愛経験があるのではないでしょうか。
光源氏も例に漏れず、父の妻である藤壺への思いを募らせていきます。
そんな時、病気を治すために、腕が確かと評判の僧侶のもとへ訪れます。そこで出会ったのが、後に最愛の妻となる少女若紫です。
この巻で起こる無謀な恋愛は以下の2つ。
1. 父(帝)の妻と関係を持つ
2. 少女の後見役だった祖母が亡くなって、これ幸いと家に連れ帰る
この2つの恋愛について、詳しく解説します。
『若紫』で語られる無謀な恋愛とは?
それでは、『若紫』で語られる禁断の恋愛について見ていきましょう。
父の妻との恋に溺れる
帝の子で絶世のイケメン、しかも頭もセンスも良く、何をやらせても完璧・・・と、普通の人とは色々とスケールの違う光源氏は、犯す罪のスケールも違います。『若紫』では、憧れていた父帝の妻、藤壺と関係を持ってしまうのです。
現代の常識で考えても、継母と恋愛関係に陥るのは相当にまずい状況だと思います。さらに父は帝です。バレてしまったら、命すら危うい関係です。
「このスリルが楽しい」とかいう次元の問題ではないことがわかるでしょう。そのため、逆に考えれば光源氏の愛がそれだけ強かったとも言えますが、もし彼が18才ではなく、成熟した大人だったら、ここまでの過ちは犯さなかったのではないでしょうか。
光源氏と藤壺の子ができてしまう
上の話には続きがあります。なんと、藤壺との間に2人の子どもができてしまうのです。このことは、『若紫』ではまだ発覚していません。
国立国会図書館デジタルコレクションより 源氏物語絵巻 藤原隆能 著[他] 出版:徳川美術館
光源氏はプレイボーイだったものの、子どもは3人しかできませんでした。そう考えると、この2人の恋愛に何かしらの因縁のようなものを感じずにはいられません。
父の妻似の少女を連れ去る
藤壺と関係を結ぶ少し前、光源氏は病気療養で訪れた先で、かわいらしい少女と出会います。それが源氏物語の女主人公で、後に「紫の上」と呼ばれる「若紫」です。この少女は光源氏が恋焦がれている藤壺にそっくりで、それもそのはず、若紫は藤壺の姪だったのです。
国立国会図書館デジタルコレクションより 源氏物語新抄 金子元臣 編 出版:明治書院
この不思議な縁に感激した光源氏は、この少女を引き取りたいと申し出ます。母を亡くしている若紫は祖母が養育していたのですが、祖母はこの申し出を断ります。当時11才前後だったと考えられる若紫は、妻になるには幼すぎ、何のために光源氏が引き取りたいのか不信に思ったのです。
しかし、この祖母が亡くなると、光源氏はこれ幸いと連れ去ってしまいます。そして愛する藤壺にそっくりなこの少女が自分の理想の女性に育つよう、熱心に養育するのです。
連れ去りは、少女のためでもあった
光源氏の名誉のためにも、若紫の連れ去りは自分本位だけのものではなく、若紫のためでもあった、ということをご紹介しましょう。
若紫は、幼くして母を亡くしています。父は再婚しており、継母との間に子どももいました。普通ならば父と継母の家庭に引き取られるのですが、シンデレラに代表される「継子いじめ」が起こることを心配した祖母のもとに引き取られていました。
祖母が亡くなれば父と継母の家庭に引き取られるしかありません。光源氏は、父親が若紫を引き取ろうとしたのを先回りして連れ去っているのです。
実際に若紫の継母は嫉妬深い女性で、若紫が連れ去りによって行方不明になったことを内心喜んでいました。しかし、今をときめく光源氏に引き取られていると噂で知ると、若紫をさらに憎らしく感じるようになったのです。
「紫」が導く不思議な縁
この章に冠されている、源氏物語で重要なキーワード「紫」。これは、「紫草」というムラサキ科の植物のことを指しています。若紫とは、この植物が萌え出るような若さを表したものです。
そして、紫という字には「ゆかり」という読み方があるように、紫草からは、源氏の母、藤壺、そして若紫へと繋がるゆかりを暗示しています。
源氏物語で「紫」が、非常に重要なキーワードであったことがおわかりでしょうか。
運命の出会いを果たした光源氏のゆかりは、この後どのような繋がりや展開を見せるのでしょう。そのお話についてもまた改めて触れていきたいと思います。
参考:日本古典文学全集『源氏物語』小学館