日本はなぜハンコ社会なのか?運命を分けた明治の論争から古代メソポタミアまで遡る

日本はなぜハンコ社会なのか?運命を分けた明治の論争から古代メソポタミアまで遡る

TV版『新世紀エヴァンゲリオン』で、ドイツからやってきた少女が襖を見て「よくこんな鍵のない部屋で暮らせるわね」と言ったのに対し、日本人の上司が「日本人の信条は察しと思いやりだからよ」と諭すシーンがある。これは外国人が察しや思いやりに欠けているというわけではなく、日本人には「ほどほど」のところで慮る文化があることを示す、ちょっとほっこりしたエピソードだ。

ハンコ文化も、日本人らしいほどほどの文化と言えるかもしれない。今の時代、ハンコ程度であれば容易に偽造ができそうなものだ。にもかかわらず私たちは本物かどうかの追求ではなく「ハンコが押してあるから大丈夫だよね」という相手への信頼を優先させている。

でも、そんなハンコはいつから存在していて、なぜ日本にだけハンコの文化が残ってしまったのだろう。あと、ハンコと印鑑って何が違うのだろう……。こうやって考えてみると、ハンコについて、またその文化の成り立ちについて、私たちは知らないことだらけなのかもしれない。

生きてるあいだに必要なハンコはこんなにある!

日本でハンコを使う場面はとても多い。しかも、すべて同じハンコで良いというわけではないのだ。

・土地や車の購入、ローンなどの契約に必要な実印
・銀行口座の開設やお金の引き出しに必要な銀行印
・免許の更新や役所の届け出、ビジネスシーンでの承認に必要な認印

ざっと挙げただけでこんなにある。シャチハタじゃ駄目とか、実印は市区町村によって印影(紙などに押したときの朱肉の跡のこと)のサイズが決まっているなど、TPOに応じた使い分けもなかなか大変。でもこれってハンコを押す側ではなく、ハンコを押される側の管理上の問題で、文化そのものとはあまり関係ないのでは?

また最近は、リモートワークなど働き方の変化に合わせて、電子印鑑を採用している企業や機関が少しずつ増えてきている。電子印鑑はPDFなどの画像データ上の印影のことで、物理的なハンコを押す手間が省ける。e-文書法という法律の範囲であれば、ちゃんと効力があるので「あ〜ハンコないから駄目だ〜」と諦める前に、一度調べてみても良いかもしれない。
ちなみに改めてハンコと印影、印鑑の違いを説明しておくと、ハンコは正式には印章と呼ばれ「物体」のこと。そして印影はハンコで紙などに押した「朱肉の跡」のこと。印鑑は少し複雑だが、実印や銀行印など「登録されたハンコで押した印影」のこと。覚えておくと、友達に自慢できたりしてちょっぴり鼻が高い。

ハンコは古代メソポタミアで生まれ東西に広がっていった!

ハンコの発祥は、実は日本ではない。今から5000年ほど前のメソポタミアでは既に実用されており、当時のハンコは円筒の外周に刻まれた文字や図案を粘土板の上に転がして押印していたと言われている。
日本で現在発見されている最古のハンコは「金印」である。歴史の授業でも勉強した「漢倭奴国王」という刻印がされてあるアレだ。金印は円筒形でもないし、転がして使うわけでもない。現在のハンコの定義とほぼ同じである。また、中国ではさらに古い時代から歴代の王朝の皇帝に受け継がれてきた「伝国璽(でんこくじ)」というハンコが存在し、公文書の決済に用いられていたことから、日本のハンコ文化は中国から持ち込まれたものと見られている。

メソポタミアで生まれたハンコは西側にも伝わったが、ヨーロッパでは16世紀の宗教革命以降、識字率の向上と人文主義の高まりで一般にも文字の読み書きが広まると、19世紀にはハンコはほとんど使われなくなってしまった。現在でも、欧米の多くの国では一部の外交文書や身分証明以外は、サインのみで文書の正当性が認められており、つまり「ハンコなんかなくても文字さえ読み書きできればOK」という社会が早い段階で成立した。

ハンコと比較すると確かにサインのほうが合理的な気もするが、簡単に偽造できてしまうことを考慮すれば、詐欺など犯罪の可能性が当然出てくる。そうした危険を防止するために、アメリカでは重要な契約の際にノータリー・リパブリック(公証人)を雇うことで文書の正当性を担保している。「そっちの方が面倒だよ」という声が聞こえてきそうだが、これこそが文化なのだ。ハンコ文化の先を行った欧米諸国は、一周まわって別の方法を取るようになったのだ。

明治時代、風前の灯だった日本のハンコ文化

日本に持ち込まれたハンコは、7世紀後期の律令制度の施行によって実用され、15世紀以降の戦国時代になると僧侶や武士階級のあいだでも広まった。しかし、庶民のあいだでハンコが一般的になったのは、さらにその後の江戸時代に入ってからである。売買の契約や金銭の貸付などで広く実用されるようになっていった。

羽柴秀吉書状(書状の左から2行目の下半分が秀吉のサイン) 出典:国立博物館所蔵品統合検索システム(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/kyuhaku/P14817?locale=ja

ただ、この頃庶民がハンコを使用するには印鑑証明が必要で、そのため花押(かおう)と呼ばれる文化が流行した。これは芸能人やスポーツ選手のサインに近く、つまり書判である。そういえば、歴史的な公文書のすべてに印影があるかといわれると、確かにそうとも言い切れない。そして明治に入ると、公文書の認証についてハンコ論争が巻き起こる。

ハンコのみか、サインのみか、ハンコとサインの併用か……。

結果、1900年(明治33年)に施行された「商法中署名すべき場合に関する法律」ではハンコのみと決まった。やはり識字率が低いこと、また紙で多くの処理をおこなっていたため、簡便性もあったという当時の世相が色濃く反映され現在に至っている。

実用性を兼ねた文化、ハンコの価値を高めるには

ハンコにしてもサインにしても、役割は正当性の担保である。
しかし、キャッシュレス化が進み現金でさえ使われる場が減少していることを鑑みると、伝統というだけで文化を継続させていくことは難しい時代になってきている。この先ハンコが完全になくなることはないかもしれないが、御朱印のようなグラフィカルな美しさがあったり、素材や手間をかけたハンコが実印や認印として使えるようになったりしたら、文化の再評価につながって面白いと思う。

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