あの「西郷隆盛の肖像画」を想像だけで描いたイタリア人!キヨッソーネの功績

あの「西郷隆盛の肖像画」を想像だけで描いたイタリア人!キヨッソーネの功績

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2024年度から、日本の紙幣の顔が変わる。

1万円札は渋沢栄一、5000円札は津田梅子、1000札は北里柴三郎という顔ぶれである。では、日本初の肖像紙幣は誰だったか?

神功皇后である。しかし、神功皇后はあくまでも伝説上の人物。直接的な肖像画が残っているわけではない。

その上、1881年に発行された紙幣の神功皇后は、どうも日本人とは思えない容姿である。どちらかというと、西洋人に近い。

それもそのはずで、この紙幣の神功皇后はある外国人が全くの想像で描いたものなのだ。

超高収入の「お雇い外国人」

エドアルド・キヨッソーネはジェノバ出身のイタリア人である。

キヨッソーネは、いわゆる「お雇い外国人」として日本政府に招聘された。1875年のことだ。巡査階級の警察官の給料が月5円もなかった時代に、キヨッソーネは月給450円という条件で契約書にサインしていた。当時の日本は、がむしゃらに外国のテクノロジーを取り入れようとしていたのだ。

キヨッソーネが日本にもたらしたのは、西洋式版画の技術である。

紙幣の肖像画は発行国の権威や歴史、特徴を一目で伝えると共に、紙幣偽造を抑止するという目的もある。封建主義国家の貨幣は金銀銅の「金属のカネ」で事足りた。しかし国民国家の経済は封建主義国家のそれよりも遥かに流動的で規模が大きい。もはや「金属のカネ」では足りない。そこで大量発行が可能な「紙のカネ」が登場したが、残念ながらこれは「金属のカネ」よりも偽造されやすいという弱点がある。

だからこその版画技術であるが、急なペースで国民国家への変貌を遂げた日本の場合は自前で紙幣を発行できるだけの技術者がいない。そのような事情を踏まえれば、月給450円は決して高い人件費ではないのだ。

伝説上の人物を想像で描く

紙幣だけではない。

近代国家には必ず株式会社というものがあるし、それらを中心にした金融経済が存在する。国は国債を発行し、国民から資金を集める。収入印紙、債券、そして切手も刷らなければならない。キヨッソーネの目前には、常に膨大な仕事があったことは想像に難くない。

さて、次の問題は「紙幣に誰の顔を描くか」である。

明治新政府とは、言い換えれば「皇軍」だ。

天皇を頂点に添えている以上、日本の紙幣の顔が皇族に関わる人物であるのは自然の流れ。しかし先述の通り、紙幣の肖像を描ける人間が日本にはまだいない。それに、そもそも大昔の天皇の顔など知っている者は皆無だ。キヨッソーネが神功皇后の肖像画を描く際、印刷局の女性職員をモデルにした。つまりは、徹頭徹尾キヨッソーネの想像で神功皇后を描いたということだ。それと同じ要領で和気清麻呂は木戸孝允を、藤原鎌足は松方正義をモデルにして手がけた。

想像で一国の歴史を作った男、それがキヨッソーネである。そんなイタリア人を明治政府は邪険にするどころか、瑞宝章と終身年金まで与えて日本に永住させたのだ。

西郷隆盛の肖像画も

キヨッソーネの最大の功績は、西郷隆盛の肖像画を描いたことである。

我々現代人が「西郷隆盛」と聞いて真っ先に想像する、あの肖像画だ。

しかしこれもまた、キヨッソーネの想像の産物である。西郷との面識はもちろんなく、人づてに「西郷従道と大山巌を足して2で割ったような顔」と聞いて筆を進めたのだった。

その肖像画が今でも教科書に載っているのだから、歴史というのは奇妙な科目でもある。

いずれにせよ、キヨッソーネは日本の近代化に欠かせないインフラ整備に大貢献した。西洋式版画を導入することがなければ、明治政府は紙幣を発行することができなかった。産業革命の影響で日本の経済規模が急拡大すると、次に訪れるのは「貨幣の供給問題」である。それを怠れば、日本はたちまちのうちにデフレ経済に陥る。すると軍備を整えるどころではなくなり、のちの日清・日露戦争での勝利は達成し得なかったはずだ。

近代日本の歩みは、キヨッソーネの描いた「想像の絵」から始まったと表現しても過言ではない。

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